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主要登場人物
漆戸 郷……私立栗円ヶ丘高等学校3年生
回想
漆戸 郷……区立栗円ヶ丘中学校3年生
郷の母親……脳神経外科医
帰り道、コンクリートの道端に虫が死んでいた。なんの虫かは分からない。だって僕には見えないから。
出ている煙の大きさ的にセミだとは思うけど、死んだばかりだからか濃く多く出て覆われていて姿が全く見えない。
この目の病気はいつまでも続くのかと、気が遠くなり胸の内がさらに重くなる。
発病したのは4年前の中学3年生、遠い親戚が死んで半ば強引に葬式に連れて行かれた時だった。
参列者がずらりと椅子に座っている。自分と母と父は列の後ろぐらいに座っていた。1番前の中央ではお坊さんが御経を読んでいる。
焼香の順番がくるまでとても暇だけど、ゲームとか外を出歩いたりしたらダメだよなと思い、とりあえず葬式というのに参列するのも始めてだったため、辺りを目だけ動かして見回していた。
祭壇。最上部には木材で作られた6つの灯籠がきらびやかな明かりを醸し出す厳かで立派な輿、中央には故人である親戚の遺影。遺影から少し離れた両端には桃がお供えされている。祭壇の周りは豪勢な白の際立つキクやユリの混じる花々で彩られている。
柩の彫刻に目を凝らしていた時、煙がうっすらと見えた。最初は焼香机に置かれている香炉の煙かと思ったが何度か揺らめきが見えた時、墨色をしていることに気が付いた。
ちょうど、自分の番が回ってきた。
前へ向かい、柩に近づいて行く内にはっきりと見えてきた。あきらかに遺体となった親戚から出ている。ドライアイスかと思ったがこんな黒いわけがない。そんなに量はなく故人は、はっきりと見えるが、それが柩から薄く溢れている。
こんな演出するなどと聞いていないし。というか、なぜ誰もこのことを疑問に思わないんだ?
ざわついてもいない。
母にそれとなく聞いてみよう。
「ママ」
「なに?」
母は前を向いたまま、声だけで応じた。
「舞衣さんから煙出てない? ほら、今も柩からモワモワって」
「舞衣さんから? 何も出てないけど、香炉の煙でしょ? モワモワって感じじゃないけど」
「……うん」
受験勉強の真っ只中で葬式に来たから疲れているんだと、その時は思った。
けど、葬式後も受験が終わってゆっくりしていた時も、たまに見掛ける虫の死骸や、母が調理している(調理後も)魚や肉、冷蔵庫の扉の隙間から墨色の煙が出ているのを何回も見かけた。
やっと理解した。
自分の目、もしくは脳がおかしくなったのだと。
幸いにも母が脳神経外科医であるため、気兼ねなく相談することができた。
ちょうど部屋で論文の作業をしている母に尋ねた。
「あのさ、ママ」
「どうしたのゴウちゃん?」
母はすぐに手を止めて、こちらを向いてくれた。
「この前のお葬式で煙出てるって言ったじゃん。僕」
「ああ、そんなこと言ってたわね」
「あの時ね。僕ね。変なの見ちゃったんだ」
「変なの?」
笑顔を保っているが、少し不安そうなのが分かる。
「あきらかに香炉の煙じゃなくて、舞衣さんから墨色の煙がモワモワ出てたんだ。そのあとも、家の中、外で生き物の遺体とかその肉片を見かけた時は墨色の煙が出てるの何度もというか、必ず見たし。ちょっと、言っていいのか分かんないんだけど。神経に何か障害ができちゃったのかな……て。それか目に何か……あるのかなって」
焦りと不安でグチャグチャになって早口で話してしまった。
母は僕が落ち着くまで待ってくれた。
「ありがとう。話してくれて、聞くかぎりその煙は墨色で、遺体からしか出ていないのね? 他に何か特徴はある? 」
「うん、遺体からしか出てないし見てきた煙は全部墨色。でも、死後の時間と連動して濃さとか量が変わるみたい。亡くなった直後とかだと、遺体が見えないくらい濃く多く出てる。舞衣さんの場合、たぶん亡くなってから時間が経ってたから薄く、量も少なめだったよ」
「身体の他の部分はなんともないの?」
「うん、目だけだよ」
「眼にだけ発現して遺体との関連とさらに条件が―」
母がとても気難しそうな顔をした。床に視線を向けて、考え込んでいる。
「とりあえず聞いてもいい?」
考えてくれているところ悪いけど、僕も母と同じくらい考えたい。どんなに難しい話でも。
「そうよね。分かったわ―」