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猟奇的、あるいはゲテモノ的な表現に注意してください。

 

 通称、大岩の家。

 村の北の外れ。周囲には他の家はなく、放置されて荒れた田んぼと畑の上を、月影を受けた丸い影が、ポンポン、と弾んでいる。

「ああ、あたしも食べたかったわ。」

 娘の首が、ぺっと蝙蝠の羽を吐き出して言った。

 同じように夜を飛ぶ蝙蝠や、茂みの中から這い出してきた爬虫類を捕獲しては食べているのだ。

「あの子、下民の子にしては身綺麗で、髪も肌も艶やかで、美味しそうだったのに、」

「まったくだ。」

 こちらは、蛇の尻尾を口の端から垂らしたその兄だ。

「京で食べたどの(ひと)より美味そうであったなあ。」

「そうさな。今から駆け付ければ、少しは残っておるかなあ。」

 別の兄が、樹木の間で仕留めてきたムクドリをかみ砕いて言う。

「こちらに戻ってきてから、食べ物はこんなものばかり!! 父さん、早く京に帰って、またおいしい()()が食べたいですわ!」

「もう暫く、噂が下火になるまで待つ。熱しやすく冷めやすい京の雀どもが、次の怪談(あやかしばなし)を見つけるまでな。」

 狩りにはまざらず、高い位置から西の方を眺めていた父親の首が、すーっと高度を下げてきた。

「今夜で手札もかなり増えるだろうし、もっと稼いで、京のいいところに住んで、」

 首はぐるりととんぼを切る。

「こんな、忌々しいほどにさびれた場所とはおさらばだ。」

 未来図を語る一家は楽し気な雰囲気を醸しながら、彼らから与えられた餌を喰って配下となっただろう同族(村びと)と合流するために、西に向かって空を飛んで行った。

 ----けれど。

 彼らの期待していた宴は始まっておらず、お堂の前で立ち竦む(体はないが)ことになった。

「…どういう、ことだ?」

 お堂の扉は細く開いている。そこから、村びとの首が何とか出ようと押し合いへし合いの状態だが、見えない何かに押し戻されているようで、()()()()これない。

「なに、が?」

「お前たち! どうしたんだ?」

 中の首たちは口をパクパクさせるが、声は聞こえない。堂のまわりを飛び回って様子を確認するが、人影はなく、おかしなものといえば、扉の前の()()()()()()()()()()()だ。

「…扇、」

「あの、小僧。まさか、」

「!  戻るぞ!!」

 ある危険に気づいて、一家は来た時の数倍の速さで夜空を駆けた。


 むかしより、言ひ伝ふ

 『飛首なる異形あり。昼には人のやうなり。夜に体より首のみ離れて人を取って食らうことありぬ。うなじに赤きしるしありて、飛首のしるしとかいふ。首、体より離れしきときに、その体見つけたれば、その体別の処に移すべし。さあれば、首、元の体にかへれず、毬のごとく地面にをどりて、いとぬたうちて、()つ。』


 家も、家の周囲も丑の刻の静寂に満ちていて、何も変わっていないかに見えた。家の中に入った兄妹の首が恐ろしい悲鳴を上げ、髪を振り乱しながら周囲を哨戒していた父親と上の兄の首のもとに戻ってきた。

