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思ったより長くなりました。読んでいただけたら嬉しいです。

 六波羅とは元来条坊の外であり、鳥野辺につながる寂しいところであったのだ。相国入道殿の御一族が絢爛たる軒を連ねていた頃は、今は昔。一時の夢のごときもので、その後に立て続いた大火と疫病、飢饉のために、灰色の風景が広がっている。東で立った武士の政権が、この地に役所を建てることになるのはいま少し先のこと。勿論、そんなことは誰も知らぬまま、今日の六波羅にも寂莫たる風が吹くだけだ。

(あに)さん、そりゃあ、何だい?」

 平家一門の何某氏の、崩れ落ちた門だったモノに腰かけて、屯食を食べていた少年に、()()()()話しかける者があった。

 少年がここに座るまで----姿を認められてから()()()、今日を生きるだけで精一杯であるこの土地の人々でさえ、見過ごす(スルーする)のは難しかった。

「何のことだい?」

 食べ終えて、指に付いた粒をぺろりとなめとった。卑しいような素振りさえ、そうは感じさせない雰囲気の少年である。

 数本の扇を束ねて帯に差し込んでいるが、武器の類は見当たらない。足元の背負子に荷が括りつけてある。行商か旅芸か、独り立ちには早いから、親方か一座との合流待ちだろうか----いや、()()、そこは問題ではない。

「いや、あんた----その左袖だよ。」

 恐ろし気に、距離を取りつつ、町びとは指摘した。

「まさか、気づいてない、わけじゃなかろう?」

 少年が左腕を上げた。

「----ああ、」

 つれて袖がぶらん、と重たげに揺れる。

「そいつは・・つくりものかい? ----にしても、そんなものを付けて歩き回るなんて、趣味が悪いよ。」

「うーん・・、」

 少年は、それの手前の布をもって、自分の鼻先に近づけた。

 零落した貴族家から流れた品だろう。着古してはいたが、模様が織り込まれた濃い青色の水干の、その袖先に人の首がぶらり、と下がっていた。

 正確には、がっちりと歯で袖の布を噛んでいた。

「人の首か、と聞いているのなら、そうじゃない。」

 少年はぱっと手を放した。ぶらぶらと、膝のあたりで首が揺れるのを見て、どこか愉快そうだ。

「そうかい、」

 人の首ではない、と聞いた町びとたちは一様にほっとした様子で目を見かわした。

「よくできた代物だねぇ。」

「ちょうど、人と同じ大きさなんだねぇ。」

「髪も肌も、どうやって作ったんだろうね。」

「まるで、殺されたやつが最期の力を振り絞って袖に喰いついたようじゃないか。」

「ああ、それは当たっている。」

 少年は目が高いな、と賞賛の声を発した。

「いや、だって----人の首じゃないんだろ?」

「うん、人じゃない。こいつは、化け物の首なんだ。」

 風狂(くるっている)のかと思った者が殆どではなかったか。

「・・・化け物の、首?」

「そう。」

 なぜ、にこにこと言うのだろう。

「だって、人の首なら、腐って匂ってくるものだろう? それに、ほら。」

と、少年は無造作に首を掴むと、切り口を一同に向けた。

 つるりとした、骨も、肉も見えない断面は、手の甲のような、武器で切られた跡のない滑らかさ。まるで、落葉が軸から自然に離れたようだ。項に赤い、奇妙なしるしが散っている。

 どう言っていいか分からない町びとらは、少年をもの問いげに見返した。

「化け物退治の、戦利品なんだ。」







参考 小泉八雲「ろくろ首」

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