第2節 第30話 RingxRingxRing
「なにこれ、どういうこと!?」
村の入り口に壁のように現れた紅い格子の前に立ち尽くしていたのは、藤堂 恒だ。
バスを見送った後に全速力で走ってきたが、“門限”に間に合わなかったようである。
荻号が村を護ろうとしてフラーレンの防護柵を張り巡らせた直後のことだった。
まさか村に入れない、なんてオチはないだろうな……。
などと皮肉りながら恒は足元にあった小石を取り、試しに紅く毒々しい蛍光を放つ柵に投げつけると、呪符と呪符の間を小石が通過する間に容赦なく攻撃され小石であったそれは蒸発した。
「げ……無理だな」
石ころと同じ運命はごめんである。
転移が使えれば一発で解決だが、使えないので困っている。
上を見上げると滞空する特務省の真下に、空中浮遊する何十名もの人影が出現していた。
織図は特務省の着地後しばらく時間が稼げるだろうといっていたが、着地前に彼らが出てきてしまっては失敗だ。
特務省は着地することもできない。荻号が村を覆いつくした結界に、特務省もまた阻まれているのだ。
「てか、……え?」
そういえば何故、特務省の連中は飛べるのだろう。
恒はまだ重力異常を察知しており、体が地に引き寄せられているかのように重い。
あまりに遠くにいるのと、人数が多いため誰が浮いているのか視覚的には分からないが、アトモスフィアの質感を検知した限り間違いなく荻号と遼生はそこにいる。
しかも、彼らの周囲は白い制服を着た特務省職員によって囲まれ、異様なアトモスフィアの密集度となっている。集団リンチの真っ最中なのだろうか。
遼生が荻号と共闘しているのか、二人して囲まれて追い詰められているのか。
とにかく結界の中に入らなくては恒も手が出せない。
「何がどうなってるんだ……」
思案に暮れていると、大地を揺るがさんばかりの爆音がして直後、三名を残し白衣集団が墜落してゆく。撃ち落とされた白鳥の群れのよう。
そしてアトモスフィアの存在は三名分のみとなった。
仕留めたのは荻号で間違いない。
残された白衣の輩はただ一人、荻号と遼生は無事のようだ。
荻号と遼生がこの小隊を壊滅させても後続の部隊が際限なく出てくる。
荻号はどこまで抗うのだろう。
彼はスタミナ切れで力尽きるまで徹底抗戦をするのだろうか。
そして遼生はどこまで戦うのだろう?
荻号がいるとはいえ、神階の極位以上の逸材が石ころのようにゴロゴロ転がっている特務省の神々を、たった一柱でも遼生が打ち負かせるとは思わない。
大怪我をするか、最悪手がすべっただけで殺されてしまう。
恒は勝ち目のない戦いを避ける。
尻尾をまいて逃げても、土下座をして命乞いしても、敵の靴裏を舐めても避けられるのならば避ける。
とっくに捨てているプライドのために、愚かで無価値な玉砕などしない。
恒の命は恒が使うべきとずっと以前から決めている、その瞬間にこそ使いたいからだ。
しかし……遼生は命を粗末にしたがっているようで、荻号の前に飛び出し、白衣の男と一戦交えている様子だ。
遼生がいかにボケた性格でも、まさか彼我の実力の差に気づかないほどの愚者でもあるまいに!
実戦経験がないなど、言い訳にもならない。
荻号も何故彼の暴走を止めない!
もどかしさに胃の底が焼けつきそうになったとき、鼓膜を劈くような無音の振動があった。
水鳥、カラス、蝙蝠などが一斉に空に飛び立ち、結界の下の雑木林の上でギャーギャーと狂ったように警戒し騒ぎたてる。
恒が目を凝らすと遠くからでも識別できるほど巨大な黒いバズーカを肩に担いだ白衣の輩を認めた。
この振動……超音波操作系神具だ。
相手の獲物は超音波バズーカだろうか。
当たらなければ、どうということもなさそうだが……最上級の、最悪の予感が止まらない。
遼生は負ける。
負けるだけならましだ、殺されるのではないか。
そんな予知的直感が、恒の背後にぴったりとへばりついて離れない。
「兄さん! やめろ、やめるんだ――!」
*
遼生は櫻井相手に優位に戦いを進めていた。
櫻井の手にする神具の攻撃を一発でも喰らえば大変なことになるのだろうが、フレームトラップを効果的に使いながら射程を外したことと、櫻井が遼生を手にかけることを躊躇し隙が生じていたおかげで、超音波バズーカからの連撃は遼生をかすりもしなかった。
櫻井の攻撃は遼生の殺害を目的とするものではなく、ただ意識途絶を目的としている。
これは……櫻井にとってまずい状況なのではないか? 特務省の組織の一員としては遼生を秒殺してでも倒さなければならないはずだが……戦闘が長期化すると櫻井の特務省に対する忠誠が疑われる。
任務遂行能力に欠けるとして、処分は必至だ。
遼生は半ば櫻井のためを思い、早期の決着を狙って櫻井の間合いに飛び込む。櫻井の下顎部を後ろ宙返りをしながらアトモスフィアを乗せきつく蹴り上げた。
サマーソルトキックの要領で蹴撃を浴びせ、続いて下腹部にも二発、とどめに正拳できついのを入れておく。
櫻井が軽く眩暈を起こした隙にマインドイレースをかけると、この連携が決定打となって櫻井はあっけなく意識を飛ばした。櫻井の制服の下には、より殺傷能力の高い刀剣型神具も装備されていたのが見えたが、彼はとうとう抜かなかった。
あるいは油断をしたのかもしれないが、手加減をして敗れたのは明白だった。
櫻井は特務省の中では比較的良識あるというか、温厚な部類に入るのかもしれない。
結局彼は遼生にマインドイレースを仕掛けてきたり、神具で排除しようとはしたが、殺意はなかった。
遼生が彼に殺意を持たなかったのと同じように。
櫻井もまた緩やかな放物線を描き、部下たちが累々と横たわる山の上に堕ちてゆく。
遼生は複雑な表情でそれを見おくっていた。
彼が自発的に動けていたのはそこまでだった。
そして遼生の時間は終わった。
遼生の上半身と下半身がつと、と一刀両断にされ、次に、縦に。
彼の身体は気付けば四つ裂きにされ、さらにたすきがけに二回裂かれ八つ裂きとなったのだ。
縦真っ二つに割られた喉から、掠れた息がかすかに漏れた。
「……、……!」
なに……何が起こったというのだ!?
