つながり⑯
重い瞼をあげると白い空間だった。機械音が聞こえ、遠くに人の話し声がする。ゆっくりと視線を右側に向けたら整った寝顔があった。
「しゅうせい……」
賢太の手をきつく握ったまま眠っている秀星に、声をかける。声は震えたけれどきちんと出た。先ほどまでの絡みつくような重苦しさがなくなっていてほっとする。あれは夢だったのだろうか。
「……?」
長い睫毛に縁取られた瞼がぴくりと動いた。綺麗な薄茶色の瞳が現れ、賢太をとらえて見開かれた。
「賢太!」
身体を起こした秀星が慌てた様子でボタンのようなものを押す。状況がまったくわからなくて、賢太は目を数回まばたいた。
「あれ……僕……?」
記憶が曖昧で首をかしげると、秀星の瞳から涙が溢れて零れた。
「秀星、どうしたの?」
「『どうしたの』じゃない! ずっと目を覚まさないから、賢太になにかあったらどうしようって、俺……っ」
手を伸ばして秀星の手に触れると、温かくてほっとした。ようやく触れることができた。
「秀星、僕も秀星が好きなんだ」
「え……?」
「僕も秀星のそばにいたい。告白の返事はもう遅いかな?」
大きく首を左右に振った秀星は、泣き笑いのような表情を浮かべて賢太の手をぎゅっと握った。
「遅くない。今日はバレンタインだから、ぴったりすぎるくらいだ」
「バレンタイン……僕の誕生日だ」
「そうだ。賢太、誕生日おめでとう。生きててくれてありがとう」
また涙を零した秀星は賢太の手をきつく握って、何度も「ありがとう」と繰り返していた。
「大曽根くん、本当にありがとう。ほら。賢太も」
「う、うん」
母に促されて秀星にひとつ頭をさげる。秀星は照れくさそうにしながらも微笑んでくれた。
「タクシー来たぞ」
「わかったわ。賢太、歩ける?」
「もう本当に大丈夫だよ。頭だって打ってなかったんでしょ?」
過保護に心配をされることに慣れていないので、おどおどとしてしまう。母は小さくため息をつき、「馬鹿ね」と微笑んだ。母のこんなに優しい表情ははじめて見た。
「それでも二週間も目を覚まさなかったんだから、心配するのは当たり前でしょ」
「母さん、早く。賢太、転ぶなよ」
「うん」
ドアの開いているタクシーの前で手招く父のもとに、母と向かう。少し振り返ると、秀星が心底安堵した表情で見送ってくれている。
あの日、秀星を追いかけていた賢太は、路地から出てきた急スピードの自転車にぶつけられたらしい。らしいというのは本当に記憶がないのだ。秀星が救急車を呼んでくれていろいろと検査をして、幸いにもすり傷と少々の打ち身以外に頭も打っていないし異常もないのに目を覚まさない、という状態。賢太自身も説明を聞いていて自分のこととは思えなかった。秀星は毎日お見舞いに来てくれて、時間が許す限り賢太のそばにいてくれたそうだ。母から聞いて胸がいっぱいになった。
それ以上になにが起こったのかわからなかったのは、父と母の豹変だ。目を覚めたらぎこちないながらも普通に会話をして、互いに協力し合っているときさえあるのだから驚くに決まっている。天変地異の前触れかとおぞ気さえ感じた。
――賢太を失うかもしれないと思ったら、自分たちのことなんてどうでもよくなったの。
母は恥ずかしげに笑っていて、以前のような不気味さなんてかけらも見えなかった。父も自分のストレスを丸ごと母にぶつけていたことを謝罪し、今さらながら「家族」ができあがった。自分が愛されていたことを知れて、事故に感謝してしまった。それを秀星に言ったらとても難しい顔をされた。
「なんだか夢みたい」
タクシーで帰宅して部屋に入るとほっとした。部屋はなにも変わっていないけれど、賢太を取り巻く環境は大きく変わっていて、頭がついていかない。
「賢太、なにか食べる?」
部屋のドアがノックされ、母が顔を覗かせた。聞かれたら急に空腹を感じてひとつ頷いた。
三人で囲む食卓は違和感しかない。当然だ。こんなに温かい食事はしたことがないのだから。ぎこちない会話を交わしながらの食事は、不思議という言葉がぴったりだった。