恋昇り
「惚れている殿方がいるというのは本当か」
事務室の扉が乱雑に開かれたと思えば華やかな香りが室内に充満した。暖かい、眩い輝きで部屋に活気が溢れる。陽が射す事のない部屋が一気に明るく照らされた気がした。それほどに現れた龍田少尉は、目を逸らしたくなるほどの光に満ち溢れた御仁だ。
「いきなり何ですか、龍田少尉殿」
「田丸上等兵から耳にした。貴様には惚れた男がいると……細かく問い質してやりたかったが逃げられてしまってな」
「なんですか、その話。私に好いた方などいませんが」
「何?」
「また揶揄われたのでは?」
冷めた眼差しで淡々と指摘すれば「田丸上等兵……!」とわなわな肩を震わせて顔を強張らせてみせた。学習能力があまりないのか。純粋すぎる故なのか。同期であり御守役と陰で揶揄されている雨崎少尉を思うと、彼の苦労が肩に乗りかかるようで溜息を漏らしてしまう。
「私は軍に奉仕する身です。そのような色事に興味もありません」
「……貴様が嘘をついている可能性も」
「そんな嘘をついて私に何の得が。あぁ……貴方を揶揄う機会ができますね」
「可愛げのない女だ!」
(騒がしい人だな)
少尉ともなればそれなりに忙しいのではないだろうか。嫌味ではないが油を売っている暇はないはずだ。そもそも私と関わりがあまりないのに、田丸上等兵の冗談に振り回されてここまで聞きにくるなんて。
ぼんやり考えていれば「腑抜け顔め!」と忌々しそうに睨まれてしまった。通る声に鼓膜が金属を鳴らしたように響く。
「……そうか。いないのか」
途端ぶつぶつと何か呟きながら納得したように頷く少尉に、首を傾げながら手を止めていた事務仕事を進める。
そういえば龍田少尉には懇意にしたい女性などいるのだろうか。見た目もいいし引く手あまただと思うが、未だに相手がいない。
「ふん! 色気のない貴様をまた相手にしにきてやる! 楽しみしておけ! いいな!」
(おそらくこの性格が駄目にしているんだろうな)