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【完結済】INVISIBLE-インヴィジブル-(EP1)  作者: 高山 理図
第一節  The mystery of INVISIBLE and the story of Ground Zero
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第1節 第18話 The DEATH, 織図 継嗣

 恒は玄関に立ちふさがったまま頑として譲らず、彼を一歩も家の中に入らせようとはしなかった。

 彼は相変わらず吸い込まれそうな黒い瞳で、瞬きもせず見下ろしている。

 恒を見下ろしているが、ピントが合っていない。

 焦点も虚ろだ。

 視覚障害を持った死神……それでも、恒の家を突き止めてやってきたのだから大したものだ。

 それにしてもここに、何をしにきたのだろう。

 恒の想像力では一つしか思い当たらなかった。


「織図 継嗣様、俺か、母を迎えに来られたのですか?」

「迎え? 何の迎えだ?」

「あなたは死神です、ならば迎えというと一つしか」

「死神ってのは、命を取りにこなきゃいけないもんなのか? 大体死神は、無意味に人の命などとったりはしない。お前もあの口か? なんとかノートの見すぎか? 言っとくが俺は、名前を書けば人が殺せるノートなんて持ってないからな。人の命をとらなかったからといって、死神大王に怒られるようなことは、ない!」


 ユーモアのある死神だな、と恒は噴きだした。

 彼が言っているのは、巷で流行っているらしい漫画のことだろう。

 恒はそもそも漫画など読んだ事がないが、巧がはまっている。

 生物階のサブカルチャー事情にも詳しいようだ。


「ごめんなさい、勘違いでした」

「わかればよろしい」

「荻号様の頼み、と仰っていましたが……」

「頼まれたのも、今日の今日の話だしな。荻号さんが言うには、とりあえずお前さんと会って、神として一人前にしてやってくれ、だとよ」

「神として、一人前に?」


 日本語がおかしい。

 神として一人前? 

 一神前という言葉がないので仕方がないのだろうが。

 フランクな性格は、陰階神だからなのか。

 生真面目な陽階神のユージーンしか、恒の思いつく陽階神の例はないが、荻号といい、織図といい、そんな傾向がありそうだ。


「そう、一人前にだ。まったく、昔からあのヒトの考えている事といったら、突拍子もない事ばかりだ。俺だって結構、忙しくしてるんだぜ? それがどうしてお前さんみたいな子供に、こんなしち面倒くさい事をしなきゃならん」

「どうしてこんな時に、そんな事を……?」

「荻号さんは最低でも、お前さんにマインドギャップを習得してほしいらしい」


 マインドギャップのことは知っていた。

 神々の行う読心術と、それに対する防御術。

 神々は日常的にマインドブレイク(心層看破術)を行っていて、マインドギャップのない相手の思考を看破できる。

 マインドギャップとは、思考看破をさせないための心の防御壁だ。

 荻号はこんな一大事に、何を考えているのだろう? 

 そろそろ、ユージーンが命がけで取ってきたG-CAMのデータを解析した頃だろう。

 その答えが、これなのか? 

 恒と織図がしようとしている事は、家が火事だというのに黙々と家にこもって、煙に巻かれながら筋トレをしはじめるようなものだ。

 世界一の智力を持つとされる荻号が、たまらなく間抜けに見える。


「今、荻号さんのこと間抜けだと思ったな」

「あっ!」

「俺もそれは賛成だ。まあこういう具合に、お前の心の中は俺に丸見えだ。お前が今何を考えているのか、今日何を食べたのかだって分かるぜ。こういう無防備な状態から、まあ早い話、服を着ろ。全裸で歩くな」

