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【完結済】INVISIBLE-インヴィジブル-(EP1)  作者: 高山 理図
第二節  A story that converges beyond the singularity
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第2節 第23話  Civil servant in the HEAVEN

 神階 使徒階第5層 エリア17k。


 空は快晴。擬似陽光が燦燦と降り注ぎ、雲一つなく、からっと晴れ渡っていた。使徒階の日常の光景だ。安定な気象、緑豊かな草原。しかし使徒階には大異変が起こっていた。

 黒山の人だかりが使徒階5層の草原の一画を被い尽くし、異様な熱気に包まれている。


『はい、こちらです』

『私語は謹んで、列からはみださずに。気分の悪い方は遠慮なく申し出て下さい』


 陽階第五層の使徒たちはそこかしこで、生物階からの避難者の対応に追われていた。

 彼らは拡声器を手に長い行列を作る人々の列を、草原の上に白いロープで区分けされたブロックからはみださないように誘導している。

 神階の歴史始まって以来初めて、人類が生物階を離れ神階に入る。


 居住の為のコロニーに案内された数千人を超える人々は、草原の広がるのどかな平地に生物階での経緯度ごとに集められ、落ち着かない様子で世話役の使徒のブリーフィングを受けていた。彼らにはもれなく寮や仮設住宅が給されることとなっており、充分な食料と暖かい寝床、公衆浴場も用意されている。

 恵まれた環境ではあるが、先行きの見えない避難生活にストレスを募らせることになりそうだ。


 彼らは神階に入ってから通された長い通路を歩き使徒階に到着するまでの間、随所に見られた圧倒的なテクノロジーを目撃し、ただ驚嘆するばかりだった。

 また、通路に設置された小窓の外が宇宙空間であることに絶望した。

 国連が緊急避難用巨大宇宙ステーションだと説明したこの建造物が、どう考えても人間の手によって造られたものではないと彼らは思い知らされる。


「あの……私たち日本に帰りたいです。お願いします」


 不安にかられたよぼよぼの老夫婦が必死に、列の近くにいた背の高い青年使徒に帰りたいと訴えているが聞き届けられず宥められた。


『地球は危険に見舞われています。ほんの暫らくの間ですから、我慢してください。あなた方が充足できるよう、誠心誠意お世話しますので』


 人々は使徒階に入った後、彼らが神々の社会に招かれたことを告げられた。

 人間と遜色ない容姿をした神や使徒と名乗る者たちが、遥か遠く離れた宇宙の知的生命体であるとの暴露も、神階と連携した国連職員、あるいは各国政府によって行われた。神と名乗る彼らが、宗教上の造物主ではないということも重ねて説明されたが、人々が納得できるはずもない。神々と国連の決定に従う他にないとはいえ、人々の間には急速に不信感が拡大している。

 説明を理解できずパニックを起こす者も現れたが、集団で抵抗したり暴動を起こす気力もない。

 そう、不満は心の中に燻っていても既に地球を離れ、地上に戻ることもできず宇宙船という収容所の中に軟禁されているこの状況では、どうしようもないのだ。


 さて、このエリア17kに割り振られたのは日本国 大阪府の一部の区域となっている。


 避難者は次々と放送で名前を読み上げられ、仮設受付の前にずらりと並んでそれぞれ手続きを行っていた。

 受付では大阪府庁職員をはじめ、各市町村の自治体が避難者の安否確認に追われていた。電波塔がなく携帯電話が使えないので、使徒も電話回線を引いて窓口を作ったり名前を呼んだりと、離れ離れになった家族の再会を手伝っていた。


 そんな中でいち早く独身寮への入居手続きを終えた築地 正孝は、年配使徒が放送で長瀬 くららの名を読み上げたのを聞き、思わず受付に駆けつけた。

 “くらら”という名前は変わっているから、名前を読み上げられた長瀬 くららさんが築地の知る長瀬 くららだという自信はある。

 久しぶりに見た長瀬は少し大人びていたが、目もさめるような青いリブニットワンピースに白いロングブーツを履いている。

 避難生活をするというのに少しもラフな格好にしようという気はないらしい、その独特のセンスは彼女を最後に見たときと変わらない。少し前にはFacebookなどで遣り取りもしていたが、最近は築地が忙しくてログインしていない。

 久しぶりに顔を見てほっとしたというか、相変わらずの長瀬の落ち着きのなさに、懐かしさが込み上げてくる。およそ1年ぶりに長瀬 くららと再会した築地 正孝は、長瀬の顔を見て照れくさそうに指を差した。