どこから攻撃された!? 櫻井にやられたのではない。櫻井は堕ちていた。
最後の力を振り絞って、彼はアトモスフィアを手繰り敵索をはじめる。
しかしどの方向にも敵はいないのだ。
無情にも視界が真っ赤に染まり、頭蓋が割られて引き離されてゆく感触を味わう羽目になっている。
どうすればいい……どうすれば。
ああ、もうこれは完全にダメだ。
痛みを感じるより先に、遼生は全てを諦めた。
これ以上は考えることもままならない。この場所が何もない宇宙空間であったら、彼は重力子(Graviton)そのものとなって最後に一矢報いることができただろう。
だが、守るべきものがあまりにも多すぎる生物階では、ただ死んでゆく以外の選択肢はありえない。
志帆梨から与えられた大切なストールが、切なく宙に千切れ飛んだ。
脳を割られてから意識を保っていられる時間というのはどれくらいだろう。
あまり長くはなさそうだ。視神経もすっぱりやられているので、右脳と左脳が縦にずれたとき、遼生の視力は死んだ。
しかしまだ、わずかな思考能力はある。
瞼の裏に白い色彩を最後の風景としてとどめながら、しかし、まさに死を迎えようとする遼生が最後に会いたいと願ったのは……彼の義弟だ。
“恒……ごめん……せっかく、一緒に……”
為すすべなく落ちてゆく遼生の鼓膜を震わせる、遠くに弟の声が聞こえたような気がした。
「……いかん!」
恐ろしいまでの静けさのうちに遼生の身に起こった事件に、背後で傍観していた荻号の瞳がかっと見開かれた。
鈍色の空に血潮の華が咲く光景。
今、この間に何が起こった――。これは、ダメだ。助からない。
致命傷、というレベルの重傷度ではない。
肉を裂かれ骨を断たれ、彼の神体は治療以前に既に物質となっている。
人間にならば奇跡的に効く荻号の治癒血も、神には何の薬にもならない。
ああ、やはり特務省と一戦交えるのはひとりで充分だった。
力づくで遼生を地上に縛り付けておけばよかったと悔やんでも時既に遅く、相転星ならば部分的に遼生の時間をまき戻せるが、肝心の相転星がすっかりと使い物にならなくなってしまっている。
それはまったくの偶然だったに違いない、しかしそのとき……縦に裂かれた遼生のポケットから、ふいに金色に輝く円筒状のものが転がり出た。
そう、遼生が比企の執務室でこっそり拝借した絶対不及者の体液がおさめられたアンプルが引き裂かれた腰のポケットから飛び出したのだ。
荻号はアンプルをみとめるなり、ガラス管の中に何が満たされて輝いているのか直感的に理解した。
その液体の質感、光沢はあの幻の溶液そのものに他ならないと。
何故遼生が持っているかを考察する猶予はない。一縷の希望がみえた。
「まだだ!」
彼は手を伸ばしたちどころにアンプルを奪うと、爪先で割り内容物を空中にぶちまける。
同時並行でシザーケースの中から二本の黒いアンプルも抜いて親指で弾き割り、躊躇なく空中に黒い液体を投げつけた。
絶対不及者の体液と荻号が投げた黒い不定形の液滴は無重力のパレットの中で鶸茶色となって混ざり合う。
息つく間もなく液滴を空中から掬い取り、かつて遼生であった肉片を集めては接合し、ボンドのように三種の混合液を傷口に塗布していった。
サイコロブロックと化していた神体は6分の1に、4分の1に、2分の1になり、ついに1/1に、時間にして数秒のうちに迅速な復元が図られた。
創面に塗りつけられた怪しげな液体は肉体の接合面で沸騰するように強烈に泡立ち、凄まじい勢いで組織を修復してゆく。
絶対不及者の体液には恐るべき修復能力がある。
だが……神体をのりづけして外見だけを取り繕っても、エンバーミングにはいいだろうが、彼は生き返らない。
神経や筋の一本一本に至るまで復元できる可能性はほとんどゼロに近いが、彼が復活できるのは肉体の修復が100%完全だった場合のみだ。
したがって、助かる見込みは……
「五分と五分」
荻号にしてはかなり甘く見積もったものだ。
荻号は半死半生の遼生を背負い、周囲に目を配った。
改めて見渡しても、敵の姿はない。
「八雲。お前は来るべきではなかった……俺に対抗したかったのかしらんが」
遼生と荻号の間にある決定的な差。それは実力差などではなく――
“俺は7回死ねるんだ。お前は……ひとつしかない命だろうが!”
しかしさすがの荻号も、少しばかりの余裕の確保が必要となった。
特務省職員たちの命の込められた水球を手放さなければならなくなったということだ。
瀕死の遼生、三箇所に展開されたフラーレン、そして水珠を抱えながら未だ見えない敵と戦うのは負担が大きすぎる。
荻号は水球を蹴り落とすと、アトモスフィアによってきつく束ねられていた水は解けスコールとなって干からびた特務省職員たちに優しく降り注いだ。
彼らにそれぞれ一枚ずつ神体に貼りついた呪符が水を吸収し、内奥にたっぷりと水分を含ませてゆく。
彼らはみるみる膨潤し、水気のある肌とアトモスフィアさえ取り戻していった。蘇った彼らが頭をもたげようとしたので、彼は掌を下方に叩き付けるようにしてアトモスフィアを衝突させ、マインドイレースで全員の意識を一撃でもれなく吹き飛ばした。
邪魔はなくなった。だがこの背の荷物、半死体をどうするべきか。
悩んだ挙句、手放した。
遼生は背中から落とされて宙を舞うと、特務省職員たちのクッションの上にドサリと落ち着いた。
張り詰めた緊張感を押し流すかのように風が吹き渡り、周囲は相変わらず雪が巻き上げられてしんと静まり返っている。
しばらく経ったが、まだ敵の姿は見えない。
直近にアトモスフィアの出現も消失痕跡もない。
近距離からの攻撃の可能性はない、か――。
「中から、か?」
では特務省の中から攻撃を仕掛けてきたのか。
蟻の巣から出てこようとしない蟻を呆然と待っているのも時間の無駄だった。
一気呵成に叩くなら中枢部だ。
荻号は悠然と浮かぶ黒い要塞を忌々しげに見上げ、ことさらその存在を強く自己主張するアトモスフィアを探る。
たとえ“彼”が今の攻撃を仕掛けてきた相手ではなくとも、誰に会えばよいのかを覚るためだ。
荻号は息をつくような無駄のない所作で特務省の心臓部へと転移を仕掛けた。
*
「あ、! あの子……」
ファティナは震え上がった。
先ほどはアルシエルと互角以上に渡り合った遼生が、どこからとも知れぬ攻撃であれほどあっけなくやられてしまうのだろうか。
彼は純粋な所持エネルギー量でいえば荻号をも凌駕するポテンシャルを秘めていたが、いかんせん経験がなく、さらに運が悪すぎた。
ファティナが遼生を実力で止めていれば……彼は死ななくても済んだのではないか。あのとき彼を実力で引き止める力は、ファティナにはなかったが――。
もしくは、彼の翼を不可視化するべきではなかったのか。
彼が双対の翼を持つ完全なる姿でいたら、不意打ちであっても鎧のようなフィジカルギャップが攻撃を防いでいたのか。
ファティナは重く責任を感じ、彼を何とか助けたいと考えをめぐらせた。
彼を救うすべをもたないことが腹立たしい。
彼女が矢も盾もたまらず転移をかけようとしたとき、アルシエルがその腕をがっしりと取って転移に巻き込まれた。
