マーケティングコンサル、始動!
料理は最高だけど、客が来ない!!
「宣伝」という概念が希薄な世界で
主人公のハズレスキルがーーー
「あの……大変不躾なお願いなのは承知の上なのですが」
俺は意を決して、店主の女性に向き直った。
「僕、このお店の料理が本当に気に入ってしまって。絶対に潰れてほしくないんです。でも、正直なところ、このままだとお店がいつまで持つのか、少し心配になってしまって……」
俺の言葉に、彼女は俯いて小さくため息をついた。
「そうですよね。私だって、続けられるものなら続けたいんです。この店は、私のおじいちゃんが建てて、父さんが後を継いで、そして今は私が切り盛りしている、大切な思い出の詰まった場所なんです。だから、絶対に潰したくはない。でも、現実はこの有様で……」
彼女の声は、諦めと悲しみに満ちていた。
「であれば……もしよろしければ、少しだけ僕に頼ってみませんか? 実は、僕はこういう者なんです」
俺は懐から商人ギルドカードを取り出し、彼女に提示した。
「職業:マーケティングコンサルタント、と申します」
「マーケティング……コンサル?」
彼女は、ギルドの受付嬢と同じように、不思議そうな顔でカードを見つめた。
「はい。おそらく、聞いたことがない言葉だと思います。すごく簡単に言うと、お店や会社が集客や売上に困っている時に、その問題を解決するためのお手伝いをするのが、僕の仕事です。ですから、もしご迷惑でなければ、このお店の力にならせていただけませんか?」
「えっ……? それは、とても嬉しいお申し出だけど……でも、うちにはコンサルタントの方に支払うようなお金なんて、とても……」
彼女は申し訳なさそうに言った。
「大丈夫です。報酬のことは心配いりません。最初にお金は一切いただきません。もし、僕がお手伝いした結果、お店の売上が上がったら、その『上がった分の売上』の中から、10%だけを成功報酬としていただければ結構です。それまでは、完全に無償でサポートさせていただきます」
「ええっ!? そ、そんな……それじゃあ、私にはリスクは何もないけれど、あなたはそれで本当に良いのですか?」
彼女は信じられないという表情で俺を見た。
日本にいた頃なら、着手金なしの成功報酬なんて、まず有り得なかった。もしそんな提案をしたら、上司に「ボランティアじゃないんだぞ!」と怒鳴りつけられていただろう。だが、ここは異世界。俺を縛る会社も上司もいない。コンサルタントという職業すら認知されていないのだから、やり方は俺の自由だ。
「はい、もちろんです。だって、それだけの価値がある、本当に美味しいお店ですから!」
俺は自信を持って言い切った。
こうして、俺の異世界での初仕事が、思いがけない形で始まることになった。
早速、店主の女性リサさんから、お店の状況について詳しくヒアリングを始めた。
「ふむふむ、なるほど。リサさん、やはり料理の味に対する評判は、来てくれたお客さんからはすごく良いんですね。問題は、そのお客さんがほとんどリピーターになってくれない、と」
「そうなの。来てくれるのは、ケインさんみたいに、たまたま他の街から商人ギルドに用があって来た人とか、本当に偶然立ち寄った人がほとんどだから。一度来てくれても、またわざわざこの路地裏まで足を運んでくれる人は、本当に稀で。この街に住んでいる人は、そもそもこっちの方には用がないから、来ることもほとんどないし」
「そもそも、どうしておじいさんは、この場所に店を構えられたんですか? 何か理由が?」
「それが……。実はね、昔はこのお店の周りにも、たくさんのお店が並んでいて、とても賑やかな場所だったそうなの。市場も近かったし。でも、何十年か前に、この辺り一帯を再開発するっていう計画が持ち上がったの。だけど、おじいちゃんは先祖代々のお店があったこの場所を離れたくないって、頑なに立ち退きを拒んで……。それが、当時の領主様の逆鱗に触れてしまったらしくて。結局、再開発の計画地は、ここから少し離れた、もっと街の中心に近い場所に変更されたのよ」
「なるほど……」
「そうなると、周りにあったお店の人たちも、新しい再開発エリアの方が商売しやすいからって、みんなそっちに移ってしまって。結局、昔からここにあったのは、すぐそこの商人ギルドと、うちの店ぐらいしか残らなかったの。それでも、父さんの代の頃は、おじいちゃんの時代の常連さんだった方々や、父さんの友人たちが贔屓にしてくれてたんだけど……」
リサさんの表情が曇る。
「みんな、数年前にあった大きな魔物の氾濫があったでしょう? あの時に、亡くなってしまったり、街を離れてしまったりして……。それで、常連さんもほとんどいなくなってしまって。父さんも心労がたたって体を壊してしまって、私が急遽、店を継ぐことになったんだけど……この有様、というわけ」
「そうだったんですね……。そんな複雑な事情があったとは……」
理由を聞けば、この「灯火亭」がうまく行っていない根本的な原因は一目瞭然だった。単純に、「この店の存在を知っている人がほとんどいない」のだ。どんなに美味しくても、知られていなければ客が来るはずがない。隣の商人ギルドも、特定の一店舗だけをえこひいきするわけにはいかないだろうから、積極的にこの店を勧めることもできないのだろう。
「よくわかりました。事情は把握しました。では、まずは現状をもう少し詳しく知るために、ちょっと市場調査をしてきますね」
そう言って、俺はリサさんに断り、店を出た。
マーケティングにおいて、市場調査、いわゆるリサーチは何よりも重要だ。自分の思い込みや独りよがりなアイデアで動いても、成果は出ない。まずは現状を正確に把握し、顧客となる可能性のある人々のニーズや動向を探る必要がある。
よし、手持ちのお金は心許ないが、まずは自分の足で情報を集めるところからだ。あの再開発されたというエリアを歩いてみよう。
リサが登場〜
成功報酬型っていいよね |´-`)チラッ
次も、明日の19時にアップします!