第2節 第34話 The ATLAS Project
夜刈 伝とレディラム・アンリニアの二柱はゲートによって生物階降下直後、原因不明の重力異常を察知した。
恒と遼生の場合は飛翔術と転移術が封じられたことでアメリカ空軍のステルス戦闘機まで持ち出して難儀したものだが、彼らにとって少々の異変は問題ない。
レディラムは夜刈を巻き込んで神体を軽量化し一度宇宙空間に飛び出して実体化後、地球を周回していた気象衛星と思われる人工衛星に飛び乗り、グラウンド・ゼロめがけ鮮やかに落ちてきた。
要は目的地に到着すればいいという発想だ。
グラウンド・ゼロと思しき場所の上空には、彼ら二柱の初めて目撃する特務省がその巨躯を晒している。
夜刈は落下しながらスピードを緩めるために局所的に時間を遅らせ、特務省の傍らをするりと通り過ぎ、途中でファティナのアトモスフィアを感じたのでそこをめがけて落下する。
彼らはいともたやすく地上へのソフトランディングに成功した。鮮やかな手並みだ。
「何がどうなったんだ」
夜刈は、荒れた空き地に取り残され、呆然と空を見上げていたファティナに訊ねた。
「たった今です……消えました。彼女も、この家も」
荻号の起居していた庭付きの借家は、ファティナを残して煙のようにその場から消え去っていた。
更地になった敷地だけがそこに残っている。
名残といえば庭と思しき場所に、薬草がわずかに生え残っているばかりだ。
二柱は本当にここに家があったのか、と聞いてしまいそうになった。
「ですが、あれだけはまだ……」
彼女の瞳は焦点が定まっておらず、あてどなく上空を見上げている。
ファティナの視線につられて夜刈もゴーグル型解析装置を外し視線を上げる。
ファティナは震える指で空を示し、彼らは恐怖の徴を目撃した。
それは眩い黄金の光によって編まれた鍵と鍵穴の、スティグマの構成……。
鍵のモチーフは鍵穴のモチーフに刺さり開錠されているように見えた。
ただスティグマは空中にぺたりと誰かに貼り付けられたように、宙に浮いて静かにその時を待っている。
誰も完全なスティグマを見たことがないが、鍵と鍵穴のモチーフとしての伝承からすると、そうとしか見えない。
それが、ホログラフのように浮遊しているのだ。
これが非常にまずい状態だというのはよくわかる。
「あれはいったい、何なのかね? 鍵はあいたのかい?」
レディラムが尋ねても誰も答えられないので、フードつきコートのようになっている彼の白い聖衣の長い裾をたくりあげて間が悪そうな顔をする。
有害な光線と電磁波を遮蔽することに特化した彼の聖衣は特務省の白い制服とよく似ていて、一見すると特務省職員と見間違えるほどだ。
重い沈黙が流れた挙句、律儀にファティナが応じた。
「スティグマが彼女の神体から剥がれました。仰るように、鍵が外れたようです」
スティグマは三次元上に投影され、彼女の神体だけが消えてしまった。
彼女や家ばかりでなくフラーレンの結界も消え失せていることから、結界が破られたことだけは間違いない。
レイア・メーテールのバイタルコードも無用のものとなったか。
レイアがこの世界から消えてしまってはもはや、どうしようもない。
この瞬間から、以後レイアに一切干渉不能となった。否応もなくだ。
「どうだろう。はじまるのかね、INVISIBLEの収束が」
レディラムは思いきって、その場にいた誰もがうすうす感じているに違いないのに敢えて口に出さないことを、訊ねてみた。
他者とのコミュニケーションを極力避けて淡々と任務をこなすレディラムは駆け引きや空気を読むのが苦手なタイプだ。
一方の夜刈はそれなりに年齢もいって落ち着きも分別もあり、拙速な結論を嫌う。
ファティナは夜刈に輪をかけて慎重で、確固たるデータがなければ先に結論を口にしない。
しかし慎重な二柱でも、INVISIBLEの収束の兆候ではないかという意見でまとまりつつあった。
「聞いていたのより随分はやくないか? 何が原因だったんだ?」
夜刈は平常心を取り戻そうと皮のジャンパーのポケットから煙草を取り出し、ついでに懐中時計型神具ORACLEをまじまじと見て、いつもの癖で文字盤をさすった。
時計の針はINVISIBLE収束までの期間を残り184日とカウントしている。
今から収束が始まるとすると、予定より半年も早いのだ。
荻号と比企、加えてファティナの計算が揃いも揃って間違っていたということなのだろうか。
微妙な雰囲気になったところで、気を紛らわせるかのように彼らの端末にほぼ同時にメールが着信した。
彼らは緊急連絡メールの内容を読んだが、また混乱して沈黙してしまった。
立て続けに起こるこれらの異常事態は既に彼らの理解をとうに超えていたからだ。
「収束はもう始まっているとみるべきだな。俺はてっきりもっと瞬間的に起こるもんだと思っていたから、漸進的だとは思わなかった」
夜刈はバトルアナライザーを兼ねた濃藍色のゴーグルをかけ直しながら、低い声で唸る。
彼の生物階にほど近い場所に現われた、重力シュバルツシルト半径(rg) = 69000kmを成し成長し続ける4-D スーパーマッシヴ・ブラックホール。
これがINVISIBLEの収束の契機になっているのだろうか。
夜刈は時間操作系神具ORACLEを用いて局所的に時間を遅らせることができる。