「全裸じゃないです!」

「心が全裸なんだよ。お前、極陽の息子だろ。荻号さんがそう言ってたぞ」

「え! そ、そうみたいです」


 恒はもう素直に認めるしかなかった。

 芋づる式に看破される。もうどうにでもしてくれという気分だ。

 荻号はきっと最初に出会った時から何もかも見抜いていて、それで興味を持って接触していただけだ。

 間抜けだと思ってしまって申し訳なかったが、あの神は抜かりがない。


「その事と、何か関係があるんじゃないか? 荻号さんがお前に作れと要求してきたマインドギャップの数は10層だ。これってのは、極陽のそれと同じなんだよ」

「極陽と同じだけの、心の壁を……?」

「ま、筋金入りの引きこもりになれってこった」


 織図はけらけらと笑うが、彼自身のマインドギャップは5層だという。

 自分だってできていないくせによくそんなことが言えるな、と恒は納得がいかない。


「読心術の原理はどうなってるんですか? それが分からないと、防御のしようもありません」


 その時、恒がなかなか帰ってこないので、奥の方から心配した志帆梨が出てきた。

 彼女は織図の姿を見て、ぎょっとして立ちすくんでいた。

 彼は見るからに怪しい黒いローブを纏って、しかも人種からして違う。

 彼女は黒人を(実際は黒人ではないのだが)、初めて見たのだ。

 織図はへこりとお辞儀をして、淡い光環のついたドレッドの頭を下げた。


「こんばんは、奥さん。怪しい者じゃござんせん」

「母さん、この方も神様なんだ」


 母親は頷きながらもまだ怯えているので、織図はちょっと失礼、といって玄関から出て、すぐにまた玄関を開けて入ってきた。

 何時の間に着替えたのだろうか、黒い聖衣を脱ぎ、真っ白のジャケットとパンツの私服で現代風の装いでやってきた。

 母親はようやく生きた心地がして、片手を差し出す織図と握手をすることができた。


「恒の母です。息子がお世話になります」


 お世話になります、と言ってしまったが、本当はお世話になりたくなどなかった。

 恒にはま人間になってほしい、それなのに早速神様がやってきて、恒をどうするつもりなのだろう? 

