つながり④
「大曽根秀星です。よろしくお願いします」
二学期がはじまり、クラスに転校生がやってきた。担任教師のあとについて教室に入ってきたその姿を見た女子がざわつき、転校生が自己紹介するときには黄色い声があがっていた。
色素の薄い髪に薄茶色の瞳、高身長で腰の位置が高くて足が長い。こんなに完成した人がいるのかと賢太も目をまたたいた。どこを取っても平凡な賢太とは違う世界の人だ。大曽根秀星の席は賢太のふたつうしろになり、存在感で圧倒されるようだった。
「秀星くんって呼んでもいい?」
休み時間になると、女子が秀星の席を囲んだ。秀星を見るために他のクラスからも女子が集まっていて、すごい騒ぎだった。漫画みたいな光景は本当に起こるんだな、なんて、無関係な賢太はぼんやりと頬杖をついた。
「彼女いるの?」
「いないなら、私どう?」
皆積極的だ。だが不思議なことに女子の声ばかりが聞こえてきて、肝心の秀星はひと言も話していない。なんとなく背後をちらりと見やると、秀星は無表情でまっすぐに前を見ていて、目が合った。悪いことをした気がして慌てて前を向く。一瞬目が合っただけだが、秀星の瞳は冷えていた。女子に囲まれても嬉しいと思っていない、というより迷惑そうだ。周囲の女子だけ盛りあがっていて、なんとなく秀星が可哀想にも思えてくる。
「いらない」
「……!」
はっとしてもう一度振り返る。あの声との会話があるから、心の内の同情が読まれたのかと一瞬焦った。
秀星はぐるりと視線を巡らせ、女子を見てから目を伏せる。
「彼女も友だちも、いらない」
それだけ言ってまた口を閉ざした秀星に、女子がざわつく。でもすぐに切り替えたかのような明るい声で「恰好いい」と口々に言う。外見が整っているとどんな発言もプラスになるのだと、ひとつ新たなことを知った。
アルバイトを終えて帰ると、すでに父は帰宅していて母との怒鳴り合いがはじまっていた。アルバイト先で売れ残りのパンをひとつもらってきたから、それが夕食だ。聞こえていないとはわかっているが、一応「ただいま」と小さく言って階段をあがった。そのあいだも怒声の応酬は止まらない。近所の人は賢太と目を合わせないから、近辺の家の人たちにも父と母の怒鳴り合いは聞こえているのだ。父母はそれさえ相手のせいにしているが、賢太から言わせればどちらも悪い。
部屋でベッドを背もたれにしてパンをかじる。クリームパンなのに、味がよくわからない。噛み締めるとじゃりじゃりするようにも感じる。おかしいのはパンではなく賢太なのだと、自分でわかっている。急いで食べて布団の中にこもる。歯を磨かないといけないのに、と思いながら身体を丸めた。
なんでこんな家に生まれたんだろう。
何回考えてもわからない。なにかの罰かと思ってみたこともある。でもそれにしては生きづらすぎる。
多くを望んでいるわけではない。もちろん、両親が仲良しであってくれればそれに越したことはないけれど、そうでなくてもせめて毎日怒鳴り合わない親がよかった。冷えた関係ならば見切りをつけて離婚してくれたらよかった。自分なんて生まれてこなければよかった。
もうやだ……。
耳を塞いで目をぎゅっと閉じる。自分の存在が罪のように感じてしまう毎日がつらい。
『泣いてるのか?』
「……っ!」
いつもの声が聞こえてはっとする。知らず流れていた涙を手で乱暴に拭い、見えていないとわかりながら笑みを作った。
ううん。大丈夫だよ。
賢太があまりに惨めだから、神様が贈りものをくれたのかもしれない。そんなふうに思えるくらいに、彼との会話は気持ちが凪ぐ。
あなたもつらい?
『つらいけど、きみのほうがつらいだろ』
僕もつらいけどあなたもつらいから、ひとりじゃないって頑張れる。
ひとりで閉じこもっていたときに比べると、とても気持ちが楽なのだ。支えがあると、それだけ強くなれるのかもしれない。知らない誰かでも、賢太に寄り添ってくれる。父や母よりずっと優しくて大切な存在だ。
あなたと話ができるようになって、本当によかった。気持ちが楽になるんだよ。
『それならよかった。俺もきみと話すと、固まった心が柔らかくなるみたいだ』
この声が賢太に聞こえる限りは日々を耐えられる気がする。賢太にとって彼が支えのように、彼にとっても賢太が支えであると思えた。必要とされることの喜びを教えてくれた彼に、深く感謝した。