地震、津波、火山の噴火など、生物階が天災に見舞われた際に人々が避難するための時間を確保するために、時間遅延が行われる。
そういうわけで、宇宙規模で起こる災害には対処できない。100A.U.(天文単位:1A.U.は地球の公転周期の半径)を超えてのブラックホールではさすがにスケールが大きすぎて手に余る。
ブラックホールの成長スピードを遅らせることは、時空間を大規模に矯正する相転星でなければ不可能だ。
「それならますます、俺らは荻号さんと特務省を仲裁して、相転星でこのブラックホールを何とかしてもらわないと」
神々の間で内輪もめなどしている場合ではない。
「だがね……ブラックホールにしてはガンマ線も強大な電磁波も観測されなかった。変だぞ。荻号さんの術痕じゃないのか」
レディラムは現実的な感想を述べている。
人為的に創られたものだと示すように、ブラックホールが造られるときに起こるとされるガンマ線バーストなどを、レディラムが捉えていない。
光神 レディラム・アンリニアの主な仕事は、宇宙から生物階に降り注ぐ強烈な光線や電磁波、放射線から生物階を庇護し環境を一定に保つことだ。生物階近圏における宇宙線の総被爆量を、8200台もの小型観測衛星によってシステマティックに観測することだ。
太陽フレアなどの異常が起こればただちにそれを磁気シールドで緩衝し生物階を守るのが彼の役目でもある。
彼は視神経に衛星からの受信機を埋め込んでおり、寝ても醒めても彼の視野の左上には常に最新の宇宙線、放射線、宇宙背景輻射、宇宙定数などの観測データが表示され続ける。
リアルタイムに宇宙を駆け巡る線量の挙動を観測しているがために、慢性的な不眠症になっているのは職業病だ。
光の挙動を知り尽くす彼が言う。天然のブラックホールにしては不自然だと。
しかし逆に考えれば荻号の創り出したブラックホールであって、彼の管理下にあるなら何ら危険ではないというわけだ。
「そうですね、FomalhautからProcyonの近傍まで、コズミック・ストリング(宇宙ひも)による時空間歪曲がみられます。これは荻号様以外にありえませ……!?」
ファティナもにこやかにレディラムの見解を支持しかけたところで、彼女ははっと何かを思いついたように口元をおさえた。
現時点において神階で、時空の歪みという物理現象、すなわちコズミックストリングを自在に使えるのは荻号だけだ。
相転星という神具は元来宇宙空間、そして時空の相転移を司る神具であって、かつてはINVISIBLEのものだったということがはっきりしている。
時空の欠陥であり、超エネルギーと質量を有する宇宙ひも(Cosmic String)の挙動を相転星で操ることによって真空から巨大なエネルギーを抽出したり、局所的に時間の巻き戻しや早送りも可能とする。
荻号 要は相転星の性能を余すところなく引き出し、時間軸をも支配し圧倒的な権限を持っていた。
だがその業はノーボディのオリジナルではなくINVISIBLEの力に与っている。
荻号 要が比企に木端微塵に粉砕された状態からほどなく再生することができたのも、あらかじめ相転星に宇宙ひもの振る舞いをプログラムし荻号の存在する時間を負の方向に裂いたからだ。そういうからくりで、荻号が元素崩壊に見舞われた直後、自動的に時間軸が巻き戻り彼は元素すら砕かれた状態から再生を果たした。
時間軸を支配する相転星は宇宙ひもを操ることによって究極のところタイムトラベルすら可能とするが、時間を広範囲に操る秘術は相転星にしか許されておらず、また相転星は荻号クラスのポテンシャルエネルギーを持っていなければ駆動できない厄介な代物だ。しかしファティナは、相転星によってしかなしえないコズミックストリングの使用というウルトラC難度の業が、相転星によるものではないことを知っている。
相転星は壊れていて荻号の借家に無造作に置き忘れられていたというアリバイがあるのだ。だからといって決して、フラーレン C60の術痕などではない。
フラーレン C60は空間を削るが、時間軸にまで干渉はできないからだ。
ファティナは頭痛がしてきた。INVISIBLEが偶然を装って、荻号の仕業にみせかけてブラックホールの形成に介入したのではないかという疑いが一気に浮上してきたからだ。
追い討ちをかけるように、ファティナの手帳型準神具P≠NPの自動筆記ペンが勝手に彼女のポケットから飛び出し、数十ページにもわたりP≠NPに情報を書き付ける。
彼女は表情を曇らせながら、羽ペンがせわしく手帳の上を往復する様子を見守るしかなかった。
智神リジー・ノーチェスによって彼女の神具であり大規模情報収集機構である不空羂索網を介して収集されたデータがヘクス・カリキュレーション・フィールド上のサーバに大量にアップロードされたので、情報が神具から転送されてきたようだ。
智神(The Knowledge)―情報神(The Informatia)―数学神(Mathematica)―闇神(The Cosmos)を中心に、ありとあらゆる情報を結ぶ神階の危機管理のための一大情報共有システムが稼動をはじめた。
そうやってリジーが全ネットワークに最新の情報をアップロードしたということは同時に、リジーがファティナや各方面に何か複雑な計算、あるいは分析、見解を要求しているということだ。