ファティナとアルシエルはフラーレンの結界を超えて上空に躍り出て浮遊した。
荻号は既に消えたあとだ。特務省の中に入っていったようだ。
「あ、アルシエル」
「堅いことを言うな。それより……」
生気を取り戻し、マインドイレースをかけられてすやすやと眠る特務省職員たちの山の頂に、血の気のない遼生は横臥している。
呼吸もせず、筋肉の反射すらなく、微動だにしない。
八つ裂きにされたときの傷跡は嘘のように消えている。
だが……全くといって生気がない。
バイタルは彼の周囲に確かに漂っているが、死んでも暫くの間アトモスフィアが残存することを考えると、生きているともいえない状態だ。
ファティナはフィールドを維持したまま手が塞がっていたので、アルシエルが遼生を揺さぶった。
何ら自発的抵抗が感じられない。
アルシエルは、大きく見開かれた瞳を、いたたまれない様子で閉じさせた。
「中から攻撃を仕掛けられたようだな。致命的だ」
荻号が何か治療か処置をしていたようだが、身体が八つ裂きになって助かるとも常識的には考えられない。
「医神 紺上さまのもとに連れてゆけば……!」
それでも望みを捨てられないファティナに、アルシエルは追い討ちをかけた。
「連れて行ってどうする。全神経を繋ぎなおしても、脳を割られてはもうどうにもならん」
「そんな……」
かわれるものならかわってやりたかったと、ファティナは思う。
まだ、子供ではないか! アルシエルは既に死んだものとして見捨てているが、つい先ほど知り合った少年という認識程度だからだろう。
ファティナは彼の優しさを忘れない。
また、遼生はファティナの成した仮想空間中で、ブラインド・ウォッチメイカーに憑依されたアルシエルを殺すこともできた。
殺してしまう方が確実だったし、それ以外の選択肢はないものとファティナは思っていた。
しかし彼は何とか彼女を生き延びさせようと手を尽くした。アルシエルを生還させるためにRNA干渉というアクロバティックな技術まで用い、ブラインド・ウォッチメイカーの脅威よりも彼女を生かす方法をとったのだ。
さらには、荻号の業をもろにくらって墜落しつつあった特務省職員を独自の判断で救ったのも彼だ。
彼は神の誉れだ。
そんな彼を救う事ができない。
彼の崇高な行為に酬いることができない。
無力は罪悪だ。ファティナにはどうすることもできなかった。
「バイタルロックを教えておくべきでした」
まさか、こんなにあっけない幕切れだとは思わなかったから……。
「あなたは立派です」
そう言ってはみたが、慰めにもならない。
身体に刻み付けられた痛々しい古傷。腕にある無数の注射痕。
この子の生涯は、言い知れぬ苦難に満ちていたことだろう。
「借りを、かえしてやらねばな」
アルシエルはファティナをその場に残し、特務省側面の大ハッチに突進していった。
*
“ん!?”
特務省の主のもとへ追跡転移をかけた瞬間、荻号は何枚か固い殻を破った感触がある。
荻号にしてみれば“何かぶつかったな”という程度のことだが、特務省表層には転移による侵入を防ぐため転移不能シールドを張り巡らせていたようだ。
開けた視界に飛び込んできたのは、照明が落とされ中央に青い球体光の灯る吹き抜けのホールだ。
中央にはひとつ、3畳ほどもある重厚な黒いデスクがあり白衣を着た一柱の大柄な神が腰掛け、3Dコンピューターを用い落ち着いて執務を行っていた。
その悠々とした様子を見た限りでは、先ほどからこの部屋にいたであろう彼が、席も立たずに攻撃を仕掛けてきたとは信じがたい。
「あんたに話をつければよさそうだな」
転移不能シールドを破って侵入者が入ってきたのだが、彼は人払いをしていたようで側近は誰もいなかった。
荻号の出現を見て狼狽する者も斬りかかってくる部下もいない。
どっしりとデスクに落ち着き、よほど大事な用があるのか3Dモニタから目を離さず、荻号の顔を見もしない。名だけは名乗った。
「バンダル ワラカ(Bandar Waraqh)だ」
億劫そうに、補足もなくそれだけ言った。
荻号 正鵠とバンダルの対面は神階の二大巨頭の初顔合わせということになる。
バンダルは褐色の肌に、彫りの深いアラブ系の顔立ち。
猜疑心の強そうな瞳は黒々として、豊かな顎髭をたくわえている。口はきつく一文字に結ばれた。
荻号は男の異様な雰囲気を警戒した。
バイタルはあるが、生気を感じなかったからだ。
「仕掛けてきたのもあんたか」
荻号はバンダルが作業しているデスクの上に腰かけて作業を妨害し、無防備に背を見せた。
彼の背から落ちた血液が机に伝って小さな血だまりとなり、積んであった書類に血染をつくった。
「いかにも」
バンダルは悪びれもせずあっさりと白状する。だから何だ。
とでも言いそうだ。
「俺だけを狙え。外すな、下手糞が」
荻号の言葉にはかなり熱がこもっていたが、バンダルは荻号が何を言っているのか理解できないようだった。
「外したとは心外な言われようだ。汝であろうが子供であろうが、何れであれそれなりに結果が得られる」
荻号が死んでも遼生が死んでもどちらでもよかったと、バンダルはそう言うのだ。
遼生を殺せば怒りにまかせて荻号が乗り込んでくるので直接レイアの居場所を吐かせるまでだし、荻号を仕留めればフラーレンが解除されるので風岳村を壊滅させレイアを燻りだすこともできる。
どちらも同じ結果となる。
「俺やあんたはいい。だが……誰もが命を粗末にし、その死を悼む者がないと決め付けるのは許されん。もう誰も殺すな」
「徴集令に一度も応じなんだ汝がわざわざ出向き、何を申すかと思えば。感心せんな」
「徴集令だと? 俺じゃなく、荻号 要を引き抜こうとしたんだろどうせ」
どうも、ノーボディが奔放に振舞ったつけを至るところで払わされている気がする。
お門違いもいいところだとは思うが、必要以上に言い訳もしない。
というより、正鵠には徴集された覚えがないのだが……屁理屈を言うようだが、事実そうだ。
「人間はおろか、同類を憐れまずして……あんたらはINVISIBLEから何を守ろうとしているんだ?」
以前より荻号は特務省のやり口を嫌悪していた。
荻号は彼らが絶対不及者の脅威から、本質的に何を守りたいのかわからない。
守るのは神々なのか、使徒なのか、人々なのか解階なのか。
特務省は自身を守らんがために存在し続けているかのようにも思われる。
それほど特務省は人々を殺したし、神々や使徒でさえも思うが侭に粛清してきた。
彼らが特務省の名のもといびつな正義を振りかざすたび誰かの命が散り、二度とは戻らぬものも数多く失われた。
組織が存続してゆくための建前は必要だとしても、特務省には守りたいものなどないのだろう。
「雑念を以ってINVISIBLEに挑むのではない。其は弱者の論理だ」
そうだろうな。バンダルはそう言うだろう。
バンダルのいう事も一理ある。荷を負わずに身軽でいることもまた、彼のある種の哲学なのだろう。
何か守るべきものがあれば弱みとなる。
弱みにつけこまれて手足を縛られることもある。
彼にとって、戦術がすべてだ。言う柄でもないので誰に告白したこともないが、荻号はその目に映るひとつでも多くの命を救いたいと考えている。
