2
「兄ちゃん、初めて見るかおだね。どこから来たんだい?」
市の一番片隅。広げた菰に商品を並べて、少年は客待ち顔だ。通りかかった村びとに声をかけられ、いざ商売とばかりに朗らかに答えた。
「京だよ。あ、出店の許可は里長にもらっているから。ぜひ御贔屓に。」
みやこ、と村びとは吃驚したように復唱した。
「わざわざこんな小っちゃな里に、よく来たもんだ。」
「新しい販路を見つけてこい! って、うちの元締、厳しいんだ。京に近いあたりは、幾らでも行商が歩いているだろ? だから、思い切って遠出してみたわけ。」
「ご苦労さんなこった。珍しいものを持ってきてくれるのは嬉しいけどよ。」
村びとは、連れ立っていた妻と一緒に菰の前に屈んだ。
「兄ちゃん、扇師かい?」
片隅に寄せられているが、一番多いのは扇だったからそう聞いた。
「駆け出しだけど。」
と、照れくさそうに笑う。だからか、古着や小間物などが正面を占めている。
ひょろりと伸びた手足は成長期らしい不均衡があるが、若い柳のようなしなやかさを持つ少年だ。
男の女房が、一つ取り上げた。薄紅色のそれをする、と開く。
「きれいな、紙ね。」
「ああ、貴族の邸宅から書き損じとして出回る紙を使っているんだ。掘り出し物もあって、手蹟がきれいなやつとかあるよ。」
少年が広げた別の扇には、文字が書きつけられていた。流麗すぎて二人には読めないが、和歌だろう。
「なんて書いてあるんだい?」
「春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やはかくるる。」
少年はさらりと言って、にこりと笑う。その笑みに寄せられたわけではないだろうが、京からきた行商がいる、という口伝えを聞いたらしい若い娘たちの一団が向かってきているのを横目に捉えて、夫妻は立ち上がった。
「取り置いておこうか?」
と、少年は言ったが、
「若い娘に似合う色でしょう? でも・・・もし、残ったらいただくわ。」
「がんばんな、」
と声をかけ、二人は歩き去った。
市が終わった。次はまた来月のこの日だ。
帰り足を急ぐ人々の背を、傾いた陽が押す。
「やあ、どうだったね?」
菰を丸めていた少年が振り向いた。満面の笑顔につられて、夫妻も笑みをこぼした。
「朝の旦那さん。お陰さまで、持ってきた衣は全部売れたし、小間物も半分ははけた。扇も何本か買ってもらえたから、大繁盛だった!」
「結構なことだね。じゃあ、これから帰るのかい?}
この村に宿はない。山二つ越えたところで街道にぶつかる、そこまで行く必要がある。
「今からじゃ、峠に差し掛かる前に真っ暗になってしまう。」
少年は案の定首を横に振った。
「今夜は、この先のお堂なら留まっていいと言われたんだ。」
吹きっ晒しで野宿するよりは有難い、と少年は満足げた。
「西の外れの、ぼろ堂かい?」
虚を突かれたような顔をして、じっと見つめてくるから少年は不思議そうに小首を傾げた。
「あそこに、泊まっていいと?」
「うん。なに? 」
重い反応に、もしかして、
「お堂に化け物が住んでいる、とかで有名とか?」
「化け物? 」
面白そうな口調を作って、村人は返した。
「まあ、出てもおかしくない荒れっぷりだけれど。たまに、がらの悪い連中がたむろしているとかいうよ。」
「たまになら、今日はいないかも?」
少年は楽観的だが、村びと夫妻は顔を見合わせて、夫が頷き、そして妻も頷いた。
周りを見渡して、夫は聞こえよがしに言った。
「まあ、夜道は危険だからね。市で疲れただろうし、今夜は休んで明日発つのが正しいよ。」
「…うん、」
妻があ、と声を上げた。胸に抱えていた笊を取り落としたのだ。中に入っていた枇杷の実が散らばった。手伝うべく屈みこんで、拾った実を笊に戻すそのときに、顔は下向けたまま、妻の女が小さく囁いた。
「あんたは一生懸命真面目に商売をしていて、身なりも崩れたとこのない、いい子だね----息子のことを思い出したよ。うちの一番上は生きていれば、あんたくらいさ。だから、あんたは気が変わって、いますぐ村を出るんだよ。」
和歌の作者は「凡河内躬恒」です。