「なんや、やっぱ長瀬か」

「あー! ツッチーじゃん! よかったー久しぶりー!」 


 長瀬は手続きを終えて駆け寄ってきて、築地の頭をぐりぐりと触った。

 この遠慮のなさと間延びした物言い、学生時代の自由奔放だった彼女を思い出す。


「髪黒くなってる! そっかー、助教先生なんだもんねー、パッキンじゃまずいよねー。あはは」


 築地は2年半の間に、数多くの業績を積んで学位を取り、相模原教授率いる錯体研の助教となっていた。

 松林助教と強力なタッグを組み、世界を飛び回り研究活動を続けていたところだ。彼は大坂大学の近くの官舎で独身生活を続けている。


「まーな……。しっかし、相変わらずやな。家族も一緒? 今多治見に住んでんねやろ? 何でまたこのエリアにおるん? 旅行でもしよったん?」


 長瀬はたしか大学院卒業後、大手製薬会社の研究開発職として多治見に住んでいるという話だった。

 大学在学中から語学に長けた彼女は、外国人研究者たちと対等に渡り合うやり手らしい……と、この情報は一年前のものだ。


「家族は別エリアにいるよー。大阪には住んでないんだけど、出張でこっちきてたのー。東京に戻ろうにも新幹線も飛行機も動かなくてー。よかったー、ツッチーがいて。ここ携帯使えないから、知り合いいなくて一人で困ってたんだー」

「何で? 長瀬って多治見に住んどるんちゃうん」

「えへへ、前の仕事はやめたっていうか会社潰れちゃってー。資金繰りが悪化しちゃってさ。うちの会社倒産って、ニュースにも出たじゃん?」


 長瀬が入社したのは業界一位、二位を争っていた外資系の製薬会社。


 あの大手が簡単に倒産するものなのか……と築地は疑問に思ったが、あの世界規模での感染事件以来、破格の安さで医薬品を販売しているREMIEIが、世界中のシェアを独占し、国内の製薬会社の凌ぎも削っているという話は聞いたことがある。

 なるほど、同業のREIMEIに潰されたというわけだ。

 REIMEIで発生した利益は神階によって運用され、ある目的の為に貯蓄されていると聞いたが……。


「あーそのニュース見とらんわ。倒産て……じゃ、まさかニート?」

「へっへっへっ……ニートじゃないよぉ」


 長瀬は得意げだ。彼女が朗報を話す時の癖で、口の先を尖らせる。これは結婚でもしたのかもな、と築地は勘ぐるが、彼女はまだ“長瀬 ”と名乗っているようなのでそれも違う。


「なんや、気持ち悪いな!」

「官僚になったんだよ。ちなみに文科省だから、独立行政法人 大坂大学も管轄下にあるからね。ほらほらほら、そんな口きいちゃっていいのー? ツッチー先生出世しないよー?」


 あの長瀬が国家公務員Ⅰ種を受験し、合格していたとは……恐れ入る。

 しかし旧帝大 大坂大学にさしたる受験勉強もせずストレートで合格し、在学中常に主席の成績を掻っ攫い続けた長瀬が国家公務員試験を難関と感じるかというと……そうではなかっただろう。憂うべきは頭のネジの緩んだような性格であって、彼女は残念なことに優秀だった。


「マジ! 官僚かよ! ちゃっかりしとるわ。シゲルは福岡に置いてきたんな」

「シゲ、今はオーストラリアにいるよ。向こうでカンガルーの研究やってる。だからエリアも違うのー、シゲのエリアは10aだって! また遠恋になっちゃった。ねえツッチー。エリアの割り振りって、地域ごとなんだよね?」

「収容の段階では、な。あとで行き来自由になろうが、しばらくこのエリアやろ」


 移り気な長瀬のことだからもうとっくに別れているかと思ったが、シゲルとうまくやっているようだ。

 使徒階エリアは収容される時はひとまず地球上の在住地域ごとに収容されたが、後日、肉親が他エリアにいる場合はエリアの移動も考慮してもらえるようだった。

 だが、現段階では婚約していないカップルのエリア移動の申請は認められていない。

 エリア間の電話はできるというが、電話口には人が殺到するだろうから、遠距離電話もできないどころか、長瀬とシゲルはしばらく会えそうにもなかった。


「まさか神階に来ることになるとはねー……。神階ってヒッキー、じゃなかった……比企さんが仕切ってるんだよね。比企さんの名前出したらちょっとは優遇してもらえるよね? 食料いっぱいもらえるとか!」


