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主要登場人物

漆戸 郷……私立栗円ヶ丘高等学校3年生


水野 仁彩……漆戸 郷の同級生

目の凝りが酷くなってきたため道の駅に寄り、『栗円ヶ丘(くりまるがおか) 天然 山の湧水』とラベリングのされた500mlのペットボトル飲料を購入した。


帰宅し、家に入るや否や靴を素早く脱ぎ、すぐに洗面所へ向かい、床にスクールバッグをドサッと置く。チャックを開け、中から天然水を取り出す。ペットボトルの蓋を開け、素早く右手を水道水で洗う。清潔にした後の利き手に天然水をペットボトルから優しく注ぎ、そこに目を片方ずつ、顔を手の御椀に近づけて浸す。


「フゥ」 やっと凝りが取れたため思わず安堵の声が出た。



墨色の煙は見えるだけではなく。見れば見るほど眼に疲労が溜まっていってしまう。だから定期的にカルキ抜きをするように、山の水で両眼を洗わなければならない。


2階の自分の部屋へ行き、スウェットパンツとフーディーに着替えて、1階のリビングに戻りくつろぐ。


今日は金曜日だからある程度余裕がもて、いつもみたいにへとへとの中、すぐに勉強をしなくても良い。


無意識にリモコンを手に取りテレビを点け、面白みのありそうな番組を探す。


「ちゃ― 」ボタンを押してチャンネルを変える。


「遺体が― 」チャンネルを変える。


「びっくりし― 」変える。


「サキさん…愛し― 」変更。


「栗円ヶ丘― 」変― うちの地域じゃないか。


画面には身に覚えのある公園が上空から映し出されていた。

通学の途中で通る場所だった。


「今日午後1時頃― 東京都栗円ヶ丘区内の公園にて身体の一部が切断された遺体が発見されました。遺体は公園のゴミ箱― 」アナウンサーが詳細を説明しはじめたところでインターホンが鳴った。


こういう身近で起こった恐ろしい出来事を知ってしまった後で突如鳴ったインターホン。なかなか怖い。だが、戸惑っている暇はない。親の知り合いかもしれないし。近所の人だった場合、僕が帰宅しているのを知っていると思われる。出なかったら「居留守使われた」とグチグチと陰口を叩かれかねない。宅配便だったら、罪悪感で潰される。


どちらにしろ、出ねば…出ねばならない。


己を奮い立たせ、2回目のインターホンが鳴らないうちに向かう。歩く速度と心臓の鼓動が速くなる。


モニターを覗いてみると。驚いた。

そこには、水野仁彩(みずの にあ)がいた。今日最も印象に残っている人物。

お行儀よく待っていて、目をインターホンから至る場所に逸らしていた。急いで玄関まで駆けていき扉を開けた。


お互い目が合った瞬間、反射的に顔を逸らした。

「水野さん― 」


「学校で!…」水野は顔を赤らめて、学校のガの部分を特に大きな声で発した。「あんな態度― こと言ってごめん」


この時の彼女の姿が脳裡では、少女時代の彼女と姿が重なった。


どこか溌剌としていて、そのせいで何かしでかしてしまった際、「 ―またやっちゃった」と、わんわん泣いていた彼女に。


その様子が思い浮かぶと、なぜかホッとした。


「ぜ…ぜんぜん、こっちこそじっと見ちゃってごめん。えと本当のことだから信じてほしいんだけど、僕、水野さんの足じゃなくてネイルを見ていたんだ。あまりにも綺麗だったから。だとしても女性の足をじっと見るなんて…良くないことしてしまって― 」

そこから先、言葉の紡ぎ方が分からなくなってしまった。どうしようかと焦り始めた時―


「ネイル…見てたんだ」

水野がゆっくりと言った。顔をちらりと見た。ちゃんと見たのは久しぶりで、長い睫毛がよく栄え、鼻の筋が美しく、端正な顔つきになっていた。自分の記憶の中にいる小さな彼女はぷっくりとした頬でよく表情を崩している子だった。

こうして大人の造形が出来上がっていくのだと、つくづく思った。僕には無いものを人はどんどん持っていき、進んで行ってしまう。


「うん― 見てた」

淡々と答えた。


「綺麗だった?」


「綺麗だった」


「また見たい?」


「見たい…」

なんだかとても変というか、これまで感じたことのない雰囲気だ。酔っているというか微妙なまどろみにいるような空気。


沈黙が流れる。


「ネイルはまた見せてあげるとして、ひどいこと言っちゃったのは変わりないから、お詫びに― はい…」


彼女が右手で差し出してきたのは、1枚のバレエコンサートのチケットだった。背景は白く、バレリーナのシルエットと白鳥のイラストがチケット左端に載っている。


「い…いい― 」

いいの?と問おうとした時、


「いいの!あげる!絶対来て!」

僕がおどおどしていると、彼女は僕の手に無理やりチケットを握らせて、走って帰っていった。


余りにも唐突で、呆然と立ち尽くしてしまった後、驚きと嬉しさが込み上げてきて、夜中、なかなか眠れなかった。まぁ…それはいつものことか。


それにしても、僕はピアノをやめてしまったのに彼女はちゃんとバレエを続けているとは、「ちゃんと」、と言うのは良くないか。強制されている感じがしてしまう。だが、僕はそうだった。強制的にピアノをさせられていた。


彼女は― きっと違うのだろう。

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