荻号には今も昔も、おぼろげながら守りたいものがあった。
巨大な力の前に震えることしかできないか弱きものたち、力を持たず生まれつき、力あるものに搾取される運命にある小さきものたちの為に苦心惨憺し、ノーボディが三階に残した守り刀として生きていた。
「胡散臭い説法ならば間に合っている。まずはフラーレンC60の結界を解除せよ」
解除した瞬間、バンダルは村に砲撃を撃ち込むつもりだろう。
レイアは不死身なので、彼女だけが荒れ野に残る。
バンダルはまんまと彼女を捕獲する算段だ。
しかし、バンダルのあてはすっかり外れるだろう。
焼け野原には誰も残らない。
そう……レイアは既にフラーレンの亜空間結界中にあって、この空間にはいないのだから。
レイアがここにはいないとバンダルに理解させるためだけに村が吹き飛ぶのでは割に合わない。
「嫌なら自分で解けばいいだろ。もっとも、解除法を誤ればどうなるか分からんがね。こちらも要求していいのか? ここへは金輪際立ち入るな」
少年神であった遼生を躊躇なく消し去った外道だ。
要求は一切呑むことはなさそうだが、念のために主張はする。
「因みに、汝には如何な理由があってレイアを匿うのか。語らなくなる前に訊いて置こう。INVISIBLEに肩入れをしたい真の理由を」
肩入れなどした覚えもない。
どちらかというと、ノーボディの器であった荻号はノーボディの手先であるべきだ。
彼がレイアを庇護すべきと判断したのは、INVISIBLEを収束させないことのリスクと損害が大きすぎる。という一点においてのみだ。
「見ろよ」
荻号はスティグマの貼りついた腕をバンダルに見せ付けた。
荻号は波動関数の収束を一旦、観測しなければならないという立場でいる。
結果を見届けてから彼はレイアを殺すつもりでもあり、必要ならば自身を殺すつもりでもいた。
波動関数が収束した後、三階の存亡を決する時間はわずかだがある……。
「スティグマは今、分割されて三者に分けられている。何が言いたいか分かるか? それが完全な一つではなくなっていることの意味が」
バンダルと荻号の意見に相違はあっても、INVISIBLEは原始のエネルギーであり世界そのものだという見解に相違はない。
とかく被害者面をしていても、INVISIBLEが世界そのものであるなら神々もまたINVISIBLEの一部だということだ。
INVISIBLEが神々や人類を破壊するのは彼の体内を損傷しているに過ぎず、言ってしまえば自傷行為だ。
INVISIBLEはそんなことをしたかったのではないと、彼自身が、彼の声を聞くことのできるレイアにだけ密かに打ち明けた。
INVISIBLEはただ、休みたかっただけだと。
少しの休息をとればまた、世界を維持してゆけると。
当時の神々はINVISIBLEに休息をすら許さず、陰階はNo-bodyを筆頭にINVISIBLEの破壊を企てた。
収束させなければ世界を維持するどころか、共倒れになる。
レイアの背にのみおさまっているべきスティグマの異常が、INVISIBLEの危篤を反映していた。
「収束させなければ、INVISIIBLEは死ぬんだ」
荻号は結論付けた。論拠などなく、真偽も知れない。バンダルは納得したわけでもないのに瞑目すると、ようやく作業をしていた手を止めた。
「其を誰そ汝に教唆した。INVISIBLEが助けを乞いでもしたのか。では汝が死して、レイア=メーテールにスティグマを返してはどうか」
乗り込んだときから半ばそのつもりではいたが、全面衝突は必至だ。
バンダルは退かない。
「まあそういう手もあるさ」
無用な争いも、事情によっては避けられまい。
*
「これからガチでどうするんよ」
「わりとINVISIBLE次第かな」
情けない話だが、INVISIBLEの危なさが分かったところで、築地たちに何ができるわけでもない。
できることといえば、比企や神々に何か対策を講じてもらうためのはっぱかけをするぐらいだ。
二年前のエンデミックの際に、化合物決定と合成について大坂大学が人類に貢献できることがあったのは幸せなことだったのだと思い起こす。
今現在、もしも神階のいうところのオブジェクトがINVISIBLEだとしたら、この危機に対して築地と長瀬、そして人類の出る幕はないように思われた。
人類は完全に、神階におんぶにだっこだ。
長瀬はたとえ話に飽きると、またフリーセルを始めようとパソコンを開いたのかもしれない。しかし彼女はウェブブラウザを立ち上げ、どこぞのサイトを見ている。
インターネットはできないのでは……築地が突っ込もうとしてよく見ると、ページはオフラインで、彼女が見ているのはデスクトップ上に保存したキャッシュだ。
ADAMで引いてきた情報を、彼女は少なからず保存している、それに熱心に目を通していた。
「比企さん、これからどないするんやろ。えらく落ち着いとったな」
「えー落ち着いてたー? 比企さんいつも無表情だから全っ然わかんない」
長瀬にはわからないが、築地は何かを感じ取ったのかもしれない。
築地は比企が以前よりむしろ落ち着いていると思う。
以前というのは2年前のことで、生物階が未知の病原体によるエンデミックに見舞われたときだ。そのときの比企は、今のように落ち着いてはいなかった。
どことなく悲壮感が漂っていたというか、もっと根底に無力感があった。
比企はあのときと違うように思える。
それは神々の長、極陽となって身についた風格というものなのか、それとも彼が苦境に立ち向かった自信のあらわれなのか、築地はわかりかねた。
「なんや奥の手でもあるんかな?」
築地が比企に期待したい気持ちは長瀬にもよく分かる。
「ない袖は振れないよー。それにいよいよ危なくなったときって、逆にトップが大騒ぎしたらダメじゃん。なんかもー、特に比企さんこの世に未練とかなさそうだしー。彼774歳とかだっけ。でも私らにそれを求められてもねえ」
どことなく誇り高き武士のようでもある比企は、切腹を潔しとするようなイメージが抜けない。
あるいは玉砕も覚悟しているのではないかと、長瀬は不安だ。
戦時中ではないのだから、比企の独裁に巻き込まれて人類56億火の玉で総玉砕なんて時代の流れにそぐわない。
「比企さんは充分生きたかもしれへんけど、俺らまだ死にたないで。何かやってもらわなあかんねん」
ゆとり世代でもない築地がこの調子なのだから。
「今日という日の屈辱を忘れない」
彼らのうだうだとした弱気なやり取りに混じって、どこからともなく女声の熱っぽい言葉が築地と長瀬の耳に入ってきた。
「と、申されますと」
築地と長瀬が特に意識しなくても、日本語は耳に馴染む。
カクテルパーティー効果というのか、聞き耳を立てなくとも彼らの遣り取りははっきりと聞こえた。女の話は続く。
「こう、人類の無力をあからさまに見せ付けられてはね」
「霞を食べ、空を飛び、我々の30倍以上も生きる宇宙人のことですから」
かないませんよ、と彼はフォローに入った。
会話をしている二人のうちひとりは、50歳ほどのベージュのスーツをきた女性だ。
ブランドもののこげ茶のサングラスをかけて神経質そうに足を組み、腕組みをしている。