ファティナは大量に情報の詰め込まれたP≠NPのページを繰って、慌ててリジーがアップロードした情報を精査する。
リジーが最優先ランクをつけてアップロードした不空羂索網のレコードは、荻号の最期を克明に記録していた。
自動筆記ペンが手帳の上に5cm平方大のウインドウを作っていたのでそれを指先でダブルクリックすると、P≠NP上で高画質の動画が再生される。
先ほどまでファティナと共にいて特務省に攻め込んだ荻号が……地球から離れた場所でバンダル・ワラカの神具によって対消滅した。
荻号の死がもたらしたものが、彼が死の直前に呼び出した得体の知れない四次元超大質量ブラックホール(4-D Super Massive Black Hall)だというのだ。
それは荻号の緻密な制御を失い、まさに暴走をはじめたところだった。
「どうやら……荻号様は崩じました」
「はあ!?」
夜刈は驚きのあまり煙草を噴き出した。
湿気た土の上の露に濡れて、煙草の火はすぐに消える。
「ちょ、待ち! 何でだ! 意味わからん!」
レディラムもあからさまに顔をしかめて滑稽な表情になった。あの、何度殺しても死なないような荻号が特務省にまんまとやられるとはどうしても思えない。
彼ら二柱がその訃報を否定したがっている様子なので、ファティナはP≠NPを彼らの方向に向けて掲げ持ち、再度ムービーを再生して現実を突きつける。
ああ、レイアが消えたのは荻号の崩御が原因か。ファティナは至極当然のことだと思い至った。荻号が崩ずると同時にレイアを閉じ込めていた結界が崩れ異次元に飛ばされてしまったか、空間の歪みの中に迷い込んでしまったのかもしれない。
導火線に火が付いた。
そして対象がブラックホールである以上、火を消すことはこの上なく困難となった。グラウンド・ゼロという地点がINVISIBLEの収束から逃れられないというのはそういう意味だったのか――ファティナはその点に理解が及んで、ファティナたちが取った行動全てがINVISIBLEの収束に繋がっていたのだと気付かされる。
レイアが織図の導きによって生物階に逃れ荻号に助けを求めたことも、特務省が生物階に乗り込んできたことも、荻号が彼女を結界中に閉じ込めたことも、そして荻号がブラックホールを残したまま対消滅で崩御したことさえ、INVISIBLEには計算し尽されていたのではないか。
その証拠に、宇宙ひもの使用形跡が確認されており、INVISIBLEが二者間の戦闘に干渉していたという事実が如実に浮かび上がる。
しかし、スティグマのある場所は厳密にいうとグラウンド・ゼロではない。
首刈峠から少しずれている……グラウンド・ゼロとは関係のない座標で荻号を殺して、INVISIBLEは何がしたかったのだろう?
「なんでこうなったかねえ……。でも荻号さんが亡くなってもブラックホールは成長する。そのシュバルツシルト半径(事象の地平面)がGroud 0を飲み込んだ時に、INVISIBLEの収束が完成するんじゃないか? どうだ」
そう言ってレディラムはファティナに水を向けた。
「だが、ブラックホールと生物階との距離は9光年もあるんだぞ。そんなにすぐ直撃するような距離じゃない」
夜刈は慎重だ。ファティナは彼ら二柱の疑問に答えるため、ブラックホールの条件と環境をP≠NP上にインプットし、その期日を正確にはじき出した。
4-D スーパーマッシヴ・ブラックホールは通常の大質量ブラックホールとは異なる振る舞いをするので計算には細心の注意を払わなければならない。
「いいえ、事象の地平面には達しませんが、丁度185日後に生物階は破滅を迎えます」
4次元ブラックホールは周囲の星を飲み込みながら成長するばかりではない。
質量が高次元空間から無限に流れ込んでくるというところに最大の特徴がある。
見かけの大きさに騙されてはならなかった。
「どゆこと? スティグマが降着円盤にトラップされる日がX-デイと同じになるってこと?」
レディラムはファティナに疑問を投げかける。
「そうです。スティグマが事象の地平面に飲み込まれる前に、降着円盤、その日がINVISIBLEの収束日(X-day)とみてよいでしょう。この日を最後に、生物階の時間は終わります。終わるのです、時間が」
ファティナは時間の終焉を強調した。
ブラックホールは成長しながら回転し、その重力圏により周囲の星を崩壊させながら超速回転するディスク状の降着円盤を形成する。
生物階に4-D マッシヴ・ブラックホールの降着円盤が達すると、ブラックホールに実際に飲み込まれる前に、生物階は重力に押しつぶされて崩壊し、降着円盤の一部として取り込まれ星屑となる。
最後にはその星屑さえ、光すら抜け出せないブラックホールの事象の地平線に飲み込まれあとかたもなく消えてしまう(そのため事象の地平面の先は黒く見える)。
そして生物階が降着円盤に飲み込まれる日と、荻号 要の予測したX-デイはほぼ一致した。
INVISIBLEが収束しなくても荻号のせいで、その日、2011年6月24日、どのみち生物階は終わるのだ。
「やらかしてくれたな、荻号さん」
「まてよ? だとするとブラックホールの成長速度が、光速を上回ってるじゃないか!」
9光年の距離があるということは、光速度で成長しても9年かかるということだ。
ありえない、特殊相対性理論を無視した振る舞いだ。
夜刈は苛立ちをファティナに向けた。
