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つながり⑭

 タイミングが悪く、そのまま冬休みに入ってしまったので秀星とは会えないままになった。クリスマスからずっと秀星のことを考えてはため息が止まらない。秀星はほみるに来ても賢太を避けて、他のスタッフに声をかけるくらいだ。

「いらっしゃいませ」

 ドアベルが鳴って、もしかして、と思ったが違った。入ってきたのは見たことのない制服の男子高校生だった。

「すみません。おみやげに持っていきたいので、おすすめを教えてください」

 あれ。

 どこかで聞いた声だ。顔を見あげると、懐こい笑顔を向けられた。

「は、はい。おすすめですね」

 続けてドアベルが鳴り、店内の空気が揺れたのがわかった。振り向いてドアのほうを見ると、そこにいたのは秀星だった。表情の固まった秀星は、震える声を零した。

「……琉希……」

 賢太もはっとした。まさか。

「兄さん、ちょうどよかった。今からそっちに行こうと思ってたんだ。母さんから頼まれごとがあって――」

「なんで賢太と……」

 今度は男子高校生――琉希が表情を変えた。秀星から賢太へと視線を移し、ぱあっと表情を明るくする。

「賢太? もしかして、きみがあの賢太なのか?」

 乱暴にドアが開閉し、秀星が店を飛び出していった。追いかけたいがアルバイト中だし、琉希が目をきらきらとさせて賢太に声をかけてきている。

「そうなんだな。会ってみたかったんだ。どんな人だろうっていろいろ想像したけど、思ってたとおり優しそうな人だ」

 どうしよう。

 秀星を追いかけたいけれど、状況としてはそれができない。琉希も仕事も放ってしまえばいいのかもしれないが、それができるほどの強さは賢太にはなかった。

「う、うん。はじめまして。伊川賢太です」

「大曽根琉希です。はじめましてなのが不思議だけど」

 賢太を支えてくれた声は神様からの贈りものだと思ったけれど、違うかもしれない。だって、神様がこんなに残酷なことをするなんて思えない。


「お疲れさまでした」

 閉店作業を終えて裏口を出る。駅に向かおうと表通りへ出ると、店の前のベンチに琉希が座っていた。賢太を見つけて琉希が微笑む。寒いから、琉希の頬が少し赤くなっていた。

「賢太」

「琉希……どうして」

「待ってたんだ。賢太とちゃんと話してみたくて」

 ベンチに並んで座ると、琉希は深く頭をさげた。

「ずっと避けててごめん」

「え?」

「賢太が俺だけじゃなくて兄さんも支えだって言ったとき、はっきり言うと嫉妬した」

 嫉妬、と口の中で呟く。琉希はひとつ頷き、きまり悪そうに唇を開いた。

「賢太の支えになれて、はじめて俺は自分が必要だと思えた。だからすごく嬉しかったんだ」

「でも、琉希のご両親は……」

 言いかけて言葉を切った。よその家庭のことに無遠慮に踏み込んでいいとは思えない。余計なことを言うのは失礼だ。

「兄さんから聞いたのか?」

「……」

 控えめに小さく頷くと、琉希はひとつため息をついた。

「兄さんこそ愛されてるのに」

「どういうことなの?」

 秀星と琉希の言うことがあまりに食い違っていて、どちらが本当かわからない。ただのすれ違いにしては拗れているように感じる。

「兄さんって恰好いいだろ。それになんでもできる」

「うん」

 それは否定しない。賢太もそばで見ていて、同じように思う。できないことを探すほうが難しいくらい、秀星はなんでもできる。

「だからかな、父も母も接し方がわからなくて、その分俺に過保護にかまうみたいなんだ。本当は兄さんに言いたいことやしてほしいことも俺に言う。挙句の果てには俺が望みどおりにできないと『秀星だったら』なんだよ」