 まさか恒を連れにきたのではあるまいな、と疑いの目を向けてしまう。


「とりあえず、お上がり下さい。こんなあばら家ですが」

「は、では遠慮なく」


 蚊が入ってきたので、このままもたもたとここに突っ立っていてドアを開けておくこともないな、と恒も思った。

 蚊取り線香を玄関口でたいて、恒は織図を中に招き入れた。

 玄関扉を閉めたとき、織図は恒を守るように背中側に隠して、どこから出したのか分からない巨大な物体を取り出し、玄関扉に向けた。

 それは枠の中に収められた、縮小版ギロチンのような物体だった。

 状況から考えると、織図の固有の神具、死神の鎌といったものなのだろう。

 青く輝く切れ味の鋭そうな刃先が、的確に外の人影に向けられている。


 織図は目が見えない分、気配には敏感なのかもしれない。

 その人影はいつ現われたのだろう、恒は母親を振り返った。

 既に居間の方に茶を準備しに行ったようだった。

 とりあえず、この光景を母親に見られなくてよかった。

 病弱な彼女ならば血圧が急に下がるか上がるかで、倒れてしまっただろう。

 一体何がいるというのだろう、恒は織図の影から、首を出した。

 それを織図はぐいっとまた背中に押し戻す。


「おい、いるのは分かっているんだぜ。解階の住民。俺と一戦やりにきたのなら……後悔する事になるぞ」


 解階の住民、そう聞いて、恒はあっと思った。

 メファイストフェレスじゃないのか、そう思って声を出そうとしたが、織図は恒の口を押さえた。

 もごもごと口ごもる。

 そうこうしているうちに、勢いよく玄関扉が開いた。

 威風堂々と、メファイストフェレスの登場だ。

 これは大変な事になる! 恒は織図の腕から逃れようともがいた。


「そっちこそ、命は惜しくないんでしょうね?」

「残念だったな。俺は普通の神とはちょっと違ってね、手こずる事になると思うぜ?」

「やめてください!」


 恒はなんとか織図の怪力を振り払って、織図と彼女の間に立った。

 マクシミニマが戦闘モードになって、赤黒い光を放っている。

 織図の持つ大鎌が、頭の上を掠めている。

 死神と魔女の世紀の一戦、見てみたい気もするが、フィクションの世界でやってほしい。

 ここは古いしガタガタだとはいえ、愛着のある我が家だ。


「どきなさい、恒」

「織図様も、メファイストさんもやめてください」

「メファイスト、お前、魔女メファイストフェレスか? ユージーンに殺された筈じゃ……」

「もうやめてください! 今はこんな事をしている場合じゃありません、それにここは、俺の家です! やるんなら外に行って下さい!」


 恒の必死の言葉に、ふたりはしぶしぶ互いの得物を収めた。

 織図が先制をしかけたのは、間違いではなかった。

 解階の住民は基本的に、神々に無関心だ。

 それがわざわざ近づいてきたのだから、一戦やりあおうとしているのだ、と織図が思ったのも無理もない。

 メファイストフェレスは相手が神具を抜いているのだから、丸腰ではいられない。

 恒が止めなければ既にこの辺り一帯は黒こげだ。


「まったく、ユージーンの詰めの甘さは神階一だ。腕に展戦輪(Circle Of War)の御璽など入れて、すっかり奴の飼い犬か。おい、これは法務局に連絡しておいていいんだろうな?」

「おかげさまで、どうも。軍神下第0位使徒として奉職しているわ。法務局に密告するなら、ぶち殺すわよ。それに、陰陽階全神はこの村に介入禁止の筈だけど? あらやだ、法律違反?」

「あいにく、俺は法令適用外なの、わかる?」

「ふたりとも、そこで罵り合うか、奥でお茶を飲むか、どっちがいいんです」

「そりゃ、勿論、お茶を飲むわ」

「おじゃまします」


 お茶を出すというと神でも魔女でも人間でも、おとなしくなるものなのだな、と恒は最近心得てきた。

 我が家にこんなにキャラの濃いのが、ふたりも! 

