つながり⑫
頭がぼうっとする。昨夜聞いた言葉が耳から離れない。声の主であるRは琉希という、秀星の弟だった。秀星の弟――両親の愛をひとりで受けている人物、そのはずだ。
琉希の言葉の数々を思い起こす。琉希の言葉からは、自身が愛されていることが信じられない様子が伝わってきた。それが秀星に重なったのに、実は親の愛を一身に受けていた弟が声の主――。
わからないことだらけで頭がずっとぼうっとしている。耳がぼやっとして圧迫感と痛みが訪れたときも思い出す。あれは琉希の心情なのだ。だが答えが見えない。本人の口から聞かない限り、真実を解き明かすことはできない。
「賢太、おはよう」
「え、あ……お、おはよう」
自分の席でもやもやとしていたら秀星が登校してきた。期末試験が終わり、点数はどれもまずまずだった。わからなかったところは秀星が丁寧に教えてくれて、少し頭がよくなった気分だ。
「どうした?」
「なにもないけど……」
琉希のことを話題に出していいのかわからない。秀星は両親とはうまくいっていないと言っていたが、弟との関係を聞いたことがない。連絡を取ったり話したりしているのかも知らない。
「賢太、クリスマスの日ってバイト入ってるか?」
「うん。クリスマスは忙しいから入ってるよ」
「そうか」
なにかあったかなと首をひねると、秀星は一度唇を引き結んだあと、ゆっくりと口を開いた。
「クリスマスの日、迎えに行ってもいいか?」
「え?」
「話があるんだ」
緊張した面持ちに、賢太も頬が強張る。なにか重要なことがあるのだろうか。もしかしたら、琉希から賢太との会話のことを聞いたのかもしれない。
「……大丈夫だけど。話って?」
別に悪いことをしているわけではないのに、罪悪感を覚える。秀星に隠しごとをしているのだとそのときになって気がついた。
「クリスマスの日にちゃんと話す」
「うん……。わかった」
どんな話かわからないけれど、楽しい話ではなさそうだ。賢太も緊張して頷くと、秀星はようやく表情を和らげた。
そんなに緊張するような話はなんだろう。もやもやが増えて毎日悩んでいたら、あっという間にクリスマス当日になっていた。名乗り合った日から琉希の声は聞こえない。でも賢太が心を塞いでいるときにぴりぴりとした刺激を感じることがある。耳に響いた声のように、痛覚を耳に感じる。もしかしたらそれは琉希の拒絶かもしれない、と数日経って思い至った。
クリスマスイブもクリスマス当日もほみるはとても忙しくて、パンを買いに来る客が途切れない。厨房スタッフも販売スタッフもずっと動いている。
「ありがとうございました」
ようやくひと息つけたのは、棚が空になったときだった。休憩も取れずずっと接客をしていた。
「お疲れさま。そろそろ閉店にしようか」
「わかりました」
店長に言われて閉店作業をはじめ、パンを並べていた棚を片づける。それでも数人の客が来店したが、パンがもう残ってないことを伝えると残念そうに帰っていった。申し訳ない気持ちはあるけれど、ずっとパンを焼き続けているわけにもいかない。
裏口から店を出ると、まだ閉店時間より少し早いのに秀星がいた。寒い中、コートのポケットに手を入れて立っている。立ち姿だけでも絵になるなんて、ずるいくらいだ。
「お疲れさま。忙しかっただろ」
「ううん、大丈夫。秀星こそ、寒いのにいつから待ってたの?」
歩き出した秀星のあとについていく。どこに向かっているのか考えながら、足を進めた。
ついたのはほみるから五分ほど歩いたところにある、小さな公園だった。大きな木とベンチがひとつあるだけで、遊具はない。木より少し低い屋外灯が暗闇を照らし、振り返った秀星の顔がぼんやりと見える。
「どうしたの?」
「いや。賢太はいつも『大丈夫』って言うなと思って」
「そうかな」
ひとつ頷いた秀星はおもむろに手を伸ばし、賢太の右手を取った。行動の意味がわからないが、頬がさっと熱くなった。
「秀星?」
「俺、十二月二日が誕生日なんだ」
「えっ」
はじめて知った。もっと早く教えてくれたらお祝いをしたのに。
「今年、はじめて誕生日を嬉しいと思えた。賢太と出会えたからだ」
「早く教えてくれたらいいのに……。そうだ。今からでもなにかプレゼント用意するよ」
「いいんだ。賢太がいてくれたら、それだけでいい」
手をぎゅっと握られ、緊張する。秀星の表情も硬くなり、次にどんな言葉が出てくるのか、まったく想像できない。
「賢太が好きだ」
頭の中が真っ白になった。言われた意味がわからず、何度か脳内で言葉を繰り返す。
「……好き?」
「そう。俺は賢太が好きだ。もしプレゼントをくれるなら、物じゃなくて俺とつき合ってほしい」
深々と頭をさげられ、どうしたらいいかわからない。
「つき合ってください」
繰り返されて頬に熱が集まり、これは告白だと今さらわかった。慌てて秀星の肩に触れ、顔をあげてもらう。
「頭なんてさげないで」
「一世一代のプレゼント要望なんだ。気合いを入れさせてくれ」
なんだかおおげさな言いようにおかしくなる。表情を強張らせた秀星は、じっとまっすぐに賢太を見つめてくる。秀星が緊張した様子だったのは、この告白のためだったのだ。
「僕なんかがプレゼントじゃ、誕生日がもったいないよ」
「なに言ってるんだ。賢太以上なんてないし、賢太と一緒にいられればそれだけでいい」
告白されたからには返事をしないといけない。
賢太も秀星が好きだ。それが恋愛感情かははっきりとわからないけれど、一緒にいるとどきどきするし、胸がくすぐったくなる。もっとそばにいられたら、そんなに嬉しいことはない。
「ぼ、僕も秀星が……」
――大曽根秀星は、俺の兄だ。
返事をしようとしたら、耳に琉希の声が蘇った。秀星は琉希と賢太のやり取りを知らない。そのことを隠したままオーケーをするのは違うと思った。