Prologue: The WAR, Eugene Mazrow
●はじめに●
神と人と自然科学、進化論と人類の来たるべき未来を題材としたSFです。
既存の宗教の神々がキャラクターとして登場しますので、気になる方はご注意ください。
2021/8/16 全編改稿完了。
2021/8/16 後日譚更新再開。下の続編へリンクを切り替えてください。
VISIBLEWORLD(続編):
https://ncode.syosetu.com/n2283hc/
※本作は、下図のシリーズのEP1です。
シリーズ最大の世界規模で、これを読めば他のシリーズの不明部分を網羅します。
●同一シリーズのご案内
◆同一シリーズのご案内
◆EP1 (A.D. 2007) INVISIBLE-インヴィジブル-
https://ncode.syosetu.com/n8234j/
◆EP2 (A.D. 2023) VISIBLEWORLD -ヴィジブルワールド-
https://ncode.syosetu.com/n2283hc/
◆EP3 (A.D. 2027) TOKYO INVERSE -東京反転世界-
https://ncode.syosetu.com/n0736ha/
◆EP4 (A.D. 2048 / A.X. 1145) 異世界薬局
https://ncode.syosetu.com/n8541cr/
◆EP4.1(A.X. 1153) PHARMACIES MUNDI INFINITUS -世界薬局-(後日譚)
https://ncode.syosetu.com/n8541cr/
◆EP5 (A.D. 2133) Heavens Under Construction(書籍化) https://ncode.syosetu.com/n3107n/
西暦2007年 5月12日、世界標準時9時24分。
宇宙の果てともいえる場所で、さる勅令が下った。
それは天の川銀河・オリオン腕・太陽系第3 惑星地球、日本、広岡県西伊辺郡という人口3500人の風岳村へ、5年間の滞在を命じると。
「滞在が任務ですか」
拝命したのは、まだ少年の面影すら残る、それでいて精悍な顔つきをした金髪の若者だ。
青黒く冷ややかな硬質の床の上に裸足で座す、彼の名はユージーンといった。
ユージーンは古代ローマ時代のそれを彷彿とさせる純白の衣を纏い、鍛え上げられた左腕の付け根には黄金色の刺青を刻んでいる。
彼の肌は暗闇の中照明光ではなく、彼自身の持つ輝度によって仄かな光をたたえていた。
「当該期間、平和維持活動への支障が懸念されますが。大規模紛争も頻発しておりますし」
彼は玉座の座主にして世界の至高者に反論する。
それを証す青い蛍光色の二本の環が、ネオン環のように彼の腰のあたりに二本、折り重なって眩く浮遊している。
鳶色の毛髪と瞳が印象的な、理知的で温和な佇まいの壮年の男が、青年が着用しているものと同様の純白の衣を着て座している。
「大戦規模の開戦の火種でもあるのか」
非難を含む口調に、ユージーンは閉口した。
「いえ」
この異動命令は実質的な左遷なのだろうか。
彼がそう勘ぐったときだ。
「これは左遷なのか、と?」
現在進行形で思考を看破されたユージーンは、平伏しながら「しまった」と動揺と後悔を喉の奥に押しやる。
看破に抗する唯一の方法は、心を無にすることだ。
意識して雑念を消す。
「極陽。G-CAMの当該地区における行使をお許し願えますか」
*
「今言ったとおりだ。すぐに発つよ」
広大な敷地を有する高高度飛行場。
7番ポートのタラップを登るユージーンは、現代的な漆黒のスーツに身を包んでいる。
「何かあったらいつでも連絡をしてくれ」
旅立ちのときを迎えて、心境穏やかにとはいかなかった。
突然の異動話を部下に相談ひとつしなかったことで、見送りに来た秘書官の機嫌を損ねるはめになっている。
秘書官は肩まで届く長いウェーブのかかったブロンドを颯爽と風になびかせて、ロングコートと黒いマフラーを巻いた軍人然とした男だ。
「五年て長すぎだろ! 何で仕事さぼって田舎暮らしなんだ! 手詰まりの中東情勢もどうすんだよ! しかも懲罰環までつけられて!」
「はは、懲罰されるようなことを何かしたっけ」
懲罰期限は明日正午までだ。
その間、彼固有の能力の殆どを物理的に奪われる。
ユージーンは秘書官の言葉を聞き流すと、居住まいを正しタラップに立ち、右手を高々と掲げた。
それを目印に、空港滑走路に居並ぶ係官が懐中電灯サイズの青いランプを大きく振り管制塔へ連絡する。
”枢軸権限における優先テイクオフを受理しました!”
