プロローグ
私たちの世界には時々不可思議なことが巻き起こる。
直感的に間違っているということも陰ながらに起きているのだ。
例えば、妖怪や幽霊は本当に要るのか?神隠しってなんだろうか?
そのような謎は科学的に証明されていない。
と、されている。
「早く起きてください!」
目が覚めると、無機質な部屋の中にいた。
窓にかかったブラインドの隙間から日の光が差し込んでくる。
俺はソファで仮眠を取ったまま、朝まで寝てしまったらしい。
「もう朝ですよ!」
俺を起こしに来たのは、研究助手であるフリーナ・アインホルン研究員。
彼女は最近俺の研究室に配属された学生上がりだ。
まあ、研究員は俺と彼女だけだが。
「ああ……わかったから……もう起きるよ」
ここはE.C.U研究所支部の一室だ。
俺たちはここでとあることを研究している。
それは…………
「今日はこの木箱を開けてみようと思ってな」
「何ですか?この箱」
俺が棚の奥から引っ張り出してきたのは、正方形の木製の箱。
ただ赤い縄で何重にも縛られ、ふたには物々しいお札が張られている。
「日本の伝統品ですか?」
「そうだ。この前、帰国したときにH地方の廃墟から持ってきたんだが、どうにもいわくがあるらしくてね」
俺たちはアブノーマル、現在知られていない神秘、未開の領域を観測して、人類の知識範囲に落とし込む研究をしている。
この箱はかつて繁栄したH地方の村人たちがまつっていた、重要な秘物が納められているという。
そのH地方は次第に没落していき、人口流出の末に廃墟になってしまったそうだ。
「そんな物、勝手に持ってきていいんですか?罰当たりですよ」
「いいんだよ。研究活動だからな」
秘物とは秘められているから意味があり、明かされてしまうとその能力は無くなる。
姿かたちがないもの、自分が知りえないものに対しての信仰は自身を深く縛る。
俺はナイフで赤い縄を切り始める。
縄はかなり太く、一本切るのに時間がかかる。
「中にどんなものが入ってるんですかね」
研究資料用のビデオの準備をしているフリーナがしびれを切らして聞いた。
「さあな……開けてみればわかるよ」
「ほんとにこれ重要なものなんですか……?」
この箱は気まぐれで持ってきたものだ。
周辺文献にも秘物と記載があるのみで中の物を示唆する記述はなかった。
予想はできる。
東洋信仰の秘仏、小さな仏像が入っているのか。
それとも何かしらの経典か?
木箱はちょうど頭くらいの大きさである。
もしくは……いや開けてみればわかることか。
そうこう考えていると、最後の縄が切り終わった。
「ようやくですね……」
彼女は息をのんで見守る。
ふう……
俺は息をのんでふたに手をかける。
少し歪んでいるのかギッときしみ、力をかけて強引にふたを開けた。
覗き込んでみると、箱の中身はからであった。
「えっ……これってどういうことですか?」
「いやあ……何もはいってないね」
何重にも縛られた縄。
開けた痕跡もないし、初めから何も入っていない箱だったんだろうか?
「これはおそらく、箱自体が信仰の対象だったんだろうな」
秘物とすれば箱の中身は重要ではない。
中を観測することができないちう状態がある。
それが重要だといえる。
「今回もスカか。秘物といわれるから面白いものの一つでも入っていると思ったが……以上もなかったな」
「そうですね……気味悪いからさっさとしまってください」
最近俺が見つけてくるものは、大体が何の変哲もない一般的なものだ。
今回も外してしまった。
「まあこれは俺の趣味みたいなものだ。仕事行くぞ」
俺たちの本職は研究員だ。
呪物の類はその一端に過ぎない。
今日もまた非日常な一日が始まる。