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1話 こういう奴が闇バイトに引っかかる

川口光穂かわぐちみつほ、20歳。美容専門学校に通う2年生である彼女は、友人たちの間で「恋愛マスター」として知られている。


「好きな人に告白するタイミング?それなら、目を合わせた瞬間にちょっと髪をいじるとか、無意識っぽく仕草を見せるといいよ。男って、そういうのに弱いから。」


「え~、本当に?でも、光穂ならそういうの余裕だよね。」


「まぁね。高校のときから試行錯誤してきたから。」


クラスメイトからの恋愛相談にさらりとアドバイスをする光穂。華やかな外見と堂々とした振る舞いで、男女問わず周囲を惹きつける魅力がある。


ただ、そんな彼女にも悩みがある。それは、お金だ。


美容学校は学費が高い上に、日々必要となる化粧品や美容器具も安くはない。アルバイトで生活費を補いながら欲しいものを手に入れるためには、常に予算との闘いだった。


この日も、光穂はスマホで欲しかった新作コスメの特集記事を眺めながらため息をついていた。


「Étoileの限定コスメセット、8万円か…。高すぎるでしょ。でも、これ逃したら一生後悔するし…。」


特集記事に載っている写真を見ているだけで、パッケージのきらめきや、使ったときのイメージが頭に浮かぶ。だが、どう計算しても、現在のアルバイト代では到底足りない。


「あと1週間で予約締切か…。何とかしないと。」


光穂は、軽い焦燥感を抱えながら求人サイトを開いた。そして、そこで目にしたのが、あの怪しい広告だった。


「日給10万円!」


「日給10万円!恋愛経験豊富な女性18~25歳募集、詳しくはこちら080XXXYYYY」


目を引く広告だった。怪しいとは思いつつも、光穂はその文字を見た瞬間、心がざわついた。


(恋愛経験豊富な女性…これ、私のことじゃん。)


そもそも、普通のアルバイトで日給10万円なんてあり得ない。怪しすぎる。しかし、10万円という金額の魅力には逆らえなかった。


「…まぁ、聞くだけならタダだし。」


自分を納得させるように呟くと、広告に書かれた番号に電話をかけた。



「はい、お電話ありがとうございます。求人担当の佐藤です。」


すぐに出た男性の声は、意外にも落ち着いており、怪しさは感じられなかった。


「あ、えっと、広告を見て電話したんですけど…。日給10万円のアルバイトって、まだ募集してますか?」


「もちろんです。ご興味を持っていただきありがとうございます。川口さんは現在、学生さんですか?」


「はい、専門学校に通ってます。」


「なるほど。それで、恋愛経験がおありとのことですが、具体的に何人くらいとお付き合いされたことがありますか?」


突然の質問に光穂は少し驚いたが、冷静を装って答えた。


「…まぁ、高校のときから数えると、10人くらいですかね。長続きはしませんけど。」


「おお、それは素晴らしい。恋愛において自信をお持ちですか?」


「そうですね。友達から恋愛相談を受けるくらいには。」


「それは非常に頼もしいです。ぜひ直接お会いしてお話をさせていただきたいのですが、明日の午後に時間を取っていただくことは可能でしょうか?」


こんな簡単に話が進んでいいのだろうか――そんな疑問を抱きつつも、光穂は指定されたカフェに行く約束をした。



翌日、光穂は少しだけ緊張しながら指定されたカフェに向かった。面接とはいえ、普通のアルバイトとは明らかに雰囲気が異なる。


店内に入り、声をかけられるのを待っていると、黒いスーツを着た40代くらいの男性が手を上げた。


「川口光穂さんですね。お待ちしておりました。」


彼は「佐藤」と名乗り、にこやかに挨拶をした。カフェの隅にある席に案内されると、話はすぐに本題に入った。


「では、まずお伝えしておきます。この仕事は普通のアルバイトとは異なります。地球上に紛れ込む宇宙人を探し出すという内容です。」


「宇宙人…ですか?」


光穂は思わず聞き返したが、佐藤の表情は真剣そのものだった。


「信じがたい話だと思いますが、我々の調査によれば、現在東京には宇宙人が少なくとも2000人は潜伏していると言われています。」


「そんなの、本当なんですか?」


「もちろんです。そして、彼らを見分ける方法があります。それは、宇宙人の唾液が非常に甘いという点です。」


「甘い唾液…。」


佐藤の説明を聞いているうちに、光穂は事の異常さを理解しながらも、妙に納得している自分がいることに気付いた。


「じゃあ、その甘い唾液を確認するにはどうするんですか?」


「単純です。ターゲットを恋に落とし、キスをする。そのときに唾液の味を確認するのです。」


「……キス?」


佐藤の冷静な口調に、光穂は呆れるよりも笑ってしまった。


「それが本当に仕事なんですか?」


「はい。あなたの恋愛経験と魅力を駆使すれば、可能だと判断しています。」


「…面白そうですね。やります。」


こうして、光穂は高額報酬と引き換えに、前代未聞のバイトに挑むことを決めたのだった。


◇◆◇◆◇


川口光穂が最初のターゲットと出会うのは、学校近くのカフェだった。指定されたターゲットの名前は松田湊まつだみなと。24歳でフリーのカメラマンという設定は、どこかリアリティに欠けるようにも思えたが、情報を渡された瞬間から光穂の頭は次の一手を考え始めていた。