場内に響き渡るアナウンスの直後、爆音でサイレンが鳴る。
空港には枢軸専用便の割込テイクオフを受け入れる態勢となり、空港全便が彼のために離発着禁止となる。
着陸しようとしていた便は上空で待機、まさに離陸しようとしていた便もその場で足止めされ、青年は空港職員らに最大限の敬意を以て迎えられる。
「まあ、その場所からわたしにできることといえば……何もないな」
ユージーンは彼のために騒然とする空港を悠々と見下ろし、そんなことを言う。
「ねえだろ何一つ! この役立たず! 遊んで暮らすつもりか!」
秘書官が苛立っても、呑気なユージーンにはあまり効果がない。秘書官の隣で茶色の髪と瞳をした、青いワンピースを着た細身の女性が、二人のやり取りを見て困惑したように微笑んでいる。
「空爆があれば対応するかな」
ユージーンにとっては、世界大戦時こそが最大の繁忙期といえた。
「日本で空爆とか滅多にねーだろ! 一回死んでしまえ!」
ユージーンは罵倒を聞き流しながら、ビリヤードのキュー(玉突き棒)ほどの長さの、G-CAMと名付けられた一振りの細身の杖を握り、思い出したように言い返す。
「いいのか死んでも? お前の仕事がまた増えるぞ。言い忘れていたが、これは極陽からの勅令だ」
ブザーが鳴って七番ポートのタラップから先の敷地に、コンクリートの滑走路を穿孔する数十メートル大の巨大な穴が突如として出現する。
穴の下から風速40メートルもの冷たい風が吹き上げ、くり貫かれた風景は青空へと繋がっている。
ユージーンは躊躇もなくタラップからひらりと穴をめがけて飛び降り、大空へと飛び出してゆく。
ひゅうっと、彼の体が風を切る音が聞こえた。
空中空港で離陸する際にはホールをくぐって空港の下側に飛び降り、空中待機している飛行機、もとい飛行鳥に搭乗するのだ。
危険極まりないテイクオフだが、乗客が飛行機に乗れず墜落死が起こった事例はまだ一度たりともない。
「勅令だったんかい」
「あの方は口下手だから」
あなたはいつも一言多いけどね。
と、秘書官に次ぐ権限を持つ彼女は楽しそうに微笑む。
「……おや」
「……遅いですね?」
彼らは顔を見合わせた。
離陸完了のサインが出ず、穴は開口したままだ。
ユージーンが飛行機に乗ることができなかったのだろう。
彼らは安全柵の内側から、巨大穴の中の青空を覗き込む。
テイクオフのタイミングが合わず、墜落してゆくユージーンの姿が秘書官の目に入った。
懲罰環を填めている限り、自力で飛翔できないということを忘れている。
「ざまぁー!!」
彼は墜落するユージーンを心配するでもなくげらげらと指をさして笑う。
つられて美女もくすりと笑い、それが不敬だと気づいて笑顔を引っ込める。
やがて急浮揚してきた飛行体は、全長数十メートルもあるシロハヤブサだ。
ハヤブサの背に乗ったユージーンは隼の翼を返しくるりと旋回させると快晴の空を滑空して消えた。
ゴウン、ゴウンと重厚な音がして七番ポートの吹き抜けの穴が閉ざされ、一般離発着禁止シグナルが解除となる。
「爆笑したの、聞こえてたか?」
「聞こえてましたね」
「まあいいや、指揮官交代といきますかね」
日常の光景を取り戻した空港を見つめる二人に、伝令使が駆け寄った。
「アフガニスタン独裁政権の軍事作戦最高司令官が、ヘルマンド州での戦闘で死亡との報告です」
「1044を以て紫檀の部隊を投入。被害を最小限に抑えてください。それと、犠牲者は最小限にするよう、きつく申し渡してください」
女性は緊迫した面持ちとなり、きびきびと伝令使に命令を飛ばす。
「それから米空軍の追撃ミサイル発射条件を厳格化させろ。アフガン軍とNATO軍もだ。あいつら最近誤爆が多すぎるぞ」
シロハヤブサの背に乗り飛び立っていったユージーンに代わって指揮全権を掌握した秘書官が、ついでに要請を出す。
「はい、本日も誤爆により警官七人死亡です。第八使徒、横井を迅速に手配しNATO軍作戦指揮系統に介入させております」
「爆撃機の兵装の詳細な情報を」
「しかし、極陽は何をお考えなんだろうな」
彼は空港を去りながら、青年を地上に遣わせた最高権力者の意図をとうとう理解できなかった。
「戦争のスペシャリスト、軍神を日本の平和な過疎村なんかに送って」