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生徒会の三角関係と、エースで四番の大活躍

「おいおい、お前副会長なんだろ? これは最近では常識だぜ。まさか気づいていないとか言うなよ?」


 小野寺陽介おのでらようすけはそう言いながら、帽子を頭から外し、器用にくるくると回した。


 小野寺陽介。彼もまた、この学校で知らない者はいない人物だ。野球部のエースで四番ーー数年前まではただの弱小校だったうちの高校の野球部を甲子園常連校にしてしまった、伝説の人物である。なぜ俺がこの不世出の天才のキャッチャーをできているのかわからないが、とにかくそれで彼とはほぼ毎日話すのだ。俺たちは現在は試合中だが、まだ打順が回ってこないため、適当に雑談をしている。こちらが大きくリードしていることもあり、あまり緊張感はない。


「どういうことだ?」

「最初から説明しないといけないのか? まあいい。いいか、最近の横山の不登校が成績不振が原因だなんて、どう考えても真っ赤な嘘だ。これにはもっと大きな問題が絡んでいるんだよ」

「なんだって!? 何か知っているのか?」

「何かって、だから常識だと言っているじゃないか。毎日クラスで過ごしていれば、わかるはずなんだけどなーーあっ、このノーコンめ!」


 ちょうど一番打者がデッドボールを食らってしまい、小野寺は反射的に野次を飛ばす。三番の俺はネクストバッターズ・サークルに向かうが、小野寺は付き人のふりをしてついてくる。


「いいかーーもっぱらの噂だと、横山は堀田ほった書記にいじめられて不登校に追い込まれた、というのがあちこちで言われているんだが……」

「えっ!? 堀田が?」


 俺は驚きを隠せない。堀田幸音ほったさちねは生徒会書記で、いわゆる三大重役の一人である。成績は常に学年トップであり、さらには生徒会の雑用をほとんどワンオペで回してくれている稀有な人材である。だが、どうして堀田と横山が不仲になっているんだ。


「冗談はよせ。堀田はそんなことをするような人じゃない。噂なのだろう? 俺は信じないぞ」


 素振りをしつつ俺はそう返したが、小野寺は「いや、この話に関しては、複数の筋からの裏付けがあるんだよ」ときっぱりと言った。


「堀田が横山と一緒に弁当を食べなくなった。堀田が横山に間違った情報を教えて恥をかかせた。堀田が横山の好きなVtuberを批判し、二次元勢力は諸悪の根源、三次元アイドルこそ至高と主張しているーー山ほど証拠は出てきているんだ」

「最後のどうでもよくないか?」


 それでもそれ以外の二つは、もしそうなのだとしたら問題である。堀田がわざとやっているのだとすれば、もちろん明らかないじめである。


「でも、堀田にそんなことをするメリットがあるか? 生徒会での立場がなくなるだけだと思うけど……」

「それは俺も疑問だけれど、別に理由なんていくらでもつけられるさ。単に横山が憎くてたまらない、横山を失脚させて生徒会で実権を握りたい、横山を遠ざけて滝川の彼女になりたいーーおっ、いいぞ!」


 ちょうど二番打者がヒットを打ち、そしてこの話は俺に打席が回ってきたためここで打ち止めになった。


 俺がバッターボックスにつくと、すかさず小野寺が「頼むぞ! あと4点取ったらコールドゲームだからな! 早く帰ってゲーセンに寄るぞ!」と謎の声援を送ってくる。そもそもこれは県大会決勝だというのに俺たちが5回コールドをやってしまいそうになっているのがおかしいのだが。なお小野寺は今日の全三打席全てでヒットを打っている。しかもツーベースとスリーベースが一つずつある。まだシングルヒット一本のみの俺はもっと何かやらなければいけない。


 敵ピッチャーの初球は上に外れ、二球目は下に外れた。敵ピッチャーはすでに疲れているのが目に見えてわかり、ストライクが入りそうにない。しかたがないのでスタンドの応援団たちにちらりと目をやる。会長が不登校で副会長がチームメンバーであるから、応援団の指揮を取るのは堀田だ。声を張り上げて「かっとばせー、滝川!」とやっている。どこにも下心があるようには見えない。だが、彼女が横山を恨んで生徒会の実権を握ろうとしているのは、あのように応援団の中心になっていることからも想像できてしまう。それから、小野寺はさらに何か言っていたがーー


「うわっ!」


敵ピッチャーの三球目は左に外れたが、四球目があろうことか右に大きく外れ、俺に襲いかかった。なんとか体をひねって避ける。デッドボールではなくなったが、どちらにせよフォアボールである。やはりこのピッチャーはノーコンである。俺は一塁に向かい、代わりに四番の小野寺が打席に入る。


 そう、そうだ。小野寺はさっきそう言ったーー「堀田は横山を遠ざけて滝川の彼女になりたい」と。小野寺は正気なのだろうか。小さい頃から坊主頭の野球少年だった俺は、恋愛なんてものには縁がなかった。高校では小野寺たちの運動もあって長髪が認められたが、それでも急にサッカー部の奴らみたいに格好良く決めることはできない。そもそも、俺の顔自体が外れなのだ。横山と堀田が俺を取り合うなんてことがあるわけがない。横山と仲が良さそうに見えるのは幼なじみの腐れ縁だし、堀田は俺を好きになる理由がない。


 そう俺は頭では考えつつも、堀田の「かっとばせー、小野寺!」の声が俺のときより小さくなっている気がしてならない。今は満塁で、バッターは一番人気の四番だ。全力の声量にするべきなのに、わざとそれをしていないのかもしれない。それなら、あるいは……?


 だが、堀田が二回目の「かっとばせー、小野寺!」を叫ぶ前に、小野寺は初球を完璧に振り抜き、そしてすぐにホームランを確信してバットを華麗に投げ捨てた。応援団たちが狂喜乱舞する中、俺はベースを回りながら、まっすぐに堀田の方を見ていた。堀田はやはり、他と違って小野寺を見ていなかった。あちらもまっすぐ俺へと目線が向いていた。俺は慌てて目をそらした。

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