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4 ~半狼兵団 vs 亡霊騎士~

 


 人の寝付いた夜。

 狼人は満月の夜に血が騒ぐという。

 生憎と今宵は雲が多くて月も半端な姿しか見せないが、気分が良いことに変わりはない。

 部下たちを潜ませ、ゆっくりと前進させながら、半狼人たちは亡霊騎士の家へと近づく。

 そして家まであと50メートルもない距離へ近づいたときだった。



「オメルガ帝国のものだな。敵陣に何用だ」


 やはり、気づいていたか。

 ならば、と姿を堂々と晒して半狼人は嘲り笑う。


「そりゃもう、貴方の命が欲しいのさ! ああ、もう死んでいるんだっけか?」


「わざわざ見逃してやったというのに」


「あ……?」


 亡霊騎士は煽りに応じない、どころか憐れみの篭った、深く長い息を吐いた。

 既に同居していた青年には裏口から逃げるよう伝えてあった。

 彼が十分逃げたことを確認し、そして時間をたっぷりとった後に、こうして彼らと向かい合っている。


「お前たちが私の後を付けているのは感知していた。だが、何もせずに帰るのであれば許そうと思い暫し待っていた。そして、これが最後の警告だ」


「なるほどなあ! 騎士道ご立派で、敵にも優しいと来た。こいつはいよいよ、狩り甲斐がある」


 半狼人が手で合図をすると、兵士が一斉に弓兵50人が矢をつがえ、槍兵50人が穂先をただ一人の騎士に目掛けて構えた。

 半円の陣形で、家以外の三方向を取り囲む。



「俺を含めて100人の部隊。それもお前が殺した敗残兵なんかと違って、装備も練度もしっかりとした精鋭だ。生き延びれると良いな。死人の騎士サマよお!!」


「そういうお前は無駄口が多いな、死にぞこないの犬人間。死者になれば少しは黙ることも学べるか?」


 血管の切れる音と共に、半狼人が手を振るう。

 それを合図に、50本の矢が空を切り裂き放たれた。

 人間一人を針のむしろとするに有り余る投射。

 それを


「邪魔だ」


 騎士はただ、剣を地面に突き刺した。

 同時に紫色の魔力波が空気を震わせ、矢全てを上空へ跳ね飛ばす。

 ぐるぐると速度を失った矢は木より高く舞い上がり、兵士たちのいる地面に降り注ぐ。



「飛び道具は効かねえってわけかよ、なら直接いたぶるしかねえな!」


 兵士たちは一斉に槍を突き出す。

 足元から頭の天辺まで隙間なく伸びる攻撃を、漆黒の騎士は空を飛んで避けた。


「それは逆だろう、私がいたぶる側だ」


 くるっと兵の隊列を飛び越えて、彼らの背後に着地すると未だ振り返ることすら間に合わない兵を一人斬った。

 続けて右の2人の首に剣を連続で刺し、隣の兵士の鎧を掴んで隊列へ放り投げた。

 雪崩のように崩れ、槍の長さも邪魔して兵たちは身動きが取れない。そして槍や弓を捨てて剣へと持ち替えるうちに、騎士は5人を斬り倒していた。


「陣形を作れ、今度飛び跳ねたら下から突き刺すぞ!」


「なら貴様らが飛び跳ねろ」


 剣が振るわれ、魔力を伴った衝撃波で部下たちが次々と宙を舞う。

 流石の手練れである半狼人も、笑みから一転して苦虫を嚙み潰したような表情となる。

 実力が違いすぎる。自分も武器を取るべきかと焦るが、指揮官である己はあくまで状況把握することを優先せねばならない。

「総員、距離を取れ!……さすがだ亡霊騎士サマ、こりゃ俺たちが束になろうと敵わないな」


「今更どうした。命を乞うなら遅すぎたぞ」


「だが、ただでは終わらねえ……なあ、家に隠れていたお仲間が、お前を心配して外に出てくれたからな!!」


「なに……」


 騎士は一瞬、振り向いてしまった。

 そして彼の姿がどこにも見えないことに気付く。ハッタリであった。

 だが、半狼人はそれを狙っていた。


「魔術兵、いまだ」


 それは、遠くより姿を隠していた伏兵8名であった。

 足から胸に届くほどの長い杖を振り、騎士を囲むように魔法を放つ。

 地面に模様が走り、騎士の身体は重く、熱く、力が抜けて動けなくなる。


「ぐっ……!!」


「やはり不死人アンデッドには魔術だよなぁ、よく効いてやがる」


「100名の兵団と名乗ったのは……!」


「狼の言葉を信じるなよ、亡霊が相手なら魔術師を用意するのなんて当たり前だろう!!」


 魔術師一人一人の力は、騎士にとって微弱なもの。

 ただし八方向からというのは不味い。1つを弾き返そうにも他の方向により邪魔され、倒れることはないが身動きも取れない。


「体調、早く……!! 我々ではやはりコヤツを抑えつけるのに限界があります!」


「はいはい、分かってるさ。だがな、死ぬ前に一度くらい亡霊の顔を拝んでおこうじゃないか」


 そして、スカリアは抵抗するも。

 男は掴みかかり、容赦なくスカリアのヘルムを外しにかかる。


(油断したのか……)