 何しろ神階には30kgしか荷物の持込みが許されていないのだから、食料の確保は最優先課題となりそうだ。

 そんな時、比企の名前を出せば何とかなると考えているあたり、いかにもトップダウン方式の官僚らしい発想といえる。

 長瀬はこの非常時では仕方がないかと諦めているようだが……築地には腑に落ちないことがある。


「長瀬さー……暢気すぎやろ?」

「どゆこと? いいじゃん! 天国なんて滅多に来れるものじゃないんだし。死ぬ前に一回ぐらい来てもいいと思わないー?」


 長瀬は何の疑いも持っていないのだろうか。彼女に“もっと慎重になれ”と今更言ったところで、無駄なのかもしれないが。


「じゃあ、もし帰られへん。ってなったら? ほんまに避難は一時的や思ってんの」

「すぐ帰れるって言ってたよー。仕方ないじゃん、小惑星が落ちてくるんだからー。比企さん嘘つかないよー」


 あたかもそれが確かな筋からの情報であるかのように、彼女は神階の説明を疑ってすらいないようだった。

 学生時代にパチンコやパチスロなどのギャンブル漬けで廃人になって身についた性格からか、一時が万事懐疑的になる築地とは対照的な、長瀬の楽観的で人懐こい性格は誰にも好い印象を与えてきた。


 そんな長瀬と話していると築地はいつも、自分が他者を信用しない人間の屑であるかのような劣等感を突きつけられる。

 長瀬のようにありたいと思う一方で、今回ばかりは事情が違うと反論もしたい。

 比企の一存にこちらの人生がかかっている。ついでに人類の未来もだ。


「比企さん、俺らに何か隠しとらんか。何が楽しくて地球に惑星が衝突せなあかんねん。しかも一時的に神階に避難せーとか、シナリオに無理ありすぎやで? 小惑星が衝突するとか、SFでも今時噴飯ものやろ……ありえへん! ありえへん確率や。口にするだけで、あほらしすぎて切なくなってくるわ」

「うーん?」


 長瀬はまた築地を馬鹿にしたような声を出す。

 他人を信じられない可哀想な奴だと、見下したいなら見下せばいい。


「ほな、もうはっきり言うわ。俺ら、比企さんに監禁されとるんとちゃう?」


 築地はいつになく真剣な顔つきになった。


「えー。人間が地球から避難した隙に地球を征服するとかってこと? ツッチーの説もどうかと思うけどー?」

「なあ長瀬。俺らふたりで比企さんに、直接聞きにいかへん? 何の為にこないなことするんかて」


 長瀬は周囲を見渡して築地の口をふさいだ。


「主神に会いに行くっての? 取り合ってもらえないよー。私たちなんて超一般人だし。捕まりたくないよー」

「比企さんにガチで地球征服されてもええん?」

「あーりーえーないって! 比企さんは悪い神様じゃないよ。ツッチーも分かってるじゃん。比企さんに、よくしてもらったじゃん」


 特に築地は、比企に業績をもらったようなものだった。

 それ以外の面でも、長瀬は比企と……そして荻号にもだが、深夜の研究室で何者かに襲撃された夜、命を救われたことだってある。

 彼と過ごした数週間が偽りのものだったと、思いたくない。


「俺かて、比企さんのこと信じたいわ……。せやけど。納得いかへん! こないなことするなんて信じられへんのや。比企さんなら俺らに納得のいく理由を話してくれる筈や……」


 稚拙な説明では納得できない。

 人類の神階への避難は人類にとって一度も経験したこともない重大事件だ。

 激変する事態に臨んでは、比企の聡明で理知的な言葉がほしかった。

 三流作家が考えたような酷いシナリオで人類を動かすなど、比企のすることではない。


 これでは、人類は神々に軽んじられているようにしか思えない。

 互いに支えあって手を携えて共に歩んでゆきたいと……人々と神々の未来へのビジョンを語っていた、冷静で鉄面皮な比企の熱っぽい言葉を、築地は忘れない。

 人間と神は対等であるべきだと力説していた、あの言葉は嘘だったのだと思いたくない。

 これでは……比企は地球に征服にきた下劣な宇宙人に成り果ててしまう。

 そうあってほしくない。


「ツッチー、比企さんのことリスペクトしてるもんね。でもさー。使徒階って、1階層まで行かないと神様のいるエリアには行けないんだよね。ここって5階層じゃん? ゲートっていう国境みたいなのを通過しないと、1階層には行けないらしいんだぁー。ゲートには国境警備隊みたいなのがたくさんいてさー」


 長瀬は生物階から持ち込んだらしい小型パソコンを開き、なにやらPDFを展開してスクロールしていた。

 築地もパソコンを持ってはきたが、インターネットができないのだから資料調べも仕事も進まない。できるのは紙資料を見ながらせこせこと英語論文を書くぐらいだ。長瀬のパソコン画面に映っていたものは…… 何らかの見取り図だ。


「ちょ……ちょ、何それ、何みとんねん」


 築地は長瀬を押しのけて、手帳サイズの小さな画面に目を見張る。


「これ? 超小さいでしょー! 4万5000円で買ったんだー。世界最薄! 200 gしかないんだよー」


 彼女は超薄型、極小パソコンを自慢する。パソコンが小さすぎて、キーボードがおもちゃのようだ。築地も愛用している出張に便利な小型パソコンだが、築地はパソコンそのものにツッコミを入れているのではない。