「それが4次元超球体というものですよ。観測できる質量より遥かに巨大な質量が沸いて出るのです」
これだから、荻号はいかなる場合も本気で戦ってはならないと言われていたのだ。
彼が本気を出すと、宇宙規模での大異変が起こる。
異変で済めばいいようなもので、彼はどう考えても破壊神を名乗るべきだ。
「INVISIBLEがこんな形で収束するだなんて、誰が予見できたろう」
夜刈は心底参ったように呟いたが、何の足しにもならない。
よくよく、ファティナは思い起こしてみる。
荻号 要がユージーンのG-CAMを持ってヘクス・カリキュレーション・フィールドに現れたあの日。
あの中に詰まっていたデータはユージーンがグラウンド・ゼロから収集したものだ。
荻号はそのデータを解析して、計算によって波動関数の収束日を弾き出したに過ぎなかった。
荻号はX-デイを特定し神階に警鐘を鳴らしたが、情報を持っていたのは荻号ではない、知っていたのは、そしてX-デイを決めたのはユージーンだ。
G-CAMに詰め込まれていたデータはX-デイを確実に予言していた。
彼がやはりINVISIBLEだとしたら、彼だけは……最初から全てを知っていたのだろうか。
“そして、どうしろと言いたかったのですか。あなたは――”
ファティナはスティグマの向こうを見据え虚空に問いかけた。
何のために彼は、二年半も前から三階にその刻を伝えたのだろう。
ただ黙って、破滅へ向かう様子を観察したかったわけではあるまい。
避難させるための時間を、与えてくれたのだと考えるのは楽観だろうか。
「あれ? おやおや……見ろよ、動いてる」
スティグマを眺めていたレディラムが眠たそうな目をこすって瞼をしばたかせた。
彼は目にかかる伸ばし放題の邪魔な黒髪を払いのけて、漆黒の双眸でスティグマを見守る。
つられて夜刈とファティナもスティグマと周囲の景色を対比させる。
見間違いではないらしい。
彼らはスティグマと正対していたので、彼らからスティグマが少しずつ遠ざかってゆく格好だ。
「……確かに動いていますね、スティグマが。どこにいくというのでしょう」
レディラムの言うよう、確かにスティグマは先ほどあった場所から動いていた。
少しずつ、しかし目に見えるスピードで。
彼らは自然とスティグマを追うようにして、さきほどまで荻号の借家だった空き地を乗り越え追従してゆく。
「ファティナ、さっきスティグマのあった座標と、今ある座標を教えてくれ」
ふと、スティグマを観察しながら歩んでいたレディラムがそんなことを言いだした。
「経度と緯度で、ですか?」
「いや、絶対座標で教えてくれ」
レディラムは何を思ったか、絶対座標を知りたがる。
夜刈もファティナもまだぴんとこない。
「偵察衛星にライブ画像でスティグマの位置と変化を記録させよう。スティグマはX-デイの時点で、グラウンド・ゼロにあるんだよな?」
「ああ」
夜刈も同意する。
レイア・メーテールはスティグマを宿したまま、グラウンド・ゼロに向かうことになるだろうと。
それは逃れられない運命的な力でグラウンド・ゼロに引き寄せられるものだと、荻号要は予言していた。
だから逆に考えると
「もしスティグマがここから動かないとしたら、グラウンド・ゼロはこの場所というか座標になる。これは多分、グラウンド・ゼロを示す目印だ。で、どうだいファティナ。スティグマの絶対座標は全然変わらないだろ?」
レディラムの言うとおり、スティグマの絶対座標はかわらなかった。
確信を得たレディラムは結論付け、歩みを止める。
スティグマは彼らからすっと遠ざかってゆく。
彼はメールで陽階外務局に連絡して、偵察衛星をファティナの示した絶対座標に一台寄越すよう手配した。
陽階神は生物階で任意の監視対象を定め偵察衛星に記録させることができた。
陽階神は監視衛星をわずらわしく思うことが殆どだが、こういうときには便利な代物だ。
「スティグマから遠ざかっていってるのは俺たちなのさ……いや。地球が、というべきだね」
「ということは……まさか」
レディラムに指摘されてファティナも気付く。
再計算すると荻号 要の予測したX-デイとぴたりと一致した。
先ほどはずれていたが、ファティナが何度条件を変えて試算してもその日にしかならない。
184日前ということは、ちょうど半年。
その時の地球の座標はどこだ!?
スティグマがレイアの神体から剥がれ絶対座標Aに固定された日が、INVISIBLE収束の1ヶ月前でも、3ヶ月前でもなく半年前ということは……半年後、地球は丁度絶対座標Aから太陽の真裏に位置するだろう。
地球の座標Bはスティグマから最も遠ざかる。
この状態が続けば184日後、AB間つまりスティグマから地球までの距離は概算で3億km。
スティグマが絶対座標から動かない限り太陽も銀河系中心であり8.154572 × 1036kgである超大質量ブラックホールの“いて座A”に向かって220km/sec動いているので、それを考慮すればもっと離れた場所になる。
スティグマを座標Aに置き去りにし、座標Bは太陽系とともにどんどん遠ざかってゆく。
スティグマは3億km+αの距離だけ地球と離れており、INVISIBLEの収束は地球から離れた場所で起こる。
その距離ぶんだけ、INVISIBLEは生物階を避難させてくれたのだろうか?