 スカリアは敗北した原因を考える。

 あの程度の注意不足、今までなら絶対に起こすことなどなかった。

 けれど、振り向いたことに後悔はない。大事な人を守ろうとして自然と身体が動いたことが、騎士として、一人の人間として誇らしい。

 それだけ、たった一日の出来事でありながら、スカㇼアの心には彼への想いが溢れていた。


(その理由を、記憶喪失の彼はどれだけ覚えているのだろうかな……)




 □□□


 あの夜も、月は明るかった。

 私は山を越えようとした帝国軍を切り捨てていた。

 何人いたのかは正確に覚えてない。ただ周囲にある人の気配が全てなくなるまで剣を振るい続けていた。

 あの青年は、最後から何番目かに斬った相手だった。

 武器もなく逃げ腰だったため、一度剣を振るうだけで胸に致命傷を与えられた。

 そのままよろよろと彼は逃げたが、助かる見込みはない。先に他の兵士を倒すべく、私は一旦見逃した。


「最後に、何か言い残すことはあるか」


 私は敵を追い詰める度に、そう聞いた。

 これはただの情けだ。私と言う亡霊に出合ってしまった不運を、せめて少しは報いてやろうという身勝手な言葉だ。


 楽に殺してくれ。

 家族に形見を届けてくれ。

 何でもするから助けてくれ。


 聞ける願いはなるべく叶えたし、無理なものは断った。

 そうして一人一人殺した後、最後に手負いの青年の元へ向かった。

 彼は胸より下を真っ赤に染めながら、まだ生きていた。


「死ぬ前に、何か望みはあるか?」


 私は淡々と問う。もし応答がなければ、そのまま首に剣を刺すつもりだった。

 しかし、息漏れの入った声で、彼は言った。


「貴方の、顔を見てみたい……殺した相手の素顔くらい、知っておきたい」


「……いいだろう」


 少しだけ迷ったが、相手がそれを望んだのだ。

 ヘルムを外し、私はこの骸骨の頭をそこに晒した。

 亡霊と思うか。死神だと思うか。そこに恥はないが、畏怖の目で見られるのだけは少し恐ろしかった。


 私とて元は生きた人間だった。

 この骨だけの身体となって久しいが、それでもこの顔を鏡で見るたびに、手で撫でるたびに、どうしようもないざわつきを心の中で抱えていたのだ。

 顔を見れば人々に恐れられる。

 剣を振るえば武勇より死神と怯えられる。

 それでも騎士として忠誠を示すため、私はこの骨が最後の一片となるまで、永遠に身を投じる覚悟でいた。


 それを彼は







「……綺麗だ」







 そうぽつりと、口から漏らしたのだ。

 嘘ではないと、私の魔力を帯びた視覚が告げた。

 既にないはずの心臓が、私の中で飛び跳ねた。


「そうだ、最後にもう一つ……願いを聞いて欲しい」


「な、なんだ?」


「俺の人生は、何にも良いことなかったけど……それでも、美しくて、凛々しくて、敵にも優しい……貴方みたいな人に、出会えたらって、思ってた……。俺が死ぬまでで良い、から……」


 彼の声が小さくなっていく。

 私は馬から降り、その側に近寄った。


「俺の恋人になってくれませんか……」


 戦場では騎士として常に冷静であるべきにも関わらず、私は狼狽えることしかできなかった。

 命乞いでもない。そこに少しの偽りもない。

 彼の消えかけた命の灯は、確かに私への愛情を示していた。

 こんな返答に意味はない。あと数分もせずに死ぬ男の、ただの戯言だ。

 どうせ恋人らしいことは何もできないのだから、軽い気持ちで頷いてやっても良い。何も知らない初対面の相手と付き合うことはできないと断っても良い。

 理性があるとすれば、私はそう考えていただろう。


 けれど何か言うよりも早く。


 私の両手は、男の手を握りしめていた。




 彼の言葉に、私が長く求めていた何かがある気がした。

 そう、だから彼を助けなくては。

 例え何者だろうと関係ない。


 私は、私の空洞となった心は、この僅かに交わした言葉のみで、彼のことを愛しく思えてしまったのだ。



 どうせ私は亡霊騎士。

 この異形を恐れ、近づく者など敵味方関係なく誰もいない。

 なら死にかけの人間一人くらい、私の側に置いていても許されるだろう……




 □□□


 頭部の留め具が外れた。


「はッはぁ、さあお前の顔を見せて見ろ! 亡霊騎士サマの顔はどんなに腐って醜い顔なんだろうな!!」


 スカリアは何も抵抗しなかった。

 例え何を言われようと、既にあらゆる人々から雑言を言われ続けた彼女にとっては些細なこと。

 ただ、自分を褒めたたった一人のことだけが、この先上手く逃げてくれるか不安だった。


「さあ、御開帳って……あ?」


 ひゅんと、何かが半狼人の顔めがけて飛んできた。

 手をヘルムから離し反射的に腕でそれを叩き落とすと、小さな石だった。

 亡霊騎士の小屋の方から飛んできた。



「……仲間がいたか」





 青年は、今宵逃げなかった。



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