「パソコンはどうでもええて。何やその図は」

「え、これ神階の見取り図だよぉー。見てわかんないー? 現在地はここでー」

「何っっで! そないなもん持っとるの!」


 長瀬は驚いた築地を思いっきり小馬鹿にしたように、眉根を寄せて目を見開いてみせた。

 やっぱ、腹立つ顔やわ! と感想は腹の中にとどめておいて、ここはおとなしく解説を待つ。彼女は思った以上にできる女だ。


「ツッチー何いってんの? 私らってADAMの閲覧許可あるじゃん。何? ひょっとしてツッチー全然活用してなかったの? うっわー意味わかんない。折角神階来るんならと思ってさー、色々観光とかしたいじゃん。だからDLしといたんだ。ほらー、こことか楽しそうじゃないー? 天国にもカフェがあるんだってー。あと、すごく広い空中庭園もあるらしくってー、見たことない花も咲いてるらしいしー、カメラもばっちり持ってきてるしー、記録媒体もいっぱい持ってるんだー」


 比企からADAMへのアクセス権を得た当初から神階について興味を持っていた長瀬のことだ。

 神階への避難が決まってからADAMの資料を片っ端からダウンロードして、神階の資料を根こそぎ持って来たそうだ。

 彼女はダウンロード用のパスも使いこなしていて、ADAMの制限区域内の資料も持っていると自慢している。

 彼女が神階の秘密を暴き出していた間、築地は研究に関する文献の検索でしかADAMを利用してこなかった。

 神階に遠慮して行儀よく最小限の利用をしていた築地と比べて、長瀬はかなり大胆かつ有効に活用していたとみえる。


「長瀬、……お前最悪やな!」

「えー、そうかなぁ」

「天才やで! この天上り官僚が!」


 感心はしたが素直には長瀬を褒めたくなかったので、センスの悪いシャレになってしまった。


「えへへー、ツッチーに褒められちゃった。でもツッチーだからあんまり嬉しくないかなー」

「何、ほな神階に出るならゲート通らなあかんの? 捕まるやろ」


 二人で画面の前に頭をつき合わせて、貴重な設計図の隅々に目を配る。

 金庫破りを企てる二人の強盗のようだな、と築地は客観視する。

 いかんせんパソコンの画面が小さいので、目が痛くなる。

 こんなときには大きな画面が見やすいものだが、大きな画面で見ていて使徒に気付かれても困る。


 方向感覚抜群の長瀬は、CADファイルに変換して三次元的に神階内部の構造を把握しつつあるようだった。

 昔から、3Dモデル上で分子立体構造を再現するRasMolというソフトウェアの使い方を誰よりも早くマスターしたのもそういえば長瀬だ。

 彼女の空間把握力ならば迷子にもならずに済む。

 築地は先導する長瀬のあとをついて行けばよいだけ、という情けない構図になりそうだ。

 長瀬は何かを見つけたらしく画面上にカーソルを合わせ、築地に見えるよう画面を譲って指差した。


「んー、脱出用の非常用通路があるみたいなんだけどー。あーでもロックかかってんのー、どうしようっかなー」

「ロック? 非常用通路やのにロック? “非常”通路にならへんやん」


 ロックのかかっている非常用通路の怪に気付いた築地が素直に感想を述べると、長瀬はへらりと微笑んだ。


「じゃあ、非常時には開くってこと? ……へー、“非常時に押してください”ってボタンがありそうだよねえ。非常時ってどんな時かなあ? 火事とか、かなあ……へっへー?」


 長瀬は、先ほどから手持ち無沙汰だった築地が手に持っていたライターに視線を奪われている。

 長瀬の目が据わって……パチンコの景品でもらったジッポのライターが狙われている。

 築地は慌ててポケットにライターを隠した。陽階の使徒階はそもそも全館禁煙なのだが、人々の嗜好に配慮するというかたちで特別に喫煙は許可されている。

ただ、使徒階は草原で火があっという間に草原にまわってしまうということで、所定の場所でのみ喫煙が許されていた。


「ちょ……やるなよ! 絶対やるなよ! 神階からつまみ出されんぞ!!」


 築地は今にも飛び掛ってきそうな長瀬を落ち着かせようとしたが、彼女はいつまでもポケットを見つめていて、諦めてくれそうにない。

 “絶対やるなよ!”と言うのは、どこかの芸人よろしく、やれというネタ振りではない。


「でもー、ボヤぐらいならよくない? 迷惑かけずにちょちょっと火つけて、通路開いたらすぐ消火すればいいんだしー。通路は神階の中層階ってところに続いてるんだよー、行ってみたくない? 非常時の避難経路になってて……、大会議場とかあるんだって」