好意的にとらえてよいのかどうなのかファティナにはわからない。
問題はINVISIBLEの収束がどれくらいの時間継続し、その後どれだけの被災域を作りだすかにかかっている。
降着円盤が座標Aに到達してから座標Bに到達するまで、1日も猶予があるかどうかわからない。
それに、座標Aに到達した瞬間にNVISIBLEの収束が起こるかどうかすらわからない状況だ。
INVISIBLEは生物階を護るつもりがあるのかないのか、答えはINVISIBLEのみぞ知る。
「ところで、特務省とやりあってたんじゃないのか?」
夜刈はもっともなことに気付いた。
特務省からの攻撃の手は止んで、薄気味悪いほどに完全に沈黙している。
風岳村を何とか守り抜こうとその場を離れなかったファティナも段々とアトモスフィアが尽きてきて、長時間術を維持できそうにない。
彼女はP≠NPに特務省の外部からのドップラースキャンを命じ、アトモスフィアの分散解析を行わせた。
しかし特務省内部には、職員と思しきアトモスフィアの反応が殆どといってないのだ。
さきほどはあれだけ多くのアトモスフィアが密集して一触即発の空気を醸し出していたというのに!
考えにくいことだが、荻号が先ほどのようなえげつない手を使って皆殺しにでもしたのだろうか?
残っているもののうちひとつは、織図と思われるアトモスフィアの構成だ。織図が生き残っているのは、間違いなくバイタルロックをかけているからだ。
「これは大変です。内部にアトモスフィアが殆ど残っていません」
ファティナの分析を聞いた夜刈が膠着した空気を破るように口を開く。
「俺はちと、その特務省に行ってみようと思うんだが」
「いま、荻号様の例をごらんになって、特務省に挑んではならないとお分かりになったでしょう。どうして行こうとされるのですか」
ファティナは夜刈の向こう見ずさが信じられない。
内部にアトモスフィアを感じないといっても、あの荻号が殺害されたのだ、夜刈やレディラムが特務省に挑んでどうなるか目に見えている。
しかし夜刈には真っ当な理由があった。
「比企の勅令でな。荻号さんと特務省を仲裁してこいって話なんだ。荻号さんがいなくなっても、勅令はまだ生きている。俺もひとりじゃ、ちと心細い。あんたらも行かないか?」
夜刈が比企から受けた勅令は特務省と荻号の戦闘をやめさせろというものだった。
荻号が崩じたとしても夜刈はなお、上空に滞空している特務省内部に踏み入らなければならない。
特務省が荻号を殺害した経緯を調べなければならなかったからだ。
「俺はあんたの神経が信じられんよ」
レディラムは武型神だが慎重だ。荻号が崩じた今、無謀なことはしたくない。
しかし、INVISIBLEが収束しそうだというのに神々相手に怯んでいて何になるのか、という思いもあった。
「ただの様子見だ。それにいざって時には織図がいるから仲介を頼もう」
「どうなっても知らんぞ。ファティナは?」
レディラムは軽く助走をつけ、二柱はファティナの矯正空間に支えられ空に飛び立つ。
「私はしばらくスティグマを観察します」
「ああ、任せた。気をつけろよ」
夜刈は上空から彼女に手を振った。
ファティナは二柱が特務省の内部に入ってゆくのを見届けると、大規模矯正空間を解除し彼女自身を包囲するだけの局所的な展開を行った。
彼女の周囲を球体の緑色光をしたグリッドで囲い込む。
スティグマの周囲で何が起こるものか、見届けなければならないと思った。
*
その消滅ぶりたるや、見事なものだった。
だが、散りざまとしては最も不名誉だったといえる。
これほどあっけなくどこか白けた決着を、彼らは一度として見たことがない。
リジー・ノーチェスの神具は高解像度でかつ克明にその瞬間を記録していた。荻号 正鵠と特務省のバンダル・ワラカは相打ちとなって果てた。
この果し合いに限って相討ちとなったのはなぜだろう……リジーは不穏な気配を感じていた。
必ず勝者と敗者を決する勝負の世界において両者の存在の痕跡すら残さないほどの壮絶な最期とは。
数ある位神戦の記録のなかでもこのようなケースは一例もないといってよかった。
「始まりやがった……全て予定されていたことなのか」
そう言ったのは梶だ。
緻密に組み立てられた導線。
荻号がフラーレンを使ったのも、ブラックホールを呼び出したのも、相手が他の誰でもなくバンダル・ワラカだったことも。
相手がバンダルでなければ、荻号はきっとブラックホールなど呼び出そうともしなかった。
そしてブラックホールを呼び出したまま反物質に相殺されて殺された不可解も、信じられないほど稀な確率で起こる事件だ。
あたかも投げられたサイコロの目が決まるまでの、触れられない時間の中にいるようだ。
これでは、ただ見守っているのと変わらない。
サイコロを止めることができないなら、他のあらゆる手段を講じておくべきだったのに。
いま、三階は決して抜け出せない沼地に深く嵌まり込んでしまった。
こうなってはINVISIBLEに手繰り寄せられ、滅びの時を待つばかりとなる。
緊迫した執務室に巨大な気配が現れた。
誰あろう極陰にして破壊神、鐘遠 恵のお出ましだ。
「極陰……!」
ナターシャ・サンドラ、リジー・ノーチェスをはじめ、梶までもが立ち上がった。
築地と長瀬は陰階の長に見えて興奮を隠せない様子だ。
