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主要登場人物
漆戸 郷……私立栗円ヶ丘高等学校3年生
水野 仁彩……漆戸 郷の同級生
目を覚ますと、すでに時計の太い針が午後1時を指していた。
むくりと起き上がり、ベッドの上であぐらをかく。
頭を搔こうとした時、手からサラッと何かが落ちた。寝ぼけながら落ちた方向に目をやると、チケットだった。
―夢ではなかったのだ。
洗面所へ向かい、顔を軽く洗う。昨日は天然水の貯蓄を切らしていることを思い出し、1本購入したが、休日である今日はその切らした貯蓄をたんまりと買いに行こうと思っていた。
だが、チケットがあまりにも気になる。なのでまずはチケットから確認していくという予定に変更した。
内容を読んでみた。
場所は栗円ヶ丘区民ホール2階。幼い頃、1年に1度は通っていたため場所はなんとなく分かる。
中は改装などされていない限り、問題なく辿り着けるはずだ。
チケットを裏返してみると、左端にQRコードがあり、コードの下にはパンフレットと書いてある。
デスクに置いてあったスマホを腕を伸ばして掴み取り、試しにQRコードを専用アプリで読み込んだ。
PDFが表示され、主催者のあいさつと、その日のプログラムが表示された。
日時は、明日の―
ん? 明日!?
だから昨日慌てて渡してきたということか、てっきり来週とか今月中かと思っていた。とりあえず今日でなくてよかった。
ホッと息をつく。
気を取り直して読み進んでいくと、14時に開始し13時半には開場とある。
水野は、9人いるヴァリエーション高校生の部の中で丁度5番目に舞台に立つ。いや―舞台で踊る。
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舞台袖の片隅で仁彩は、独り足を震わせていた。
緊張、失敗に対する恐怖、テスト直前に感じるような謎の自信(だが、しっかり練習はしている)、それらの感情が頭のなかでごちゃごちゃに混ざり合い想像していた予習を吹き飛ばそうとしている。
なんとか自分を落ち着かせるために、深呼吸をする。これまで、何度か舞台で踊ったことはある。いつもなら多少の緊張はあれどリラックスし、しっかりとした踊っているイメージが出来ていた。ストレッチも現在のように震えながらではなく、伸び伸びと行えていた。
しかし、この日だけは違う。
袖幕へ寄り、客席を覗く。
2階席の奥から順に視線を右へ左へ下へと動かす。見つけてしまった。
確かに彼が―ゴウくんがいたのだ。
彼を捉えてしまった瞬間から心臓の音がさらに速くなってしまった。
自分を落ち着かせるために深呼吸をゆっくりと行う。
吸ってぇー
吐いてぇー
吸ってぇー
吐いてぇー
『5番 眠れる森の美女より フロリナ王女のヴァリエーション』そう女性のアナウンスが告げた。
呼吸を繰り返しているうちに、順番が来てしまった。
あぁ、とうとう迎えてしまった。この時を…
胸が重苦しい、ドクンドクンとうるさい。一体、自分はどうしてしまったのだろう。
だが、行くしかない。
仁彩は足を進めるごとに頭を整理していった。
どれだけ止まれと願っても、時は進んでしまう。我がままを言って周りが待ってくれるのは、幼稚園年少で終わった。だからこそ、自らが水鳥のように進まなくてはいけない。
私にそれができるのは、バレエに熱中している時だけ。家ではただ項垂れていて、学校は暇つぶし(文武両道に下の下)で通っている。
だからこそ、この発表会をおきにそんな自分とは離れたい。私はまだまだバレエがこんなにもできるんだって、楽しんでいるんだって親に示したい。周りに示したい。だから進路指導の先生にも、無理やり来てもらっている。
どうしても失敗できないし、少しのミスもできない。
だからこの曲にしたのだ。だから初恋のあの子を一か八かで呼んだのだ。