 話を聞いていると、彼女はただ比企に会って話をするというよりむしろ、神階内部を冒険したいという好奇心のほうが先にたっているようだった。


「比企さんはどこにおるんや?」

「うーん、普段は上層階の天奥の間ってとこにいるらしいんだけど。そこって玉座なんだってー。あと警備も半端ないし、ここに行くのは物理的に無理かなあ」

「でも、そこにおるんやろ?」


 そこに比企がいるというのなら、天奥の間とやらを目指すまでだ。

 ただし、第5層の門番に事情を話して、比企とのつながりをきちんと証明して、比企に目通りを願う。正面突破で臨む。

 長瀬の方法では犯罪だ。しかし、築地にも分かってはいた。

 国連職員でも一国の宰相でも何でもないただの人間が比企に対面を申し出たところで、実現する確率は絶望的なほど低いであろうと。

 不審者として牢屋にぶち込まれるか、入念に取り調べを受けた上で監視されるのが関の山だ。


「違うと思うんだよねえ。ねえツッチー、首長は異常事態が起こったとき、どうすると思う?」


 神階には公務員しかいないとされている。全員が全員、公務員体質ならこんな非常事態にどんな行動を取るか。

 同じ公務員である長瀬はそちらの線から比企の居場所を推理していた。


「首長は会議してると思うんだー。大会議室にいるよー、きっと」


 築地は罪悪感を感じながら、ポケットからジッポのライターを取り出した。

 勇者にでも愚者にでも、どうとでもなれ。

 ただ、比企との面識がありながら、何も行動しないでここに留まることが一番愚かだ。

 なんだか妙に、そんな気がしてきた。



 少年使徒はファティナの疑いをよそに、先ほどと全く同じ状態で仰向けに気絶している朱音に注意深く歩み寄り、アルシエルに貫かれて今もなお出血している細く白い手首を取った。

 無残に突き抜かれた傷口から失血とともに地表で体温を失って、冷たくかじかんでいる。


 遼生は傷口に指を押し当てて意識を集中すると、アトモスフィアの共鳴で朱音の修復関連遺伝子を励起させ、過剰に細胞再生を促して傷口をあっという間に治癒してゆく。

 更に彼は……ブラインド・ウォッチメイカーを封じるため、彼にしか打てない策を講じていた。

 朱音の傷口から、抗ABNT抗体の含まれた アトモスフィアを少しずつ織り交ぜて送り込む。

 朱音の体内に入った抗体は彼女の裡に潜む時計職人を蝕み抑制するのだ。


 そう。抗ABNT抗体はINVISIBLEのみに適合しているのではない。遼生の抗体はINVISIBLEに特化した単一抗原認識タイプの恒と違って複数抗原認識タイプの抗体だ、創世者を抗原と認識すれば遼生の抗体はその本質の如何を問わず喰らいついていって結合し、そのあらゆる影響を最小限に押さえ込む。

 つまり遼生の抗体はINVISIBLEばかりでなくブラインド・ウォッチメイカーをも認識しうるということだ。

 適用の広さ、非特異性のデメリットと引き換えに、曖昧さを許している。


 彼はさらに朱音が近くに放り投げているリュックサックのポケットから鈍い銅色のリングを取り出し、親指にはめて両手で固く握り込ませた。

 彼女が意識を失う直前までの間に、その小さな指に填めることを強く望んでいた特別な指輪だ。

 一見して枢環と分かるそれには荻号が強烈に捻じ込んだアトモスフィアとともに朱音の神経系に特化した精神抑制がかけてある。

 これをおあつらえ向きだということで、利用させてもらう。

 指輪を填めている限り、朱音が再びブラインド・ウォッチメイカーに支配されることもないだろう。

 二重の箍をかけた朱音を抱え上げ、少し離れた安全な木陰に横たえる。


 この一部始終を見ていたファティナは、その状況と彼の能力からようやく少年を神と認識するに至る。

 それも、かなりの知識と技量を持つ少年神だ、と。


 今日に至るまで彼を誰が保護し、あるいは匿っていたものか。

 何故神階は彼を表舞台に出してこなかったのだろう。


 二つの謎の理由は単純かつ明白だった。

 神でありながら翼を持つ者……彼の容姿は秀麗だが、神階では忌み子としてけぎらいされる奇形児だ。

 ノーボディの残した駄作か。

 あるいは彼の遺した寵児なのか。

 ファティナには後者であると信じたかった。


「あなたはレイア=メーテールのバイタルコードをお持ちですね。入手経路はさておき、何故ブラインド・ウォッチメイカーが欲しがるのか、心当たりがありますか」


 少年は先ほどから遠慮がちに、同じ内容の質問をファティナに問い続けている。

 ファティナは動揺が激しく、まだ彼の疑問にこたえていなかった。


「それは……」


 ファティナは言い淀む。

 心のうちを見透かされているのは充分すぎるほどに分かるが、彼女は素性も知れない少年神を完全に信用したわけではない。


「使い方次第でINVISIBLEに揺さぶりをかけられるものですね」


 怖い。心奥から突き上げてくる根源的な感情を必死に否定したくなる。

 彼女の本能が少年を危険と認識し、怯えてすらいることを。女神の怯えを感じ取った遼生はついと顔を逸らし、まだ先ほどとまったく同じ座標に滞空しているアルシエルを意識して見上げた。