築地はどことなく極陰と長瀬はファッション的にも自己主張の強さでも同じ系統だと思うのだが、超がつくほどのミニスカートに白と紺を基調としたキャンペーンガールを思わせる大胆なデザインのボディラインを強調したタイトな聖衣。
彼女は二本の蒼い光の環を腰のあたりにまとわりつかせている。
「人々の避難を急がせろ」
極陰は転移後すぐ、開口一番誰にともなくきつく命じた。
破壊神という名を戴いていても鐘遠 恵は極陽と同じく陰陽階、あるいは生物階の平和維持を至上の使命としている。
「何をぐずぐずしている、全てのゲートを開くんだよ! 陰階の非常用ゲートを開けな! 陰階から入ろうが陽階から入ろうが構っていられるか。急げ、誰も残すな! 検問もあとだ。全員避難させろ、手遅れになるぞ! 比企は!?」
極陰はまくし立てると、比企がいないことを見咎めた。
「非常事態に留守をしている極陽など、いっそいない方がいい。何て危機管理能力のない司令塔だ」
どんな事態が起ころうが即座に対応できるように、極陽と極陰は伝統的に玉座を降りることが許されなかったのだ。
それを、むやみな法改正により極陽が自在に動けるようになったばかりに、どこをほっつき歩いているのか、申し開きができるものならしてみろと言いたいところだ。
『4Dブラックホールが、やがて地球を飲み込む……?』
科学者たちは極陰の出現はともかく、ブラックホールの出現に恐れ慄いている。
日夜ブラックホールの構造の解明に勤しんでいる彼らが間近でブラックホールを観測することができて興味深いというか感動ものの筈だが、これほど至近距離であっては逆に困る。
安全な場所から、探査機で観測してこその観測だ。
仮に焦点がずれたままHEIDPAを動かそうとすれば……ブラックホールとなっているグラウンド・ゼロに超エネルギーが衝突しグラウンド・ゼロがよりいっそう巨大化するだけだ。
グラウンド・ゼロは小さな一点の座標ではなく、これから虫食いのように生物階を侵食し、拡大の一途をたどってゆく巨大重力圏。
グラウンド・ゼロという小さな座標は点となり球となり、やがて天体となる。
「そうだよ! だから避難を最優先にするんだ。つべこべ言わず急ぎな」
極陰は人間にも声を荒らげるほどに苛立っていた。
人々の避難を急がせヘヴンズゲートを生物階から引き上げなければ、ゲートを介して神階もブラックホールに喰われる。
人々の避難が終わったらただちに、神階への門を完全に破壊して生物階と空間を物理的に断ち切らなければならない。
『寛大な措置をありがとうございます』
人々を代表してCERNの研究者の一人が礼を述べると、彼らは口々に感謝の言葉を述べた。
遠巻きに見ていた築地と長瀬もひとまず極陰に頭を下げておいた。彼女の真後ろからなので、見えていないに違いないが……。
「極陰さん、イメージと違てんなー」
「だよねえ。案外いいひとなんだねー、もっと破壊神っていうからさー、色々やらかすんじゃないかと思ってたけどさー」
長瀬も不謹慎きわまりないことを言ってはいるが、これでいて感心している。
「ファティナから通信だ」
リジー・ノーチェスがチカチカと点滅した端末の画面右下に目を凝らす。
先ほどリジーがサーバーに送り込んだデータに対するファティナからの迅速な反応があったようだ。
コンパクトにまとめられたファイルだったが、リジーは身構えた。
「ファティナ様は行方不明だったのでは?」
ナターシャも心配そうにリジーに尋ねている。
ナターシャとファティナは、神階でもよくカフェやショッピングに出かける仲だ。
特にファティナは文型神なので彼女の身に何かあったか、そして彼女が無事か、気が気で仕方がない。
「アクセスポイントは生物階だな」
リジーはおざなりに答えると、圧縮されていたファティナからの情報を受け取り一刻を争うように展開した。
4D マッシヴブラックホールがグラウンド・ゼロに到達するには、およそ184日から185日。
荻号 要のシミュレーションと完全一致する。
なんということだ……と、リジーは口に手を当てがう。
皮肉そのものだった。収束時期も場所も対象すら予めわかっていたのに、どうやってもそれを防げなかっただなどと――。
そしてファティナはもうひとつの重要な情報を送り込んできた。
リジーはファイルの展開と同時にモニターに映し出し再生する。
再生されたのは鍵の開いたスティグマの紋章が宙に浮遊している様子だ。
動画には撮影時の緯度と経度、時間が記録されており、場所は風岳村を示している。
見慣れた景色から荻号の家の付近だと、恒には分かる。
築地と長瀬は田舎の風景から、日本のどこかだとわかったぐらいで土地鑑はない。
恒はファティナからの映像を見て、重大なことを忘れていた。
そうだ。
荻号が崩御して真っ先に起こること……それは当然ながらレイアを閉じ込めていたフラーレンの結界が壊れるということだ。
スティグマだけが残っているということは、彼女はこの空間ではないどこかへ消えてしまったということを示している。
結界中にいたレイアはどうなったのだろう。
スティグマがある限り彼女は不死身だったが、スティグマが彼女の背から離れてしまったら普通の少女神に戻るのではないか、時空の狭間に挟まれて死んでしまったのではないか。
どこかで無事でいてくれるといい、そう願いながらも頭の片隅では最悪の予感がした。
“何なんだ、俺は。何をしていた”
レイアの消滅を目の当たりにして、孤独であり続けた彼女をとうとう救えなかった恒自身に何より腹が立った。