彼女の向かいに座って、コーヒーに砂糖を入れている白髪まじりの小柄な男性は明らかに彼女に萎縮しているようだった。
「遅くとも次のディケードまでにはへらへらと愛想よく振舞いながら、神々の科学力に追いつかなくてはならない。我々の身体能力が彼らより遥かに劣るならば、科学でその穴を埋めるしかないからね」
澄田 咲江は歯噛みをしてそう述べた。
彼女はハーバード大、同大学院卒、Search for Extra-Terrestrial Intelligence(SETI:地球外知的生命体探査プロジェクト)研究員、主任研究員を経て、WHOの下位機関であるInternational Extraterrestrial Intelligence Investigative Organ (IEIIO:国際知的生命研究機関)日本支部長から本部長に昇格したばかりの、世界的に暗躍する要人だ。
彼女には空山葉子という姓の違う娘がいて、彼女もIEIIOの研究員だ。
そう、恒と織図に接触をはかったあの空山 葉子の母親が彼女なのである。
すでに生物階における使徒の存在を突き止めていたIEIIOは、2年前のある時期からコンタクトをとり、生物階国際機関と神階とのコーディネーターの役割を果たしてきた。
しかし、神々とファーストコンタクトした娘から神々の底知れぬ潜在能力を聞いていた新本部長の澄田は、神階と生物階の距離が生物階の危急という大義名分のもとに無理やり縮められてゆくことを危惧していた。
神階は遠からぬ未来、完全に生物階を吸収して植民地化してしまうだろう、と。
「ひとつ幸いなことは、私たちはかくあるべきという手本を見ることができることだ」
神々との競争のスタートに立つために、最低でも人類は最短でマインドブレイクを可能としなければならないと力説している。
口調が猛々しすぎて、付き添いの気のよわそうな初老の男は圧倒されている。
彼はかなりの地位にある日本支部長なのだが。
「本部長は大きな野望がおありで」
苦笑していた男を、澄田はサングラスを取ったうえで鋭い眼光で睨みつけた。
「何を寝ぼけたことを言っている!」
「……!」
彼は失言をして竦み上がった。
「我々は選択の余地もなく、神々と、生存競争をしなければならない。人類の歴史にして最大の淘汰圧がかかっているのだ。そうでなければ人類は彼らの使徒たちのように念ずるだけで脳を操られ、神々の奴隷となるほかにない。それは野望でも何でもなく、不可避の生存競争を強いられている。神々の能力のうちで最大の脅威はマインドブレイクだ。BMIの早期応用化を急がねばならない」
澄田の鼻息は荒い。BMIというのは、脳-機械インターフェイス(Brain-Machine Interface)のことだ。
脳の情報を直接コンピュータに入力したり、逆にコンピュータの情報を脳に入力するものである。
言葉に不自由な人のコミュニケーション手段として、これまでは軍事方面のみならず医療、福祉分野からの期待も寄せられていたが、澄田はBMIによって神々の脳を暴こうとしているのだ。
「わが組織だけでなく、DARPAにいち早く情報を握らせ、この二年間、かなりの予算をつけてMind Break対策を講じさせてきただけあります。徹底していますよ、あなたは。私なら絶対に連絡を取らない機関だ」
アメリカ合衆国国防高等研究計画局(Defense Advanced Research Projects Agency:DARPA)といえば、軍事への応用を目的として如何わしい事に大金をつぎ込んでいる組織としての一般的な印象が定着しつつある。
空想の産物ともいえる研究テーマに多額の予算をつけ、数多くの研究者を雇い、真面目に研究に取り組んでいる。
その研究内容といえば、耳を疑うようなものばかりだ。
たとえば、不眠不休で食事をまったく取らず、痛みも感じず戦い続ける兵士を開発している「メタボリック・ドミナンス」というプロジェクトもあれば、戦場でプロジェクト名「サイレント・トーク」という、兵士同士にテレパシーで会話をさせることを目指すものもある。
噴飯ものと笑ってしまえばそれまでだが、DARPAの試みを嘲ってきたものは、神々を見た瞬間に口を閉ざした。
あくまで人類の現在の科学技術で実現可能であれば、という注釈がつくが、DARPAの挑戦的な試みは神体にも遜色せぬ肉体を作り上げてゆく過程であるともいえよう。
彼らは完全な兵士を造ることを目的としている。
それは言い換えれば人間がより完全に、神へ近づくことを目標にしているといって過言ではない。
DARPAとは縁遠かった澄田だが、うってつけの研究課題とみるや、IEIIOはなりふりかまわず手を組んだ。
「娘の情報でね」
“人は裏切るものだ”と織図が予言したように、空山 葉子は神々の秘密を明かしてしまっていた。
空山が母親に伝えていたのは、人類の最大の脅威は神々の平均的な獲得能力であるマインドブレイクとマインドコントロールであるが、鉛で頭部を防護することによって防げるということだ。
実際、空山 葉子はヘルメットの内側に鉛を仕込んでいて藤堂 恒という少年神と会ったが、神の看破を免れたと説明していた。
澄田 咲江はこの情報を疑わなかった。
なぜなら、神々は生身でかなり強い放射線を発していることが分かっていたからだ。
しかもアトモスフィアの生合成のために、ダークマターを利用していると疑われている。
神々は放射線を人間の頭脳にぶつけ、おそらくは透過させてその電子のやりとりを読み取り、無意識下で経験的に分析している。
マインドブレイクからの最も単純には放射線の被曝を防げばよく、鉛で頭を覆うことが有効だと考えられた。
神々と接する者は鉛を仕込んだカツラをかぶっていればよい。
もっとも、そのカツラを奪い取られてしまったら何にもならないが。
澄田のカツラの下にも鉛を仕込んでいる。
その下はスキンヘッドだ。たったこれだけの単純な構造で、神々は澄田を看破できなくなった。
また、神階には秘密裏に、DARPAとIEIIOは技術協力のもとに心理看破技術の研究開発に取り組んでいる。
「どんな空想も、サイエンスフィクションで終わらせてはならない。現に神々は、DARPAの空想を体現しているのだからね」
この強烈な性格である。
「何だろう、ツッチー……何か隣のおばさんたち凄いね。胡散臭いし。それにダーパって何だろ」
「知らんがな」
熱弁をふるう彼らにあっけにとられて、目と耳が引きつけられるのは自然なことだ。
ましてや、英語の飛び交う中で日本語が恋しい二人……いや、むしろ築地である。
日本語での会話は諸外国の要人達には理解できないので、かなり物騒な発言だと長瀬と築地は思うのだが、誰ひとり注目していない。
「築地 長瀬」
ラウンジの扉を開け、顔を出したのは比企だった。
築地と長瀬を迎えに来たらしい。彼女らの話に聞き耳を立てていた築地と長瀬はよく通る声で呼ばれてびくっと肩をこわばらせた。
比企が半分だけでも顔を見せたので、一同は起立して口をつぐみ静まり返った。
先ほどは息巻いていた団体も弱腰で、むっつりと黙りこくっている。