 恒はユージーンの帰りが待ち遠しかった。

 しかし、何日かは分からないが、彼がしばらくこの村に帰ってくる事はない。

 恒は少し鼻の奥からじんわりときた熱いものを、しゅんと鼻をすすって、無理にまた奥に押し込んだ。



 ゲイル=リンクスワイラーは、刑場に吊るされたユージーンを見上げていた。

 まだ1日目も終わっていないのだが、既に彼の神体は血まみれだ。

 10時間の電気地獄の後は、古典的な鞭打ちだ。

 それも普通の鞭ではない。

 刃物が埋め込まれた鞭で、何千回も打ちのめす。

 最初は強固なフィジカルギャップがあるので傷つかないが、千回を超える頃にはようやく神体に傷が入る。

 皮膚を刃物が縦横無尽に切りつけてゆく。

 うめき声の一つも上げそうなものなのに、彼はまだ一声もあげてはいない。

 意識を失っているのかと脳波を監視するが、静かに苦痛に耐えている。


 ゲイルは神のみならず、使徒も裁いてきた。

 身体刑を選んだ使徒はあまりの苦痛に耐えられず、懲役刑に変更してくれと懇願するものが続出した。

 身体刑に耐えられないと判断した場合は仕方なく懲役刑に変更となる。

 位神も身体刑を受けた者がいたが、なんとか最後まで耐えたものの、狂ったように声を上げ、泣き叫ばない者はなかった。

 それほど残酷な刑罰だ。


 彼の受刑の様子は、明らかに他の神々とは一線を画していた。

 まるで荻号を処刑しているかのように、刑場は静かだ。

 もっとも、罪を重ねる事が常連だった荻号は神経ブロック、つまり神経切断をして苦痛から逃れていた。

 神経が切れているのだから、苦痛を与える事はできない。

 そんな卑怯な手を使っているわけではないのに、彼の受刑態度は尊敬に値する。


 ゲイルは刑場の見える監視部屋から、書くべきか迷っていた書類に、たっぷりとインクをつけた羽根ペンを走らせ始めた。

 優良受刑者、減刑のための嘆願書だ。

 ユージーンの受刑態度は称賛に値する。

 法務局の古参の判事たちはこの光景を見ていないから分からないだろうが、彼にはこのたびの犯罪を行うにあたり、強い信念があったに違いない。

 決して衝動的な犯行ではなかったのだと、ゲイルは気づかされたのだ。

 彼にはなすべき事があって、社会復帰に向けての意欲が、この過酷な刑罰に彼自身を臨ませている。

 ゲイルがこの書類を書くことになるのははじめてだ。

 減刑の嘆願が聞き届けられれば、刑期は1/3、つまり16日前後になる。

 この特例措置は、神々や使徒には明かされていない。

 刑期の減少を狙って、わざとに受刑態度をよくする者が出てくる可能性があるからだ。


「ただごとではあるまい」


 冷徹な法の守護者、監察官ゲイル=リンクスワイラーは書類を書き上げると、血判をついた。

 この書類は、受刑後一週間を経ないと提出できない。

 受刑態度は1日や2日で判断できるものではないからだ。

 しかしゲイルは、一週間後もユージーンが同じような姿勢で刑に臨んでいると信じて疑わなかった。

 ゲイルは血飛沫の飛ぶ刑場で嬉々として鞭を振るう執行官に冷や水をかけるかのように、輸血と処置の指示をした。

 これ以上の失血は意識レベルが低下する、手当てをし、輸血をしてからまた刑を執行する。

 なんという残酷な刑罰だろう……しかしそれでも、これがゲイルの仕事だ。


「やはりあなたは、誰かににている……誰なのだろう?」


 ゲイルにはまだわからない。



 石沢 朱音はバレエのレッスンから帰って遅い夕食を食べ、”渡る世間に鬼ばかり”を大笑いしながら見終えると、自分の部屋で宿題を済ませ、就寝前にネットサーフィンをしていた。

 パソコンをそのままにベッドにごろんと転がって、ぴんと足を伸ばしてつま先をきゅと曲げる。

 今日のバレエ教室の復習を家でも怠らない。

 両腕で腰を支えて両足をあげたとき、ベッドに押し付けた背中からごりっと音がしたような気がした。

 それは僅かだったが、明らかな違和感があった。

 あれ、……と思いながらゆっくりと足を下ろす。

 柔らかな関節は、背中にまで指が届く。

 朱音は腰の下から腕を廻し、指先で背中をまさぐった。

 ピンク色のパジャマの下から、そっと背中に手を伸ばす。


「えっ!」


 薄い皮膚の下には小さな骨が肩甲骨の付け根から出っ張って、指に触れていた。



 志帆梨は入ってきた客がいつの間にか一人増えている事に気づいたが、何も言わずお茶の用意をした。

 同席して話を聞いていいものかどうかわからない。


「私は、席を外した方がよろしいでしょうか」

「いや、奥さん、あなたの旦那と息子の事ですから、あなたにもご同席願います」

「私、夫を持った記憶はありません」

「そうでしょうね。極陽、新未黎明さんは一歩だって神階から出ていないはずですからな。あなたと関係を持つ事も、ありえないというわけです」

「では、夫だなんて……」

「創造神というのは、生命を作り出す事もできるわけです。……こういうとミステリアスですが、実際は遺伝子技術により妊娠させられたのでしょうな」

「じゃあ、俺は作られたという事ですか?」

「作られた子、そうだな。極陽に、いいように設計されたというべきだな。極陽はおそらく、自分の生体情報を元に恒、お前の設計を行い、奥さん、あなたの遺伝子と融合させて半神の子を作った。こういったところでしょうな」