「恋愛経験豊富って、こういうときに役立つのかな…」


半ば自分を鼓舞するようにそう呟くと、カフェのドアを押した。


昼下がりのカフェは非常に混みあっていたが、窓際の席には一人で過ごす客が数名いた。その中で湊を見つけるのは簡単だった。提供された写真そのままの彼は、爽やかな外見で、黒いフレームの眼鏡をかけていた。大きめのカメラバッグが彼の職業を物語っている。


「さて、どうアプローチしようか…」


光穂はまず、店内を一通り見渡して混雑している様子を確認した。相席をお願いするという作戦は自然な流れになる。


「ここしかないね。」


決意を固めた光穂は、深呼吸をひとつしてから湊の席へ歩み寄った。


「すみません、ここ、相席させてもらってもいいですか?」


湊は顔を上げ、少し驚いたように光穂を見た。しかしすぐに優しい笑顔を浮かべて頷く。


「どうぞ。混んでますもんね。」


無事に第一関門を突破した光穂は、湊の向かいに腰を下ろした。


「ありがとうございます。こんなに混んでるとは思いませんでした。」


「あはは、昼過ぎはいつもこんな感じなんですよ。このカフェすごい人気なんで。」


「へぇ、そうなんですか。初めて来たんですけど、雰囲気いいですね。」


スムーズに会話が進んでいく中、光穂は少しずつ相手の警戒心を解いていく作業に集中した。湊の口調や仕草から、彼が穏やかで優しい性格であることがすぐに伝わってきた。


「よく来るんですか?」


「ええ、ほぼ毎日ですね。撮影の合間にここで写真を整理したり、次の計画を立てたりしてます。」


「撮影…ってことは、カメラマンさんなんですか?」


「そうなんです。一応、フリーランスでやってます。風景とか、たまに人を撮ったりもしますけど。」


(なるほど、カメラマンって人間をよく観察できるからいいのかな。というかそもそもなんで地球に来てなんで地球人に化けてるんだろう。)


光穂は相槌を打ちながら、会話の中から手掛かりを探ろうとした。宇宙人らしい兆候がないか、観察する。しかし、湊の仕草や言葉からは特に違和感を感じない。ただの優しい青年としか思えなかった。


「ところで、お若いようですけど学生さんですか?」


「はい。美容の専門学校に通ってます。」


「美容学校か…なんだか納得ですね。」


「えっ、なんでですか?」


「だって、見た目がすごく華やかですし、センスがありそうだなって思ったので。」


(普通に褒められてる。これは距離ガン詰めしていける!)


「ありがとう!でも、まだまだ勉強中だよ。」


光穂は適度に謙遜しつつ、タメ口に変えて湊との距離をガッツリずつ縮めていく。恋愛経験が豊富な彼女にとって、この程度の会話はお手の物だった。ただ、今回の目的を思い出すたびに、自分がただの恋愛テクニックではなく「宇宙人の正体を暴く」というミッションのために動いていることを自覚させられる。


(早く次のステップに進めたいけど、いきなりキスの話なんてしたら怪しまれるよね…。)


そんなことを考えていると、湊が意外な提案をしてきた。


「そうだ、もしよかったらモデルになってくれませんか?」


「モデル…?」


「はい。人を撮るのはまだ経験が浅くて、練習したいと思ってたんです。光穂さんなら絶対いい絵になると思うので。」


思わぬ助け舟に心の中でガッツポーズをする。


「えっと、私でいいの?モデルなんてやったことないよ。」


「大丈夫です。僕もまだプロってほどじゃないんで、お互い練習ってことで。」


湊の目には、本気でお願いしたいという思いが宿っていた。


(距離が縮まるし、もしかしたらキスまでいけるかもしれない。)


光穂は内心の緊張を完璧に隠しながら、答えた。


「やってみたい。」


湊は笑顔で頷くと、撮影の予定を手際よく決めていった。


「明日の午後、このカフェの近くの公園でどうですか?」


「うん、楽しみにしてます!」


ちょうど飲み終えたグラスは残った氷で半分が埋まっていた。

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