一方の築地と長瀬には、嫉妬にも似た鋭い視線が投げかけられた。
極陽に連れて行かれる彼らは一体どんな重要人物なのだろう、といった具合だ。
しかし実際に比企にどこかに連れて行かれるとなると、彼らは必死で拒絶するのだろうが。
比企はちょいちょいと手招きをして彼らを部屋の外に呼び出した。
行先も聞かず、築地と長瀬は追従する。
「お迎え遅いよー! いいとこ連れてってくれるんでしょー?」
どの口が比企にそんなことを言うのか、築地はひやひやだ。
比企は無礼講で、気にしていない。
そこがまた、長瀬をつけ上がらせているような気がする。
「どこも連れていかん。己の部屋に居れ」
「えーやったー! 比企さんの部屋ー! いいのー!? ねえツッチー聞いた!? 私らって超エグゼクティブ!」
比企がわざわざ彼らを迎えに来たのは、うるさく騒ぎ立てられたり、生物階の首脳たちにあれこれと知りうることを喋られては困るからなのだが、長瀬はそんな事情を勘案することなく喜んでいる。
虎の威を借りながら、彼の後ろをついて歩くだけでも使徒たちに誰だ誰だと振り返られて、長瀬はご機嫌だ。
比企はしばらく通路を歩くと、エレベーター扉の前に立った。
彼が認証キーに手をかざすと認証されて、豪華な装飾のついた扉が開く。
比企の専用のエレベーターのようだ。
「これ、乗るの? ガラス一枚だけど」
下は奈落。手すりすらないスケルトンの空中エレベーターに乗せられ、長瀬は比企の聖衣の裾を握っていた。
このエレベーターは比企の執務室に直通のようだ。
階を通過するたびに、足元には文字が浮かび上がった。
今何階だと書いてあるようだ。
上層に行くほどアトモスフィアに曝露されて気圧が高くなってくることに二人が耐えられるかどうか、比企は時折心配した。
神々や使徒はアトモスフィアの濃度に敏感で、比企の傍に近づくだけで命を落とす使徒もいるぐらいだが、人間は鈍感だ。
とはいえアトモスフィアの適応性は一種のアレルギーのようなもので、人間でも体調不良になる者はいる。
気分がすぐれなければすぐに申告しろといわれても、長瀬も築地も特に体調の異変などはなかった。
無駄に鈍感力ばかり高くて、申し訳ないぐらいだと築地は言う。
「神階の技術力ってすごいよね。ガラス板一枚でエレベーターだなんて」
「あ、そうだそうだ。何か神様たちに科学で迫ろうとしてる怪しい集団がいたよ。今後何十年か以内にマインドブレイクをできるようにするって! 夢見すぎだよね。信じられないよー」
ひょっとして比企には話してはならない情報だったのではないか、と築地は思うが、長瀬が喋ってしまった以上は仕方がない。
それに、如何なる情報も長瀬と築地の耳に入ってしまった時点で、比企に筒抜けになっている。
あのおばさん達には悪いが、他人に聞こえるほど熱っぽく語っていたのが運のつきだ。
「ほう」
比企はさも興味がなさそうに相槌を打っただけだ。
何を人間の分際でけしからん! という展開を多少なりとも予想していた築地だが、さすがに比企はクールだ。
内心、腹がたっているのでなければいいが。
「あれ、何とも思わへんのです? 人間のくせに! とか」
「そう考えるは当然だろう」
比企はひと呼吸置いたようだ。
大柄な神ではないので、築地と視線が同じ位置にくる。
極陽と同じ視線で会話をしていると、比企は慎ましい青年神だとわかる。
しかしいつ見ても比企の灰色の瞳は涼やかでそっけない。
目の下には時々くまがある。血の気のない肌は雪のようで、いかにもつくりもの然として非現実的だ。
このルックスは宗教の信仰の対象としてはあまりにカルトというか悪魔的で損をしているよなあ……と、築地は残念に思うのだった。
神に親しみを持つかどうかというと微妙なところだが、比企のルックスは一部のビジュアル系ファンを除いてはとても親しめるものではない。
築地が教員となってルックスが落ち着いたので特にそう感ずるのかもしれないが……。
せめて白髪を、もとのように黒く染めたほうがいい。……とも言えず。
「困難ではあろうが、現実的に数十年のうちには人は何らかの道具を介して相手の心を読むようになるだろう。それだけの技術力と基盤は既に備えられている」
「あと、その人達、人類の寿命も延ばせるって言ってたけどー」
」
長瀬がまあ、密告る、密告る! しれっとした顔をして悪気もなく。
「可能だろう。澄田らがそう話していたのか?」
もう、ほら! 早速その“おばさん達”の実名まで特定されてしまったではないか。
探偵も真っ青の推理力だ。
こういうのを何ていうんだっけな。
安楽椅子探偵? あの強烈なおばさん達がどんな目にあわされるか、長瀬は心配してやらないのだろうか。
比企が嫉妬深くなく、さらに沸点の高い神でよかったようなものの。
しかし比企は適当に相槌を打っているのか、それとも科学的知見に基づいているのか、否定しないところをみると随分と人類の科学力を過大評価している。
じゃあ、つきつめれば人間と神様の違いってそのうちなくなっちゃうってこと? 失礼きわまりないが、長瀬はそう思った。
「高度に発達した科学は魔法のように見える、陳腐だがそういうことだ。この世に不思議なことなど、何もないのだよ」
比企は何かの名言か格言を引用したらしいが、築地には元ネタが分からなかった。
「あーそれ、2001年宇宙の旅書いた人でしょ?」
さすが長瀬だ。しかも彼女のことだからどうせ海外のSF小説を原文で読んでいる。
「いや、でも神体って人体と比べて凄すぎるやん。さすがに神さんみたくはなれへんやろ」
またまたご冗談を。
そういう科学技術ではどうにもならないほど神という存在は別格だと、築地は信じたいのだが。
解決すべきは技術力ではなく倫理的な問題だけだろう。
比企はそう付け加えた。人間がヒトゲノムに手を出すか否かという……。
いくつもの法律や宗教、倫理観、道徳を取っ払えば、人体は数十年以内にテクノロジーとの融合を果たす。
人間のクローンを作り、コンピューターと融合させ脳を高度に改造する。
そんなSF世界が到来するのだろう。人類は神体の構造を模倣し、神々との競争力をつけるために、神々に近づこうとするかもしれない。
かつて解階がたどった道だ。しかし……現在では信じられないことだが、比企は遠い未来、人類と神々が対等になってもよいのだろうか。
「ただ、高度生物たる人間が、どうして自ら生れ出ることもできぬ、生命としては朽ち果てた我々のようになりたがる?」
彼は等身大の言葉でそう言うと、心に響くものがあった。
比企は謙虚なのだと、築地は重ねて思う。
「比企さん、ところで聞きたいんだけど、M理論って正しい? そして高次元の世界ってどうなってるの?」
至近距離で本題をまくしたてる長瀬に、比企は怪訝な顔をしている。
藪から棒に言われても……という顔だ。
彼がM理論を知らないわけではない。丁度よくエレベーターが停止し階に備え付けられた大きな扉が開くと、だだっ広い執務室に出た。
応接ソファーとテーブルだけでも何十個も置いてある。
これ来客何百人くる予定なの? 披露宴でもする予定なの? それにこの部屋、広すぎて冷暖房どうするの? という規模だと長瀬は感心する。