  ファティナがその一瞬を見逃すことはなかった。

 彼女は即座にΔδΔを介して、この少年神のフィジカルレベルの見積もりをはじめた。

 彼女の視界にオーバーラップするインジケーターのグラフは予想に反してインフレーションを起こし聳り立つ。

 何故だ。

  20k、40k、60k……続伸に次ぐ続伸。

 嘘だろう、疑っている間にもまだ伸びている。

 ファティナは耐え難い恐怖心を感じて後ずさった。

 やがてインジケーターは100kを超え……いっこうに上限を迎える気配もない。

 そして彼のポテンシャルが1000kを超えたとき、ファティナはそれ以上を計測するのはナンセンスだと解した。


 彼のフィジカルギャップは揺らぎが大きく安定しないが、そのポテンシャルは数百万の余地を残している。

 何故少年が女神を庇って前に立つのか、アルシエルと立ち向かおうとするのか。

 そうだ。実力を持つものだけが説得力を伴う。

 少年の姿をした化け物……彼はノーボディの遺した解決策のひとつであり、切り札そのものだと断定する。


「あ、あなたは……誰です。その力は一体」


ファティナは硬直したまま、掠れ声で訊ねた。


「ひとつ頼んでもよいですか。ここに閉塞空間を創出し、アルシエルと共に中に入れて閉じてください。……シャットダウンをしていただいて構いません」

「!?」


 唐突にファティナが要求されたのは、いわゆる仮想結界イマジナリーフィールドと呼ばれる領域の構築だ。

 地上を座標0として立方体状に仮想空間を再現し、現実にありながら異空間を創出する。

 術式は単純だが、はいそうですかと簡単にできるようなものではない。

 仮想結界の中に閉じ込められるということは、テレビの中にいる人間が決して外に出てはこないように、仮想空間から出られなくなることを意味する。


「な、何を言っているのです!? 出られなくなるのですよ!」

「だからこそです。周囲を気にしなくてよいですからね」


 瞳を閉ざした彼の真意をファティナはまだ、推し量ることができずにいる。

 彼が“その気”になろうものなら日本ひとつ、いや星ひとつ吹き飛ぶ規模の戦闘行為が繰り広げられるのではないかと予測するのは、決してファティナの誇大妄想ではなさそうだ。しかし……!


「正気ですか! 出られなくなると言っているのですよ?!」

「正気です、急いでください! あと4秒でアルシエルの拘束が解けます」


 わずか4秒の間に何ができるというのだろう。少年の宣言通り、タイムアップは正確に告げられる。

 グングニルで一閃、アルシエルは遼生のフレームトラップを破り白い弾丸となって急降下で飛び込んできた。

 アルシエルの表情は蒼白で能面のようでもあり、血の気が通っておらず唇は青ざめている。

  ファティナはシッ、と息を漏らすといち早く反応し、遼生を庇おうと次々と幾重にもグリッドで防護壁を作るが、アルシエルの怪力とそれに耐えうる巨槍の硬度が防護壁の強度を遥かに凌駕している。


 グングニルは豪快なクラッシュ音とともに5層もの防護壁を一直線に貫き、最内殻から突き出した凶器の先端は、僅かに数ミリの余地を残して遼生の喉を捉えていた。

 フレームトラップは至近距離からは撃てない。


「ファティナ様! ご決断を」


 遼生はもどかしそうに、半ば怒鳴りつけるように叫ぶ。

 彼が求めたのは、女神の一時凌ぎの防御などではない。

 二度と這い上がれない谷底に突き落とされることを望んでいるようだった。


ファティナから見た少年は防御の為に不自然な体勢をとりながら跳び下がってアルシエルと一定の距離を保つばかりで、攻撃を受けても積極的に反撃しようとしない。

 本格的な戦闘を避けているかのようだ。

 確かに、100万を超えるフィジカルレベルを有した神がまともに戦闘行為を繰り広げようものならその被害は甚大だが、この状況をいつまでも長引かせるわけにはいかない。

 すぐに何らかの策を講じなければ。


 彼は再度繰り出されたグングニルを手の甲で弾きアルシエルの足を払って突き倒したが、アルシエルも脊髄反射で跳び起き、死角から指先を軽く弾いて、さきほど山肌に風穴をあけた凶弾を散弾のように容赦なく撃ち込み続ける。

