隣町への旅立ちと「恩送り」の金貨
マーケティングスキルを手に入れたカイン。
スキルを活かして大儲けできるのか!?
この街に居場所はない。
追い出されたばかりのこの街に未練はないが、行く当てもないのは困る。
ひとまず、隣町まで行って情報収集を始めるのが現実的だろう。幸い、父親が最後に投げつけたわずかな金銭が手元にある。
なけなしの銅貨で乗合馬車に乗り込み、ガタゴトと揺られることしばし。隣に座っていた、上品な雰囲気の女性から不意に話しかけられた。
「こんにちは、坊や。見ない顔だけど、どちらまで行かれるの?」
年の頃は30代半ばだろうか、落ち着いた物腰の美しい人だ。
「あ、こんにちは。僕はとりあえず、隣町まで行こうと思っています」
「あら、『とりあえず』?」
彼女は少し意外そうな顔をした。
「はい。実はお恥ずかしい話なのですが、昨日の成人の儀で……その、ハズレスキルというのを授かってしまいまして。それで、家を勘当同然に追い出されてしまったんです」
自嘲気味に話すと、彼女は同情的な表情を浮かべた。
「まあ……それはお気の毒に。この国は本当にスキルが全てですものね。でも、落ち込まないで。何を隠そう、私も大したスキルは授からなかったけれど、今では商人として、そこそこ大きな商会を切り盛りしているのよ。だから、あなたも諦めなければ道は開けるわ、きっと」
彼女の優しい言葉が、ささくれ立った心にじんわりと染みた。
「ありがとうございます。その言葉を励みに、頑張ってみます」
そう言うと、彼女は懐から自身の名刺と、ずしりと重い金貨を一枚、俺に差し出してきた。
「!」
「困ったときはお互い様よ。これを路銀の足しにしてちょうだい」
「い、いえ!そんな大金、見ず知らずの僕が受け取るわけにはいきません! お気持ちだけで十分です。お名刺だけ、頂戴いたします」
慌てて断るが、彼女は「いいから、いいから」と、半ば強引に俺の手に金貨を握らせた。ずっしりとした重みが、現実感を伴って掌に伝わる。
この世界では、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、そして最高額の白金貨という5種類の硬貨が流通している。日本の円に換算すると、鉄貨が100円、銅貨が1,000円、銀貨が1万円、金貨が10万円、白金貨は100万円くらいの価値になるらしい。
街角の屋台で売られている鶏肉の串焼き(日本でいう焼き鳥のようなもの)が鉄貨1枚程度だというから、彼女は初対面の俺に、いきなり10万円もの大金をくれたことになる。
俺の手元には、父親が投げつけた銀貨5枚と銅貨6枚、鉄貨9枚……合計しても5万6千9百円相当しかない。金貨1枚は、今の俺にとってまさに命綱とも言える大金だ。
「この御恩は、いつか必ず……!」
「うふふ、気にしないで。私だって昔、ある方に助けていただいて今の私があるの。だからこれは『恩送り』よ。もし将来、あなたが誰か困っている人に出会ったら、その時に手を差し伸べてあげてちょうだい」
恩送り、か。
素敵な考え方だ。
彼女の温かい心遣いに、ただただ感謝するしかなかった。
謎の美女が出てきました!
続きは、明日19時にアップします。
どうぞよろしくお願いいたします。