何百畳、いや何ヘクタールとある。
しかも執務室の一画は天井まである書棚が、見渡す限り山脈のように連なっている。
築地と長瀬は純粋に感動だ。凝った装飾の調度品がところせましと置かれ、部屋の中に噴水や池がある。
採光は屋外のように明るく、きらきらと眩いばかりだ。
比企は築地と長瀬を近くのソファーに並んで座らせた。
彼はその正面に腰かける。青いワンピースを着た白髪の美女使徒がやってきて、愛想よく一柱と二人に日本茶とお茶受けを出した。
突然の来客には慣れているようだ。まさか神階に来てありつけると思わなかった海苔おかきをいただきながら、長瀬は熱心に部屋を見渡す。
世界中のエグゼクティブに、この部屋の絶景を見せてやりたい。
目玉が飛び出すだろう。
お茶の出されたテーブルにはセンスよく花が活けてあり、テーブル自体が宙に浮いていた。
「M理論、のう……。我々は高次元を観測したこともなければ、超ひもなるものも未だ観測しておらんのでな。量子力学をベースとしたテクノロジーを利用してはおるが、我々にできるのはせいぜい局所的な時空間の伸縮とその他限局的なダークマターの利用だ」
長瀬はがっかりしてそのまま、ごろりとソファーに倒れ込んだ。
ソファーは申し分なくふかふかだ。
「じゃあさ、INVISIBLEに対抗できるの? あの女の子、レイアちゃんをどうするの?」
「何?」
比企はぴくりと反応した。
比企が反応したのはINVISIBLEという言葉が長瀬の口から出たからだ。
先ほどの会議では一言も出なかった言葉を長瀬が口にする。
どこから仕入れた情報なのかと、警戒するわけだ。
しかし神階は澄田にもINVISIBLEの存在を明かした覚えはない。築地が慌ててフォローに入る。
「オブジェクトってINVISIBLEのことやて長瀬が言ってんけど。ADAMから調べたらしくて……」
「……勘がよいな。独自にINVISIBLEにたどり着いたとは」
長瀬はえへへと笑うが、褒められて照れている場合ではない。
比企はADAMの閲覧許可を与えた時点で、長瀬にINVISIBLEの件までも調べつくされる事を予測してはいなかったのだろう。
「どうなるんですか? 俺ら、死ぬんすか?」
比企は勿体ぶった顔をしたが、それきり口を閉ざした。
長瀬には築地の言うように、少しでも比企に余裕があるとは思えなかった。
ただ……どうしようもなく追い詰められたときに繰り出す、窮鼠が猫を噛むための最後の手段を一つだけ持っているような。
破滅と紙一重の、そんな危うい雰囲気を醸していた。打開策をとりあえず用意してみたといった雰囲気。
しかし、巧手ではないと知っているような……。
重く口を閉ざした比企に丁度よく、机の上に置いていた彼の赤い携帯が鳴った。
築地は赤い家電を見るとたいていシャア専用だと言い出す。
言うぞ。今に言うぞ、と長瀬が思っていると、やはり言うらしい。マナーモードなのか、バイブで着信している。
「あ、やっぱシャア専用携帯が着信しとる」
彼は電話をとると、声のトーンを落とした。真剣に相槌をうっている。
「して、使えそうか?」
返事を待って、比企がほくそ笑んだ。何かたくらんでいるに違いない。
「なに、一度でいいのだ。……いや、近づかせるな。落命する」
「何の話やろ? 楽しそうやな」
築地と長瀬はひそひそ話して顔を見合わせる。
比企が明らかに機嫌のよいことなど、あまりなかったものだから。
長瀬は比企が電話中で手持無沙汰なので後ろを振り向いてきょろきょろすると、ふと背後のソファーに目をとめた。
こげ茶色の手提げがソファーの上に乗っている。
形状をよく見ると、通学用のかばんだ。かばんには校章がついている。
「風岳中? どこの中学だろ。比企さんの隠し子?」
かばんを手にとって見ると、数学課題ノートと表紙にマジックで書かれたノートが一冊、かばんからはみ出してソファーの上に落ちた。
拾い上げると、名前欄に藤堂 恒と書いてある。
何だ? ここに日本人の中学生でもいるのか? 長瀬は興味を持ってぺらぺらとページをめくる。
ノートは最後まで使いきっていた。
宿題ノートなのだろうが、赤ペンで採点してある。驚くべきことに、ノートの最初から最後まで一問も間違えない。全問正解にもほどがある。
大問も発展問題もものともせず、赤丸が最後まで続く。
「わー、賢い子!」
「まあ、中学までは頭いいとも何ともいえへんなあ」
中学生まで天才だったのに、という話はわりとよく聞くものだ。
「げ! 何これ!」
最後のページに挟み込まれたメモに、築地と長瀬は顔を見合わせ愕然とした。
プリントの裏紙だ。表は連立方程式の100点のテストなのに、裏は明らかに文字の密度と書いてある内容のレベルが違う。
「これ、なんの波動関数?!」
築地が悲鳴をあげる。
「位相幾何学だよ。うっわ! 難っ! なにこれカラビヤウ空間? 授業中の内職でこんなことやってんの!? 最近の中二病ってこうなの?」
中学二年生ごろの思春期の少年が痛い行動をとるのは長瀬も知っているが、その類でもないらしい。
「ほんまもんの天才やな。俺解読でけへんもん」
「自分で解いたわけないよねえ!?」
大坂大学理学部出身の彼らが言うのだから間違いない。
「待って、待って。どうしよう意味がわかんない」
「ノート、かえしとこか」
「……うん。なんかごめん」
二人は何ともいえない気分のまま、パタンと、ノートを閉じていそいそとかばんに詰めた。
中学生に完敗した気分だ。
「ご苦労だった。飴原を労って賜れ」
比企は電話を切った。
極陰からの電話。用件は端的に、“あれ”が使えそうだというものだ。
あれというのは、ノーボディの遺物。
創世者レベルのエネルギーを産生する為に建設したもの……。
相転星と共働させることによってはじめて稼動するそれは――。
2年前、新たに即位したばかりの陰階神98位闇神、飴原 泰士に、比企と極陰は極秘裏にある勅命を下していた。
きたる3月8日までに飴原の報告が間に合わないものかと気をもんでいたが、期日内に見事やってのけた。
飴原に与えられた足掛け2年の大変にシビアな任務はたった今、完遂されたようだ。
飴原は荻号 要の後釜という責任と使命感に燃える、280歳の熱血漢だ。
真空中での任務が2年も続いたため、老化現象によって十年ほど老けただろうが、彼は若いのでどうということもない。
比企は極限まで彼の神体を苛め抜きINVISIBLEに備えてきて、今後も準備を怠るつもりはないが、創世者INVISIBLEに対抗する為には、個神の力量や神具の性能に頼っても限界がある。
かといって神々全員が束になって見えない敵をチクチクつついても、それによってINVISIBLEが何か致命的にダメージを受けるだろうか。
身も蓋もない言い方だが、相手は創世者だ。
世界の創造者に挑むには、神々の総力をもってしたところで、どうやったって火力が足りない。
INVISIBLEを傷つけるためには、創世者の自我が傷つくほどの高エネルギーを以って挑みかかるしかない。
ところが神々が神具を介して生成するエネルギーの総和は、創世者の扱うエネルギーには遥かに及ばない。