 驚くべきことに、彼は背後にいるファティナへの被弾を防ぐためか、気圧弾を避けようとせずフィジカルギャップのみで受け止めている。


 遼生のフィジカルギャップは執拗に一点をのみ狙い続ける攻撃に数十層も剥落させられて、今にも神体にダメージが届きそうになっていた。

 この厄介な攻撃は、アルシエルの裡に必ずブラインド・ウォッチメイカーが存在して、そして遼生の背後に守られているファティナに尚も照準を合わせているという意図が明らかにされている。

 何もしなければあと1分も経ないうちに、遼生の胴体は消滅してしまう。


 彼は再び叫んだ。


「お願いします! 早く! 僕には構わず!」

「……なんということです!!」


  ファティナは腹をくくり両手を高く掲げ静止すると、天を揺さぶり落とすように地面に一気に両掌をたたきつける。

 XY軸方向に展開されていた巨大なグリッドに加えてZ軸を出現させ、アルシエル、遼生、そしてファティナをも巨大な檻に捉え、地軸を座標0とする仮想結界(Imaginary Field)を構築した。


 檻の中に閉ざされた三者の視界から見えていた田舎の風景が忽然として消え、足元から異空間に引き擦り込まれる。

 冷たい闇の中に沈んで広い空間に抜けると、暗黒を切り裂くようにボッ、と仄かな青いグリッドと随所に照明が灯る。


 少し遅れてマラカイトグリーンに輝く電子屑を纏い、指先からラインを引いたままのファティナの姿が煌々と浮かび上がった。

 不意をつかれて体勢を崩したアルシエルを再び、彼女と距離を測った遼生がフレームトラップで縫いとめる。

 アルシエルはほどなく、遼生のアトモスフィアの糸を引き千切るだろう。

 それでも、一時凌ぎにはなる。遼生は戦闘行為に及ぶ前に、ファティナに確認しておきたいことがあった。


「よいのですか、ついてきて」


 遼生は低い声色で女神に尋ねる。

 仮想結界を作ってくれとは言ったが、決着を見届けてほしいとは思わない。

 彼女を熾烈きわまる戦闘の場に巻き込むことになるからだ。

 仮想結界は外部からでも維持可能だった筈だが……遼生はヴィブレ=スミスによって脳というハードディスクに詰め込まれた、ファティナにまつわる情報を古い記憶から引っ張り出しながら彼女を案じた。


「私が拓いた空間ですよ。何を言うのです」


  ファティナは気丈にも強がってみせたが、遼生が視線を伏せたほんの一瞬の隙に、困惑した表情を垣間見せた。

 この場に居合わせてしまった不運を、嘆いているに違いない。

 文型神の戦闘の回避は賢明であり、逃走は臆病ではない。

 彼女の判断を軽蔑されるいわれはないというのに、ファティナの誇りと美学にかけて、遼生を敵前に放り出そうとはしなかった。


 彼女のような上司を持つ部下はさぞ幸せだろうが、意地を張って中に留まってもらわなくても構わない、強がらなくてもよいのに。

 遼生は彼女の罪悪感を払拭して、今からでも遅くないと宥めて外に出してやりたかった。

 彼はもう一度この場から立ち去る事を勧告しようかと考えたが、危険が及ぶようなら、力づくで締め出してしまえばよい。


「そうでしたね」

「一つだけ心得ておいてください。仮想結界内でのあなたの肉体は“現実”です」


 肝に銘じておかなければならないのは、ここが完全なる仮想空間ではないということだ。

 空間は仮想的な構造を持っているのだが、内部に転送された遼生の肉体も、ファティナの肉体も、そしてアルシエルの肉体も体温を有し、血潮を巡らせ鼓動する生身の身体である。

 彼らが被る全ての損傷は、現実空間と同じ強度で肉体に反映される。

 つまり、仮想空間内で現実的に死亡する、ということが起こりうる。


「でしたらなおさら、逃げてください。ブラインド・ウォッチメイカーへの引導は、確実に渡します」


 仮想結界は外部から隔絶され、空間的に閉ざされている。

 まだブラインド・ウォッチメイカーが充分に力を蓄えて創世の能力を有しているというのなら話は違うが、その構造はノーボディによって設計されたもの。

 創世者といえど易々とこの異空間から逃げられはしない。


「そう言うと思いました。引導は渡せませんよ。終わらせることはできません。彼女はブラインド・ウォッチメイカーの体現者であるというより、4倍重篤に憑依された依代に過ぎません。ブラインド・ウォッチメイカーはX染色体に憑依する、朧な意思の複合体だと推察します。ですから実体がないばかりか、“全体”もないのです」