この二年の間片時も離れず傍にいて何があっても彼女を守るからと、決意が薄らいでしまわないように、彼女に届くよう何度も誓ったつもりでいた。
そのたびに彼女が見せた少しだけ寂しげな表情が忘れられない。
彼女は一度だって、恒に依存をしてくれなかった。
彼女にとっては気休めにもならなかったのだろうか。
最後の最後、恒の判断で彼女に背を向け離れてしまった。
誰でもない、自身がレイアを見捨てて去ってしまったのだ。
軽々しい誓いの言葉を繰り返した日々に心底嫌気が差す、口先だけなら何とでも言えたというのに。
“待っててくれ。……絶対に、迎えに行くから”
彼女の居る場所なら、どこにでも行く。
彼はもう、口先だけでは終わらせるつもりはない。
レイアがこの世を去る最後の日。
こうなることを、彼女は知っていたのではないか。
そのとき恒が彼女の傍にいないことを、彼女には最初から見透かされていたような気がする。
リジー・ノーチェスがファティナから受け取った情報では、スティグマは絶対座標に固定されているとことだ。
つまり、地球の自転と公転、太陽の公転によって生物階はスティグマからどんどん遠ざかってゆく。
そして184日後にはスティグマは地球からみて、太陽を間に挟んだ真裏……よりはるか遠い場所に位置するということになる。
それは地球にとってはX-デイから地球の滅亡を回避できる確率が高まることになるが、HEIDPAを撃つという計画には支障が出る。
一言で言うと、当たらないのだ。
そもそもグラウンド・ゼロが絶対座標であるのか相対座標であるのかこれまで示されていなかった。
荻号 要が風岳村のある地点を示唆したのは相対座標系での話だったので相対座標だと思われてきたが、今回のことではっきりした。
レイアのいなくなった今、とどのつまり184日後、スティグマの鎮座する場所だけがグラウンド・ゼロだという論拠になる。
そしてスティグマは絶対座標系に固定された。
そのスティグマを飲み込むように4次元ブラックホールがグラウンド・ゼロの座標を飲み込もうとしているとき、そこでスティグマの示すグラウンド・ゼロにHEIDPAを撃とうとするとどうなるものか。
大爆発の末に、残るのものは……なにもない。
地球も、太陽系も全て飲み込まれて破壊されて終わりだ。
そしてスティグマが絶対座標系に固定されてしまった今、HEIDPAの軌道は3ヶ月後の3月8日、グラウンド・ゼロ、つまりスティグマの上に重ならない。
地球が公転すればグラウンド・ゼロも動くと思われていたが……神々にとって、そして恒にとっても完全なる誤算だった。
一刻も早く戦略を立て直さなければ。
そう思っていた折に、こそこそ、ひそひそとCERNの研究者らの間から話し声が聞こえてくる。
もともと自由闊達に議論の飛び交っていた議場だったが、先ほどとは明らかに空気が違う。
『これが、鍵と鍵穴ですか?』
『これが、なあ……』
『ええ、……』
彼らは悪口や不満を述べているのではないが、ひどく動揺しているようにも伺えた。
セルジオに至っては、やや頭をかかえているように見える。
「いかがされた?」
不審に思ったリジーが彼らを案じながら、直接理由を尋ねる。
『……わたし達はこのシンボルを知っています』
どんな図形を見てもそれを彼らの職業と関連付けてしまうほど彼らは仕事熱心なのかと神々が感心していたところで、クインシーは彼が手にしていた一冊のノートを閉ざし、そっと神々が目にしている巨大なモニタの横にかざした。
『鍵穴の部分は一見複雑な幾何学模様に見えますが、分解するとDESY(ドイツ電子シンクロトロン研究所)、わがCERN(欧州原子核研究機構)、Fermilab(フェルミ国立加速器研究所)等、各高エネルギー加速器研究機構のシンボルをただ立体的に重ね合わせたように……わたし達にはそう見えるのです』
「!?」
「まさか! そんな……」
神々が鍵と鍵穴のシンボルだと思っていたそれは、二重環から延びた5本の直線の角度と線分の長さまで見事に一致していた。
そして、彼らの言うよう複雑に見えた紋章を立体的に分解すると、たしかにそれぞれの研究機関のシンボルに寸部たがわず帰属する。
ただひとつ、鍵のモチーフを除いて。
『このシンボルだけが、何なのかわかりませんが。……もしかするとただの偶然かもしれませんが、そうとも思えなかったので』
クインシーは説明しながらうなだれていた。
これを偶然といえるものだろうか。
そうではないということに、誰もが気づいているからだ。
「これは……、驚いたな」
「ほら見ろ……そういうことなんだよ」
梶は嫌な予感が的中して、苛立ちを隠しきれない様子だ。
梶はINVISIBLEが既に、ずっと以前から生物階、そして神階に干渉していた証拠を見せられた思いがしたのだ。
CERN、DESY、Fermilab等のシンボルを模してスティグマが作られたのか。
はたまた、スティグマがそれらの研究所に多大な影響を及ぼしたのか。
恒にはもはや分からない。
因果はどちらだ? ただ、梶の言ったようにINVISIBLEの周到に用意した波動関数が既に収束していたという証拠の一つとしては充分だった。
ただひとつ特定できない、それらの研究機構のシンボルを縦に貫通している鍵のモチーフは何のシンボルに由来するものか。
そしてさらに、付け加えるならもう一つ……恒は会議室のデスクの上に置かれていた研究者達の名刺を何気なく見て気づかされた。