そこでどうするか、だ。
現実的に、一つだけ神々が創世者の扱うレベルのエネルギーを手に入れる、反則業ともいえる究極の方法がある。
いや、今、極陰の一本の電話によって可能となった。
荻号 要はかつて500年おきに働く、怠惰な闇神を装っていたが、彼も第一種公務員であるうえは定期的に成果報告をする必要があり、彼が天体を移動させたり消滅させたりした記録とともに宇宙地図を総務省に提出しなければならなかった。
彼は生物階や神階を保全するために銀河系の恒星や惑星、彗星、ブラックホールなどの位置を操作することが許されていたが、どの星をどう動かし、現在の天体がどの位置にあるのかということは、神階の全部局の航行安全上報告する義務があったのだ。
比企は、荻号が闇神として在位していた期間中、彼が単年度おきに提出した宇宙地図を精査していた。
比企は当時思い込みの激しい性格で、荻号こそがINVISIBLEだと信じ、宇宙の構成に干渉し三階を牛耳っているときめてかかっていた。
比企は当時から荻号の行動を監視し、彼の提出した全ての文書を検閲していたと言い換えてもいい。
怪しい変化はすぐに見つかった。……100年程度の間に、宇宙上の天体が大規模に消えていることが分かった。
荻号が恒星を移動させたのではなく、自然に死を迎えたということになっているが、比企は荻号の天体への大規模な介入を疑っていた。
次々と消滅していった天体を追跡しマークするうち、それが巨大なリングを描くように数万個以上も消えていたことに気付いた。
失われた天体を線で結ぶと、一つの巨大な円をなした。
銀河系を数個も呑み込む規模……の、気の遠くなるほどの大きさを持つ一本のリング。
総務省は天体の熱的死による自然消滅として気付かなかったのだろう。なにしろ円の直径が異様に大きすぎた。
そして荻号は500年おきにしか働かなかったのだから……。
比企はこの巨大な円が何を意味するか、不可解には感じたが、当初は分からなかった。
荻号が意図的に消滅させたのだとしたら、一体どんな意図があってのことか。
荻号に直接聞いたりはしなかった。
リングの軌道が、地球の公転軌道を横断していることに気付いたのは、グラウンド・ゼロの存在が明らかとなってからだ。
リングは最初の発見から、その真価が再発見されるまでに長い歳月を要した。
リングは意味深な軌道を描いている。
それも、3月8日、日本時間にして午前6時、グラウンド・ゼロを丁度横断するように。
……これしかない。比企は興奮のあまり身震いした。
これはノーボディによって銀河系規模で建設された巨大なサイクロトロン(粒子加速器)だ。
素粒子を衝突させることによって高エネルギー物理実験を行うことを目的として人間によって建設された生物階で最大の大型ハドロン衝突型加速器 (Large Hadron Collider:LHC)は全長27kmだが、これはその比ではない。
一周が宇宙規模の大きさだ。LHCでも14テラボルトなのだから、そのエネルギー規模は想像を絶する。
超エネルギー星間暗黒加速器(HEIDPA:Hyper Energy Interstellar Dark Particle Accelerator)、とでもいうのだろうか。
その存在を確かめるため、比企と極陰は2年前に闇神、飴原を銀河の果てに遣わせ、そこに強大な磁場があり、超高エネルギー粒子が飛び交い、超高エネルギーを生じうる星間粒子加速器として使えそうかどうかを調べさせた。
もし利用可能であるなら、それによってごくごく小さな宇宙をひとつ造ることができるほどの……創世者レベルのエネルギーを抽出できる。
HEIDPAが利用できたなら……三階の滅亡という、最悪の事態だけは免れるかもしれないという思いからだった。
そしてたった今、HEIDPAは利用可能だとわかった。
HEIDPAを何に使えばよいか、目的はひとつだ。
HEIDPAが発する超高エネルギーで時空を歪め、グラウンド・ゼロという座標をすっぽり消せる。
HEIDPAより抽出できる高エネルギーによってグラウンド・ゼロという座標そのものを偽りの時空に送り込み、二度とは戻れぬ片道切符を切る。
この後、INVISIBLEはいかに足掻こうと、グランド・ゼロを失い、したがってレイアの中に収束できない。
波動関数収束にはグラウンド・ゼロでの収束、という条件があるからだ。
INVISIBLEは、降り立つ座標を失い、途方にくれることになる。
荻号 要が計算によってはじき出したINVISIBLEの収束日時まであと185日。
半年も前から人々を避難させていたのは、誤差があってはならないからだ。
大まかに見積もって、今年の初夏にはX Dayを迎えるだろう。
3月8日、HEIDPAによって超加速された素粒子をグラウンド・ゼロで衝突させれば、超高エネルギーによってその座標を消滅させれば……。
INVISIBLEの収束はそもそも成り立たない。
グラウンド・ゼロもろとも地球はなくなるかもしれないが、INVISIBLEが収束してしまえばそれどころの騒ぎではない。
可能ならば太陽と地球だけでもどこか他の座標に移してからHEIDPAを撃つという方法もある。太陽を移動させるのはさすがに骨が折れるので、地球のみを遠くに移動させて、太陽の代替に赤色矮星などを使ってもいい。
万全を期すために、レイアは念のため久遠柩で封じ込めてINVISIBLEの収束を妨げる。
今年いっぱいをやり過ごせば、彼女のスティグマは消えるだろう。彼女も助かる。
まさに収束しようとしていた波動関数は動き出し散乱する。荻号 要の計算によると、今回収束しなかった場合、今後1万年の間に217回もの波動関数の収束の可能性が見込まれるが、それはすべてグラウンド・ゼロに収束すると出ている。
グラウンド・ゼロを削除する方法は根治に近く、INVISIBLEはたった一回も収束できなくなる。
HEIDPAを動かすためには相転星が必要だ。
相転星は、制御器の役割を持っている。
また、相転星の三重のリングはそれぞれ、HEIDPAの巨大なリングに対応する。
相転星の組み換えによって循環する素粒子の超加速を行い、3つの環が交わった瞬間に超エネルギーの衝突を起こしグラウンド・ゼロを吹き飛ばす。
そのエネルギー出力はまさに10^38 Erg/secをはるかに超える。
銀河系規模の超加速器をめぐる素粒子の衝突を繰り返すことによって得られるのは、神階がどれだけ時間をかけて必死でかき集めても、遠く及ばぬエネルギー量だ。
ところで、HEIDPAの軌道を操るものは、想像を絶するエネルギーを持つ素粒子の崩壊による強烈な放射に晒されることになる。
まず確実に絶命するだろう。
相転星には荻号と恒以外には触れられず、また、完全に相転星の機能を引き出せるのは荻号のみなので、荻号には共存在で一回死んでもらう。
彼の愛する人類の未来のためだ、引きうけてはくれるだろう。
人間がいずれ神と肩をならべる野望があるというなら、神階は創世者と肩をならべる野望を持つぐらいの――。
そのぐらいの野望は、抱いてしかるべきだ。