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つながり⑩

 声の主は秀星ではなかった。では誰なのか。あんなに似た状況の別人がいるなんて思えないが、嘘をつく理由がない。

 ――R……?

 ――そう。Rだよ。

 あの日、そう言った声の主は「そろそろ寝たほうがいい」といつものように賢太を気遣ってくれた。声が聞こえなくなって、掛け布団から顔を出した。しいんとした室内を無意味に見まわし、もう一度「R」と呟いた声が、妙に大きく耳に響いて消えた。

「R……」

 賢太を支えてくれる秀星とR。同一人物のようなのに別人。兄弟がいて祖父母のパン好きまで同じなのに――違う人。

 頭の中がぐちゃぐちゃだった。秀星に違いないと確信してしまっていたから、余計に混乱する。まさか別人なんて少しも思わなかった。

「賢太?」

「あ……」

「ぼんやりしてどうした?」

 なんでもない、と首を横に振る。今日も昼食は秀星が買ってきてくれたほみるのパンだ。賢太を褒めてくれた日から、秀星はまるでご褒美というかのように、毎日ほみるに寄ってきてくれる。

 教室の秀星の席で向かい合って座り、机の上にはパンが並ぶ。

「パン代、払うよ」

「いい。賢太にもらってるものに比べたら、安すぎるくらいだ」

 以前賢太がすすめたサルサパンと塩あんぱん、コロッケパンだ。ほみるのパンはボリュームがあるので、三つもあったら満腹すぎて眠くなるかもしれない。

「僕、なにかあげてる?」

 特に思いつかない。昨日メモ帳を一枚あげたことだろうか。

「もらってるよ。たくさん」

 穏やかに微笑まれると、心臓が異常な動きをしておさまらない。

 最近秀星はよく笑顔を見せてくれる。秀星の心の鎖が軽くなっているのか、表情も態度も柔らかくなってきた。

「俺を支えてくれてありがとう」

 頬を手でこすられ、なにかとぎゅっと目をつぶる。そろりと目を開けると、秀星は手をハンカチで拭っていた。

「ソースがついてた。どうやったら頬につくんだ」

 笑われてしまった。

 恥ずかしくてまた頬が熱くなる。そんな賢太がおかしいのか、秀星はいっそう声をあげて笑う。教室内の視線は当然秀星に集まり、注目されることに慣れていない賢太は縮こまる。女子からは睨まれている気がしてならない。

 秀星は日に日に優しくなっていく。賢太に寄り添って、支えようとしてくれているのがわかる。家に帰れば声の主であるRが賢太の心を支えてくれる。

 ふたつの支え。

 優しい秀星、優しいR。

 秀星と、秀星ではない人。

 実は秀星が別のイニシャルを言った可能性も考えたが、秀星にそれをする理由がない。どうしても秀星とRをイコールでつなぎたいのは、賢太にとってどちらも大切だからだ。大切なふたりがひとりの人だったなら、たくさんの気持ちをひとつにできる。心の中で会話をしなくても、目を見て話せると思ったけれど――――別人。

「……混乱してきた」

 頭をかかえると、秀星がぽんと頭に手を置いてくれた。スキンシップも増えたと思う。

「なにか悩みか?」

「う、ん……。そんなところ」

 塩あんぱんの入った小袋を差し出され、受け取ってひと口食べる。ほんのりと塩気のある甘さ控えめのこしあんが、なめらかでおいしい。甘いものが特別に好きではなくても気がつくと食べ終えている、と客からも好評のパンだ。最近は秀星と食べると、味がしっかりとわかるようになった。

「相談できることなら聞くからな」

「ありがとう」

 ふたりが別人ならば、Rのことを相談してみてもいいだろうか。でもそれにはRと心で会話ができることも説明しないといけない。そんな不可思議なことを信じてくれるかわからないし、立場が逆だったら賢太も本当か疑ってしまいそうだ。

「今日、バイトの日だろ。一緒に帰ろうな」

「う、うん」

 秀星の優しさに触れるたびに、心がふわりと浮きあがるような不思議な感覚がある。これまでに経験したことのない、くすぐったくて落ちつかない感情が胸に広がる。

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