 極陽の生体情報をベースに、神階のクローン技術で創られた。

 自分が人工的に造られた存在だったなど受け入れられるものではない。

 更にいうなら、極陽の生体情報といったって、核酸がないとのことなのに、どうやって遺伝情報を志帆梨のそれと融合させるというのか。

 そんな説明では恒は納得できなかった。

 一方、志帆梨はクローンなどの話についていけず、黙ってきょろきょろとそれぞれの顔を見渡し、最後に織図に視線を定めた。


「一つ、お聞きしても」

「ああ奥さん、もちろんだ」

「どうして私が、選ばれたのですか?」

「あなたが運悪く、この村にお住まいだったからでしょう。で、妊娠に適した年齢だった。この村に神の子を産み落とす事が、彼の目的だったからです」


 織図は志帆梨の気持ちを慮りながら、低い声で真面目にそう告げた。

 要するに志帆梨が選ばれたのはただの偶然だ。

 天上から地上を見下ろしていた最高位神に、見初められたというようなロマンチックな話ではなかった。

 現実は非情だ。

 極陽が恒に何をさせるつもりだったのかまでは分からないのだろうが、恒はそれだけでも十分に腹が立つ。家にはクーラーもないからだが、手の内がじっとりと汗ばんでくる。

 ふと指先が冷たいものに触れた。

 志帆梨の白い指先だ。

 恒は冷たくなってゆく母親の手を握りしめながら、織図に問いかけた。


「それは、本当なんですか?」

「荻号さんがそう言ってるからな」

「だったら、間違いかもしれないんですね?」

「そりゃ、ないだろうな。なにせ、神ってのは子作りをして誕生する事ができない生物なんだ」

「え?」


 志帆梨と恒は同時に声を上げ、首をかしげた。


「俺達神は、生まれることができないんだよ。お前さんほど出自がはっきりしてるって事は、誰かに創られたって証拠なんだ」

「じゃあ、あなたはどうやって生まれたんですか?」

「わからんね」


 織図は自分がとんでもなく愚かしい事を言っていると、気づいていないのだろうか。

 恒は耳を疑った。

 恒ばかりではない、志帆梨も、メファイストフェレスもだ。


「え! 神階にいる神様達、どうやって生まれたんですか?」

「まあそれが最大の謎でな。神の出生の瞬間を、誰も見たものはいないんだよ」

「じゃあ、何ですか? ある日突然キノコが生えるみたいに、ぽこっと現われるもんなんですか? 何もないところから湧いて出るってことですか」

「それに近いものがあるな」

「お前達、全員馬鹿の寄せあつめなの!?」


 黙って聞いていたメファイストフェレスも、あいた口が塞がらないというか窄まってしまったようだ。


「どうやって生まれたか、わからない?」


 それで納得しているのか、神々は……。

 恒に人間の血が入っているからなのかもしれないが、人間というものは自分のルーツが気になるものだ、と思う。だから考古学が発達した訳で、家系図が畳の端から端までつらつらと何代にもわたって書かれるわけだ。

 進化論だって自分のルーツを知りたいという、そういう発想からうまれた学問だ。

 自分の親が分からなければ、テレビにだって出て全国的に大捜索をしてもらう、これが人間の本質だ。

 自分がどのような系統をたどって生まれたかという事は、人間なら誰でも気になること、これがよりによって神々が全く気にならないなんて変だ。

 しかも何代も前の話をしているのではない、神々自身の出生の事だ。

 恒がADAMを介して垣間見た神階の科学力は凄まじかった、あれほどの科学力を持っていながら何故気にしないのか? 