CERNの主要研究グループATLAS(A Total LHC ApparatuS)とは陽子衝突を観測する観測装置とその数千人を超える国際的な研究グループだ。
なんということだろう。
ATLAS Experiment(アトラス実験)のシンボルは――直交する3つのリングによって組み立てられた球体だ。
それが何を示唆するか、恒は既に知っている。
「相転星の三環はATLAS experimentのモチーフと対応するのでしょうか」
恒はATLAS実験に携わる一人の研究者の名刺をおもむろに手に取り、誰にともなくそう言った。
ATLASがなければLHCの高エネルギー観測はできないように、相転星もまたHEIDPAを稼動するための枢要な部分なのだ。
一連の偶然を必然とみるか。
どちらかが、どちらかに強く影響を及ぼしているというのか。
神々の叡智を超えた存在であるINVISIBLEの意思が、CERNに一連の共通点を持っているという奇跡を、どう解釈すればよいのだろう。
もういい加減に答えを教えてほしいものだ。何が、起こっているのか。
数十万年前に現れた絶対不及者がかつて背中に宿していた創世者の証、スティグマは……ただ世界中の大型ハドロン衝突加速器研究施設のシンボルにすぎなかったとしたら――。
世界最高レベルのエネルギーを抽出し宇宙論や素粒子の振る舞いを検証することを目的として設立された各研究機構。
CERN、Felmilab、DESY、そしてATLASらの存在を知り尽くす、より強大な意思が、より遥かなる高みから高エネルギー実験を行っているかのような……。
ただし。
ただし、だ……INVISIBLEが創世を行った際に、これらの研究機関は何一つとして存在しなかったのだ。
これはINVISIBLEが人類の歴史に介入した証拠なのか、それとも――
はて、と恒は立ち止まる……因果とは何だ?
因果は円環しているのか。
もし、それが単純に高エネルギーを収束させるために創り上げられた存在、それが絶対不及者なのだとしたら。
これが宇宙規模の壮大な実験なのだとしたら――。
INVISIBLEはどこにいて、何を視ているのか?
もうすぐ答えに辿り着く。
※ 星座運行のシミュレーションには、国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト提供のMITAKA、およびMITAKA++というソフトを利用しています。
※ 以下の天体図に記入された事柄は事実ではありません。
※ MITAKAのシミュレーションで得られた天体図に、小説内で起こるイベントを書き加えています。
以上のことを踏まえて補足をご覧ください。
小説「INVISIBLE」内2010年12月21日14時15分の天体図の説明 (Stigmaが固定された日)
Stigmaが絶対座標に固定された日です。
太陽系(Solar System)レベル
【解説】
1AU=1天文単位(地球の公転軌道長半径)= 1.58125×10^-5 光年
Rhia MaterのStigma(オレンジ色矢印)が絶対座標に固定されました。INVISIBLEの収束日にStigmaがGround 0上になければINVISIBLEが収束できないという前提があるため、必然的にStigmaがある座標=Ground 0ということになります。以後、Stigmaが絶対座標から動かない場合は、地球(赤)の座標は公転周期上を反時計周りに、そして銀河系中心であるいて座Aに向かって秒速220kmで動いてStigmaから遠ざかってゆきます。
●100光年スケール
【解説】2010年12月21日14時15分の天体図をマクロスケール(100光年スケール)でみています。
1 l.y.=1光年
Orbital of HEIDPA's Beam Lines・・・INVISIBLE収束に対抗するためにNo-bodyによって建設された超エネルギー星間暗黒加速器(HEIDPA:Hyper Energy Interstellar Dark Particle Accelerator)の軌道です。その軌道は銀河系規模です。相転星(SCM-STAR)で二本の素粒子ビームラインの軌道をコントロールし加速した素粒子を正面衝突させて超エネルギーを抽出します。そのエネルギーはプランクエネルギーを裕に上回り、理論上創世(新たな宇宙の創出)が可能となります。Ground 0を狙ってHEIDPAを撃つことで、Ground 0を新たな宇宙の創世とともに特異点の向こうに押しやることができれば、INVISIBLEの収束から三階を保護することができます。太陽系軌道上の2011年3月8日に、HEIDPAは地球の公転周期を横断します。
4-D Massive Black Hall・・・荻号のFlleren C60によって出現した4次元大質量ブラックホールの出現地点です。このブラックホールは4次元超球体の性質を帯びています。地球から9光年の位置に出現しています。黒い球体表面は事象の地平面(シュバルツシルト平面)で、これより中心は光すら脱出できない重力表面です。ブラックホールはAccretion Disc(降着円盤)を形成します。
Fomalhaut・・・フォーマルハウト。荻号とBandarが戦闘していた地点の近傍です。