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「----と、いうわけで。これは飛首という、あやかしの首だ。心配ない。」
と、少年は屈託なく述べたが、町びとたちは困惑しきりである。
心配ない、とは何がだろうか。
人の首でないことか? ----あやかしの首はいいのか?
袖を破っておいて来ればいいのではないか? 人でもあやかしでも、首になんて悪趣味なものを、わざわざぶら下げて歩いている少年は、正気なのだろうか?
役人を呼んでくるべきか、と目で語り合ったが、役人を呼んだところで、こんな京外れにはきてくれないだろう、と視線を外して、彼らはそれ以上関わらないことを選んだ。
彼らが散っていって、少年は随分長いこと(首をぶら下げたまま)座っていたのだが、すっかり物珍しさがなくなった町びとたちが、夕刻になってふと気にした時には、誰にも知られぬまま姿を消していた。
あれは何だったのだろう、と暫くは話題にのぼることはあったが、日常のとりとめの中に埋もれて、そして消えていった。
もうひとつ。
同じ日に、これは特に女たちの間で、微行中の公達を見かけたいうウワサが流れた。光源氏とはかくあるか、と思うような見目麗しく、水の流れのような清冽さを湛えていた・・・らしい。これもまた井戸端で消費されて、次の朝には流れていた。
「白が来た時には肝が冷えたぞ。」
首は、青年がその太刀をかざすと、さらさらと解けて、大気の中に紛れて消えた。
白というのは、青年の友人が使役する式神だ。
「よし、破れていない。」
説教の気配を感じつつも、まず第一に、と袖を矯めつ眇めつして、少年は喜色を浮かべた。
「おまえ、反省は?」
「えー、と、無事に終わったし?」
厭そうに養い親の顔を見返して、厳しく見据えられた。
「首を付けたまま戻った。でも、そのまま燃やすのも、袖を引き千切るのも、あけのに悪いかなと?」
眉の寄せ方が深くなる。
「噛みつかれたことかな? 正面に気を取られすぎてたけれど、ちゃんと防げていたから、奴も袖に噛みつくのが精いっぱいだったわけで?」
へら、と笑いかけて、慌てて頬を引き締めた。
「呼びつけたこと? でも、別に黎を指名したわけじゃないし。こんな呪物一直線なものを、洛中に引き込むのは駄目だろう?」
「----早瀬、」
硬い声で呼ばれて、びくりと身を震わせた。
「ぜんぶだ。この件にお前が関わったこと。そもそも、が正しくない判断だった。」
「でも、俺はちゃんとやれた! 最後に少しだけしくじっただけだ。」
「それはただの運だ。」
にべもない。
「一家だけだったから良かった。村のほとんどが穏健派に傾いたことも幸いだった。」
「だったら、」
「結果論だ。村のすべてが主戦派だったら、お前は無傷では済まなかった。守が託したのは、村の様子を見てくること、だ。留まるところを誤ったお前が無事なのは、ただの巡り合わせの良さにすぎぬ。」
「でも、ちゃんとやれたじゃないか!!」
「偶然だ。子どもが過信するでない。」
「俺はもう十四だ!!」
頭に触れようとした手を払いのけると、少年はまだ高い位置にある青年の顔を睨み上げて、ふいと踵を巡らした。
「先に帰るのはいいが、夕餉の支度をしていたから、真っすぐに帰れよ?」
「…うるさい!」
肩をそびやかし、あっという間に見えなくなった。
その背を見送って、青年は額に手をあてた。
「----難しい、」
と、しみじみ呟く。
「反抗期、というのか? あけのにはなかった気がするが?」
「一緒にするなよ。」
幼くとも好きな異性にそんな態度をとる訳がない。第三者の目で、(同行していた)麻生が判じた。
「だいたい、お前が私の留守に勝手に、」
「あれの言いざまではないが、もう十四だぞ? オレたちはもう既に普通に仕事をしていたろう?」
「時代が違う。」
きっぱり言われて、頭を抱えそうになった。
過保護。
言いすぎたかとしゅんとなっている(麻生にしか分からないかも知れない面相の)青年である。
「----まあ、お前たちが育てただけあって、基本素直だからなんだかんだで真っすぐに帰宅するだろう?」
麻生は励ますと慰めるの中間の立場だ。
「心配しているというのは十分伝わっていると思うが、ちゃんとよくやった、と言ってやるのも大切だぞ? 」
麻生は意味深に続けた。
「実際、上手くやった。」
「飛首か。」
「勝手やっていたヤツラの始末さえ終われば、彼らは役に立つ。---密偵にも、暗殺にも、護衛にも。」
「交渉し、引き入れれば良いか。」
二人が見かわした目を、なんと例えればいいのか。
「任せる。」
「困窮している様子だ。易かろう。」
淡々と----冷徹に。
けれど。
「言ってくれるなよ? つけあがる。」
再た、少年の処遇に戻れば、そこには温かさしかない。
「だから、誉めて伸ばすだって」
「独り者がなにを偉そうに・・、」
「お前さんの子育てに、さんざ助言をしてやって、現在がある、だろう?」
麻生が茶目っ気を混ぜて笑うから。
「もちろん、オレも夕餉に招いていただけるんだろうな?」
「----好きにしろ。」
陰謀めいた雰囲気はもうすっかり失せていた。
これが、とある怪談の、語り終わりだ。