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2 騎士の胸中

「……は、い」



 口から、その言葉しか漏れなかった。


「ああ、だからその動揺が収まるまでは座ってると良い。ショックなことも多かっただろうからな」


 子供と接するように穏やか声は、確かにそのドクロの喉元から出ていた。

 目を疑いながら、俺はただスープを飲む。味なんて殆ど分からない。


「しかし貴殿は、私の顔を見ても驚かないのだな。客人の多くは悲鳴をあげるものだが」


 驚いてるけど声が出ないだけです。

 驚いていないように見えるのは、一周まわって頭が落ち着いてしまっているからです。


「見ての通り、私の目には眼球がないだろ。だから代わりに魔力の流れを視覚としているのだが、お陰で人の感情にも機敏でな。心臓の跳ね上がりや緊張もすぐに分かる」


「そうなんですか、すごく便利そうですね」


 適当な相槌しか打てないが、彼女はうんうんと頷く。


「その通りだ、戦闘時や交渉時にはとても役立っている。嘘を暴くことすらも簡単だからな。いくら騙しの上手いペテン師であろうと、この顔を見せたうえで話せば、動揺によって感情が浮き立ち、化けの皮を剥ぐことも簡単となる。例えば……」


 そう言って、俺の顔をじっと眺めてきた。

 な、なんでしょう。


「お前が私を討とうとする暗殺者かもしれないと観察していたのだが、敵意がない。どうやら記憶喪失も嘘でないないらしいな。どころか、私への怯えもない一切ないな。ここまでないのは、逆に驚きだ」


 いえ、怯えがないのは、色々ありすぎて何も考えられていないだけです。

 どうやら彼女の観察眼は、それ自体が感情や意思を読みとる優れものでありながら、何故その感情となっているのかを精確に読み取れているわけではないらしい。


「しかし、一緒に生活するに当たり、私の正体を見て怯えさせないかと不安になっていたのだが……良かった。本当に私のことを、愛しているのだな」


 スカリアは、何か最後に小さく呟いた。

 が、聞き直す前に、ガシャㇼと音を鳴らして立ち上がると、俺の肩を叩いた。


「私はこれから用事がある。帰りは遅くなるから、先に寝ていてくれ。家の中のものは好きに使ってくれて構わないからな」


 そう言って部屋を出ようとする。


「あ、あの……!」


「ん、なんだ?」


 思わず呼び止めたが、俺は何を言うべきだろうか。

 聴きたいことは山ほどあったが、俺の口から出た言葉は


「あ、ありがとうございます……それといってらっしゃい」


「……フフ、いってくる。ではまた!」


 彼女は外へと出ていった。

 しばらくスープの残りを飲み干した俺は、どっと疲れが湧いてきた。

 今日はこの僅かな時間で色んな事がありすぎた。頭を冷やすためにも、ベッドで眠ることにしよう。




 □□□



「いってらっしゃい、か……久々に聞いたな」


 スカリアは馬に乗って、森の中を進んでいた。

 このドクロ姿となって以来、そう言われたのは初めてだった。

 もし自分に顔が残っていれば、きっと頬が緩んでいたことだろう。

 そんな感慨に浸りながら、女騎士は周囲の気配を探った。


「食らえ!」


 茂みから声と共に、突如兵士が槍を突き出してきた。

 胸当てと安い金属帽を被った、オメルガの軽装兵である。

 バチンッと、スカリアはいつの間にか抜かれていた剣でそれを弾き飛ばした。


「うおおお!!」


 三方から同じ兵装をした伏兵が迫りくる。

 取り逃がした敗残兵が、馬を奪おうと近づいてくる。


「罠だな」


 それは槍を突き出した一人目のことではない。

 迫りくる三人を含めた、この状況のことだ。

 スカリアは剣を振り、槍兵の出てきた茂みの更に向こうにある大木、人が隠れるには丁度良い歯の茂った樹冠めがけて放り投げた。


 ぎゃあ、と悲鳴と共に隠れていた弓兵の落下する音。

 驚く4人の敵兵を前に、スカリアは馬から飛び降りて、手近な一人を蹴り飛ばした。

 吹き飛んだ兵は木にぶつかり内臓がつぶれる。その衝撃で幹が折れた。

 次いで地面の槍を拾うと、隣の兵士の前に立つ。


「う、うわあ!!」


 動揺しながらも剣を振り回す兵士の顔面に、穂先は容赦なく突き刺さった。

 最後の一人は脱兎のごとく森を飛び跳ねて逃げようとしたが、重い鎧を着こんでいるはずのスカリアのほうが、鷹が追うように素早く兵士を押し倒す。


「言え、残りのオメルガ兵はどこにいる」


「その甲冑、戦場で見たぞ!! お前が死霊騎士か!」


「だったらなんだ」


「悪霊なんぞに仲間を売ってたまるか、死ねエ!」


 カトレアは、兵士の甲冑に魔力が流れるのを感じた。

 その場から飛びのくと同時に、兵士の肉体は木々を震わせるほどの爆発を起こした。

 炎が舞い、森の一角が赤く染まり、そして火が小さくなると兵の身体は欠片すら残っていなかった。


「……簡単に命を捨てるお前たちも、悪霊と大差ないじゃないか」


 馬を呼び寄せたカトレアは、その場を立ち去る。

 その様子を、深山から眺める男がいた。

 遠眼鏡もなしに詳細に見て取った、その左眼は金色の狼眼。


「あれが王国の亡霊騎士か。たった一騎で残党狩りとは、余程自分の強さに自信があるらしい。監視兵、アイツを見張り続けろ」


 その唸るような声の主は、帝国の将が一人にして、半狼人ハーフワーウルフ

 青みがかった灰色の体毛を震わせ、にたりと笑う。

 敗残の仲間を助けに来たが、面白いモノと出くわした。


「……お前たち、今日の獲物は亡霊だ。吾らが100人がかりで殺すぞ」


 狼のように、彼らの舞台は獲物が隙をみせるまで何日かかろうと後を追い続け、集団で仕留める。

 それも知らずに、カトレアは今夜帰路につくことを楽しみにしていた。




 助けた彼の言葉を何度も反芻しながら。






こんな感じでゆるく投稿していきます。

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