 卑屈に口もとを歪めた琉希は、手で瞼を覆った。目が隠れるだけで、どんな表情をしているかがわからなくなる。

 ベンチのうしろにある通りには車も通らず、あたりは静かだ。暗がりの中、琉希の声に耳を澄ませる。

「わかってるんだ。兄さんだったらできることが俺にはできないことも、兄さんには敵わないことも……親の愛情が、本当は兄さんに向かってることも」

 泣いているように見えるのは、暗がりが余計にそう見せるのかもしれない。なにも言えず、賢太は続く言葉を待つ。

「俺ができないことで親の目は俺に向く。でもそれは愛じゃない」

「そうなの?」

「できない子どもなんて、ただ心配になるだけだ。できる子どものほうが可愛いに決まってる」

 なんだろう。ふたりの話を聞くと、秀星も琉希も勘違いをしている気がする。感じたことを伝えていいのか悩んだが、言わないと後悔しそうに思った。おずおずと口を開く。

「僕、言葉選びがうまくないからどう言ったらいいかわからないけど、できる子もできない子も可愛いものじゃないのかな」

「え?」

「……ご両親は秀星も琉希も大切に思ってると、僕は感じる」

 それに、とつけ加える。

「ご両親は仲がいいんだから、話し合うことができるじゃない」

 賢太の親とは違う。互いの意見を否定し合って罵る関係ではないのだ。思いやる心を持つ親は、子どもの声を聞いてくれる気がする。

「僕の願望かもしれない。秀星も琉希も、ご両親に愛されてると思いたいんだ」

「賢太……」

「秀星も琉希も不器用だから、うまく伝わってないんじゃない?」

 ふたりとも兄弟なだけあって似ているところがある。見た目が違うのは個性だ。それぞれのユニークさがあるのは人間だから当然だ。

「僕に話したこと、秀星にも話してみたら?」

「……兄さんは俺の話なんて聞きたくないと思ってるよ。今日も兄さんがいる祖父母のところに行ってきたけど、兄さんは部屋から出てこなかった」

 諦めたような表情に、ひとつ疑問が浮かぶ。

「そういえば、どうして秀星はお祖父さんとお祖母さんの家にいるの?」

 秀星は自分がいらないからだと言っていたけれど、琉希の話を聞くと違う気がする。

「祖父は身体が弱いんだ。去年祖母が腰を悪くしたから、親からしたらよく気がつく兄さんにしばらく様子を見ていてほしいってことらしい」

 兄さんにもそう言ってたんだけどな、と琉希は呟く。かなり拗れていて、賢太は他人事ながら緊張でどきんと脈が速くなった。

「まあ、つまり俺じゃ頼りにならないってことなんだけど」

「違うと思う。秀星の転校もそれでなの?」

 しばらく様子を見てほしいから近くの高校に、ということなのだろうか。短期間離れるだけなら転校までする必要はないと思うが。

「いや、それはまた別。前の学校でうまくいってなかったらしいんだ。だからこの機会にって転校することにしたんだって。待ち伏せされたり物を盗まれたり、ストーカーみたいな行為をされてたらしい」

 秀星の恰好よさならありえる話だ。納得してはいけないのだろうけれど納得してしまった。

 いろいろな話をパズルのように組み合わせていくと、秀星も琉希もひとりではないし、きちんと親から愛されていると思う。誤解さえとければ兄弟仲もよくなるのではないか。

「賢太に話したら、ちょっと冷静になれたよ。今度兄さんのところに行って、ちゃんと話してみる」

「僕からも秀星に話してみようか?」

 琉希は苦笑して首を左右に振った。

「だめだよ。兄さんが嫉妬するから」

「嫉妬?」

「俺が賢太に話しかけてたときの兄さんの顔……あんなのはじめて見た。人間みたいに感情が丸出しだった」

 くくくっと笑っているので、ついむっとなる。そういう言い方はよくない。

「秀星だって人間だよ。もちろん琉希だって」

「そうだよな。兄さんも完璧じゃないんだってはじめて知ったよ」

 たしかに嫉妬深そうだもんな、なんてまた笑っているので、賢太が唇を尖らせると悪びれずに謝られた。でもその笑顔には翳りがないように思えた。

「ありがとう、賢太。偶然だけど、こうやって話せたこと、本当に嬉しい」

「うん。僕も」

「これからはちゃんと顔を見て話そうよ。兄さんも一緒に三人で」

 連絡先を交換してふたりで駅に向かう。

 大曽根家のこと、秀星と琉希のことは解決に向かうのかもしれない。でも秀星と賢太のことはどうなっていくのだろう。言いようのない不安が胸中に渦巻いた。

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