 調べる術がないとは言わせない。


「しいて言えば、橋の下で赤子が棄てられてるのが突然見つかるって感じだな。どこかで生まれるんだろうが、その瞬間を見た者は誰もいないのさ。棄てられているのが、神階で発見される。俺も一回見た事あるぜ、執務室の中に、神の赤子がぽんと置かれていた。執務室は密室なのにな、不思議な話だ」

「いや、不思議な話だ、じゃなくって! そこ! そこが気にならないんですか!? 誰が赤子を、置きに来るんですか?」


 何故神々はもっとその点を必死になって追求しないのだろう。

 そこに重要な、根本的な謎が隠されているような気がする。

 恒はまだ、自分の父親と母親がはっきりわかっていてましだと思った。

 自分はまだ幸せだ。

 母親がいるし、……でも神々は、誰が父親なのか母親なのかも分からないままに育つという事だ。

 親も兄弟も親戚もいない、他者ばかりの世界。

 それはさぞかし悲しい世界だろう。


「誰が置きに来るか? 考えた事もなかったな」

「どうして! 俺ならまずそこが気になります!」

「さあなあ、誰も気にしないからな」

「誰が赤子を置きに来るのか、それを気にしてはならないというような暗示でもかかっているんじゃないの? 誕生の瞬間がわからないだなんてそんなの、生物だなんて言わないわ」

「じゃあ、俺らは何だ? ん?」


 メファイストフェレスがまた織図にくってかかろうとするが、今回ばかりは恒も同じ気持ちだ。

 自分が誰からどうやって生まれたのかを、その何百年か知らない生涯のうちで、一度でも気にした事もなかったのかと。

 神々は怖ろしく賢明だが、肝心なところが間抜けだ。

 神はどうやって生まれて、何のために生きているのだろう?


 脱線をしているようにも思えるこの問いかけ、これもまた謎をつなぐひとつのキーワードだ。神はいつから存在していて、生物階の管理者のような事をしはじめたのか。違う宇宙空間に漂う生物階を、何故執拗に観察し続け、介入し続けてきたのかにも繋がってくる。自分達の住んでいる世界を棚上げにして、生物階に夢中になっている。神は生き物なのか? それとも……システムなのか。


「神様だって、誰かに造られたんじゃないんですか?」


 藤堂家に、なんともいえない空気がながれはじめた。


「あなた方は、最も見落としてはならない問題を、見落とし続けてきた。まるでそれを見落とさなくてはならないと、誰かに強いられているかのように。何故あなたがたは神として、生物階に姿を現し、そしてまるで創造主のように振舞ってこなければならなかったんですか? ご自分の出生すら、分かっていないのに」

「盲目の時計職人、つまりINVISIBLEが、存在するからだろうな。この世界の現象を、偶然を装って自分の思うままにくみ上げてゆく、一見盲目のように見えながら緻密に意図された意思が、働いているからだよ」


 彼は一言だけそう答えた。


「ブラインド・ウォッチメイカーの支配から、逃れることはできないんですか? そしてどうしてあなたは、INVISIBLEのことをブラインド・ウォッチメイカーというんですか?」

「何故時計職人と言うかって? INVISIBLEというのは、偶然とか確率によって世界を創り上げたものであって、そこには意思などないというのが定説だ。それは人間社会でも物理学では定説だろ? お前らはビッグバンだとか、好き勝手言ってるが。でも、荻号さんは違うんだよ。INVISIBLEは意思を持っていると信じている。ある目的があって世界を創り上げたんだと。INVISIBLEは姿が見えないから、まるで盲目の時計職人が時計を作り上げてゆくかのように、全ての物事があるひとつの美しい形に収斂してゆくように見える。人がどうやって進化をしてきたかを考えてみろ、偶然と時間、自然淘汰のみで、こんなに複雑な形になるか? 無理だ。この世界にある全てのものは、ブラインド・ウォッチメイカーの意思のもとにあるんだと、荻号さんはそう思っているわけさ。それで漠然として何の意思ももたない偶然にして原始の力、INVISIBLEとは区別して、盲目の時計職人と言っている。ある生物学者の言葉を借りてるんだろうな」


 神も人も、解階の住民でさえも、緻密にデザインされたあるひとつの形に、向かわざるをえなかったのではないか……。

 メファイストフェレスは、ようやく戦うべき相手が誰なのか、分かったような気がした。


 それは決して本質の見えない、世界の創世者だ。


盲目を視覚障害に変更。

「盲目の時計職人」は著書名なので変更できません。

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