 必ず決着をつけるとの決意を述べた遼生に、ファティナはざくりと深く釘を刺した。

 アルシエルといえどブラインド・ウォッチメイカーの自我の末端なのであって、その本体ではない。

 ファティナはそう強調している。遼生は彼女が何を言いたいのか理解しかねる。

 MRIで看破した彼女の思考回路には、一本の大河のようにたくさんの情報という水滴が重なって統べられてゆくさまが見えた。

 ファティナは遼生に説明することによって、不確定性を帯びていた彼女の仮説の足場を固めていっているようだ。


「どういう意味ですか」

「ブラインド・ウォッチメイカーの自己と他者のボーダーラインは曖昧で、自己という概念を持ちません。徒にダイナミックな進化を求めてX染色体の中に宿りながら、唯一の理想形を求めゆく創世者です。そもそも時計職人には100%という状態がないのです。アルシエルを滅ぼしたとて、絶え果てることもありません」


 ファティナはかなりの手ごたえを持って、彼女独自の仮説を唱えている。

 その論拠はどこにあるかというと、EVEから彼女と織図が命がけで拾ってきた情報の中にあるようだった。


「X染色体が存在する限りということですか。肉体は遺伝子の乗り物であり、遺伝子はブラインド・ウォッチメイカーの乗り物ということですか。……ブラインド・ウォッチメイカーは一体、何がしたいのでしょう」


 三階の破壊なのか、支配なのか。あるいはまったく別の目的があるのか。

 ブラインド・ウォッチメイカーがファティナの持つレイアのバイタルコードを手に入れようとするのは、INVISIBLEそのものを支配下に置きたいからだ。

 INVISIBLEを手に入れて、ブラインド・ウォッチメイカーは何を狙っている。

 ブラインド・ウォッチメイカーは利己の集塊によって成り立つ創世者だ。

 時計職人の野望は、必ず利己へとつながっている。今こそ突き止めるのだ。

 遺伝子の利己は、何の為に繰り返されているのかを。彼女が進化を促し続けるのは、何故だ。


 彼女が莫大な労力を投じて行う途方もない規模での試行。

 幾度となく繰り返された進化の実験場としての歴史。

 それらは断じて、彼女の悪趣味な愉しみのため、あるいは自慰のためなどではない。

 では何のためか。

 利己のためだ。


「究極の生命体の創造、その一点に尽きると思います」


  ファティナがEVEの最果ての谷から見出した膨大な情報に、結論を見出す段階にきた。

 ようやく辿り着いたゴールを、もう踏んでもよいような気がした。

 足が震えて、くだけてしまいそうだ。


「でしたら……“絶対不及者《ABNT》”とは時計職人の目標に、最も近いものなのではないでしょうか」


 遼生はファティナの推論に理解を示し、乗りかかる。

 導き出された解はきわめて自然なものであるように思えたからだ。

 究極の生命体というものが存在するというのなら、老いず、死なず、高度な思考力と知性を有しそして実体にありながら全能に近い状態を保ち続けるという、実現不可能な条件がつく。

 それらの条件を簡単にクリアしてしまう存在が、たった一つだけある。


「そうですね、あなたは鋭い。ですが、“絶対不及者”を手に入れ意のままに操ることが、彼女の最終目標ではない。そうでしょう?」


 ファティナは剥製のように凍りついたアルシエルに語りかける。

 そうだ。目標が絶対不及者ではならないという理由がある。アルシエルは蒼白な顔をこちらに向けたまま、答えない。

 裡にあるブラインド・ウォッチメイカーは……彼女はファティナの問いかけを聞いているのだろうか。


 ファティナと遼生は、正解に近づいているのだろうか。

 それとも、彼女の真意とは程遠いのだろうか。


「どうしてもDNAをベースとした生命体に固執するのは、ブラインド・ウォッチメイカーが……DNAにしか憑依できないからですか?」


 遼生が重要な“縛り”に気がついた。勘のよい子だ。


「すべての試みは人類を“絶対不及者”に近づけるために、行われているのでしょうか」


 人を神に近づけ、やがては絶対不及者へと近づけることが、彼女の野望だとしたら――。

全てが憶測にすぎないというのに、遼生とファティナは泥濘の中に沈んでいた最適解こたえに触れたような気がした。

 泥は固まり、やがて形となりはじめていた。

 時計職人は彼女の理想とする究極の生命体の中に宿って、生を体験することを目指している。

 解階は高度に進化を遂げた生命を創出しながら、時計職人の理想には近付かなかった。

 解階の住民は彼女の望んだ、“神”となることができなかった。


「彼女は、生きたいのでしょうか」


 ふと、遼生は意味不明な事を言った。時計職人は生き続けること、あるいは命を潰えて死ぬこと。

 どちらを望んでいるのだろうかと。

 生きたいと願うことは罪ではなかった筈だ。

 ただし他者を貪り尽くして生き続けたいと願うことは、罪だ。

 終わりのない生命はもはや、生きてなどいない。


「永遠なんて、つまらないでしょうね」


 吐き捨てるようにそう呟いた彼の神体からは、そのアトモスフィアが深みを増して碧く迸っていた。

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