「体がない!! 全員の体が取られた! 」

 妹がぺっ、と口にくわえていたものを吐き出す。それは、昼の市で買い上げた扇であった。

「これが、四つ残っていた!」

 四人全員の髪が逆立ち、目は爛々と見開かれ、歯を激しく軋らせた。

「終わりだ。」

 父音が地獄の底から上がってくるような怨嗟の声を発した。

「体を動かされたからには、もう元には戻れぬ。死ぬよりない。だが、ただでは死なんぞ。これはあの小僧の仕業だ。きっと死ぬ前にあの小僧に嚙みついて、引き裂いてやる。」

「食い尽くしてやる。」

「道連れにしてやる。」

 怒りのあまり血の涙で頬は濡れ、鬼気迫る顔だ。八岐大蛇ならぬ四岐大蛇のように宙をのたうち回る。

「…あれぞ!」

 女が高く叫んだ。

「あの木の向こうに隠れておるぞ!  卑怯者が臆病なさまで!!」

 やや小高い位置にある家から、十間ばかり離れた畑の中に立つ松の木の側に、別に隠れるわけでもなく立って様子を見ていた少年に、父親を先頭に突進していった。


恋ひ恋ひて邂逅に逢ひて寝たる夜の夢は如何見る

 さしさしきしとたくとこそみれ


今様を口ずさんでいた少年はひらりと身を返し、畑の真ん中、何も遮るもののないところへと、首たちを連れていく。雲が切れた皓皓たる月光の下、まるで戦場に立つ将のような落ちつきで少年は立っていた。

 地面に弾んで、毬のような不規則さで四方から打ちかかってきた首を、少年は太刀ならぬ扇で叩き落す。

 扇はうっすらと炎を纏っていて、ただの紙のはずなのに燃えず、重い音を立てて首を殴り飛ばしているというのに、壊れる気配もない。

 歯を向いて、恐ろしい形相でかかってくる首を、顔色も変えずに少年は捌き続けて、そうして、もう浮くことができるのは父親の首だけになった。

「小僧、」

 炎で爛れ、血を噴き、腫れあがった顔の恨みの色を、少年は真っすぐに見ている。

「貴様、よくも謀ってくれたな。鬼市の回し者め」

「鬼市に喧嘩を売ってただで済むと思っていたわけ?」

 吃驚だ、と少年は首を傾けた。

「鬼市の管轄(縄張り)で、勝手に殺しを請け負って、しかも噂に上がるほどに食い散らかして? 鬼市(こっち)苦情(しり)が持ち込まれるに決まっているだろ?」

 再び浮かんで襲ってきた兄の首を、紙風船を落とすような手首の返しで叩き落した。

「で? 様子を見に来たら、京に攻め上るような企みで? そりゃあ、駄目だろう?」

人間(ひと)が、別種族(われら)を裁こうなぞ?!」

「俺を人間と括ってもらえて嬉しいが、ここに来たのが天狗の若でも鵺の幼生()でも同じだと思うぞ?」

 もう少年の言葉なぞ聞こえていないに違いない。兄妹の首が左右から、一度地面で弾んで、少年の首筋を狙ってきた。

 扇はその頬を撫でるように動いて、首は一気に燃え上がった。悲鳴を発することなく、ぼとりと地面に落ち、転がり、小さく小さく燃え尽きていく。

「おのれっっ、」

()()()()喰うな、なんて取り決め(きまり)は鬼市にはない。」

 少年は淡々と言を継ぐ。

「人間と人間が殺し合い(いくさ)をして、負けたら殺されるように----つまりは、()()()()()、説明と筋が絶対だ。あんたらは面子を踏み躙った。」

 バチリと扇の天から炎が吹き上げた。山と谷を伝い、めらめらと燃え始めた。少年は溜息をついて、手を放した。本体は地に舞い落ちながら、火の粉は月に吸われるように風によって舞い上がる。

 徒手となったのを、最後の好機と捉えたのだろう。せめて道連れに、と総てを捨てた本能だけで突っ込んできた。

 少年は真っすぐに右手を突き出した。袖がまくり上がって、肘までむきだしになった腕をまるで鱗のようなしるしが走って、炎がその掌が溢れた。指先に触れるばかりのところで歯をむき出した首に引火し、包み込む。

 ぼとり、と首だったものが地面に落ちた。

 夜明けにはまだ時間があるが、それでも闇が薄れつつある。ただならぬ気配の前に、音を止めていた虫と夜鳴きの鳥の声が戻ってきた。

「----おや?」

と、少年は左袖が妙に重いことに気づいた。持ち上げて見れば、袖の先にしっかりと嚙みついた首があった。兄の首だ。父の正面からの攻撃の際、後ろから急所が狙われていたらしい。気を張っていたから事なきを得た----と。

「…怒られる、」

 こと切れているが、がっちりと布を食んでびくともしない首に、少年はにわかに子どもの顔と声で呟いた。



 

今様は「梁塵秘抄」から

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