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「ぼうや、」
陽は中天にある。ちょうど客が途切れて、陽気に喋って乾いた喉を、水筒の水で潤していたところだった。
目を上げると、壮年の男がひとり、若い男が二人、女がひとり。顔立ちが似通っているから、血縁者だろう。
「こんにちは、旦那さん方。なにかお探しですか?」
じろりと値踏みするような目で見下ろしてくるのにも、愛想よく笑って見せた。
「ぼうや、京からきたんだってな?」
「そうですよ。」
男の、子女だろう三人はこちらをちらちら見ながら、顔を寄せてひそひそ話している。雰囲気はなかなか悪い。
「独りでか?」
「お試しですよ。」
「----ふん、」
「あたしたち、ちょっと前まで京に行ってたのよ。どこかの辻で擦れ違ったことがあったかもねぇ?」
男----父親の後ろから、女が会話に入ってきた。
「村の他の方とは雰囲気が違うと思いましたよ。」
世辞ではない。
女は化粧していたし、家族全員の装束が他の村びととは比べ物にならないほど良いものだ。また武士のように体格もいい。
「最近の京はどう? 」
手近な扇を開いて、女は手首を閃かせた。
「院が、壇ノ浦に沈んだ剣を探させているらしい、とか?」
「…まあ、」
あまりお好みの話題ではなかったらしい。
「東国の連中が羽振りがいいけど、ああでも、白拍子宿の噂だけど、貴族や東国から来た武士の中で、妙な死に方をしている者がいるらしいよ。」
女が菰の上に戻した扇を並べ直しつつ、少年が言う。俯いたその項を見下ろした家族たちが、ニタリと奇妙な笑いを溢したが、少年が顔を上げた時にはもう消えていた。
「京は怪談話には事欠かないが、新しい話か。」
話してみろ、と促す。
「----この扇は旦那さんに合うと思うし、兄さんたちには、これとこれ。お姉さんは、さっきのが気に入らなかったのなら、こっちはどう?」
商魂たくましいようだが、行商とは物とともに情報を運ぶものでもある。鄙ならばなおのこと。
「---もらおう、」
物々交換ではなく銭を出してくるところも、京にいたということを裏付ける。銭を大事に懐の巾着に入れてから、
「首を嚙み切られて----嚙み落とされたさまで死んでいるんだそうだよ。」
軽い口調であったが、なかなか凄惨だ。。
「屋敷の中、誰とも同衾せず。朝に外から戸を開けて、発見するという----それなりの家だから、寝所の前にも坪にも門にも不寝番が立っている。誰も尋ねて来ず、誰も出ていかない。のに?」
「そいつら、皆で口裏を合わせているんだろ?」
「ありそうですが、首を断ったのは刃物じゃないようで。」
とっときの情報とばかりに、知り合いが実際に検分たんですよ、と明かした。
「曰く、獣が獲物の肉を噛み切ったようなぐあいだったと。」
自分の首に指をあてて、じぐざくに動かした。そしてね、と更に声を潜めた。
「獣の歯型じゃない。ひとの口と歯だっていうんだから、恐ろしいでしょう? 指くらいなら、人の歯と顎の力で嚙み切れるますけど----首?を、しかも落とすほど噛むって」
関わり合いはないだろうと思っているから面白がった口調ではいるけれど、闇なるものへの怯えはある。
「そして、切れた部分はぴったり合わない。首を噛み落とした上に、喰われていた。----オニの仕業だと、もっぱらですよ。」
「なるほど、オニか。京は相変わらず百鬼夜行だな。」
握り飯を包んだ葉包を食べな、と男は差し出した。
「ぼうや、夕方まで商売するのかい?」
「多分、ぎりぎりまで。」
「夜道は物騒だ。夜盗や追剥も出ないような鄙だが、代わりに狼や熊は出る。」
親切な顔で男は言った。
「村の西はずれにお堂がある。ボロボロだが。夜露はしのげる。良ければ泊まっていくといい。」