第6章 変わりたければ歩くことだ
どうしてこんなことになってしまったのだろうか、とルールラス夫人に叱られた後、二人は外で考えていた。
「ろくでもない奴隷だ! 母上、こいつらをちょっとからかっただけだのに、二人がかりで俺を殺そうとしたんだ!」
ロデルムは母に言い訳したが、彼女からしっぺ返しを食らった。
「母上?」
「全部見てたよ! あんたは一体どこの子なの? チンピラの子かい? 私の子である以上は、男であっても粗野で幼稚なそのどうしようもない性格を、許すわけにはいかないよ! それに二人がかりが何だって?」
ロデルムは気まずそうに下を向いた。
「そんなど素人の連中なんて、たとえ何人でこようがたいしたことないんだよ! あんた、小さいときから剣の稽古をしてきてるんだろ? そのわりには勝負が長引いたじゃないか。 まさか、さぼっていたせいで、腕がにぶってるの? いつまで母を苦しませるつもりなの?」
ルールラス夫人はしばらくロデルムを叱りつけていたが、途端に泣き崩れてしまった。
「その、その反抗的な使用人の二人に罰を与えな!」
泣きながらも、結局彼女はジョパルたちを土に首だけ出した状態で埋めるという刑に処した。
「くそ! どうだ?」
「だめだ、動かないよ。」
夜になり、空気が冷え込む中、ジョパルはティぺスにどうにかして脱出しようと呼びかけたが、土は重く、びくともしない。
思えばこの七年、散々な目に遭ってきた。
これもすべてはあのルールラス夫人の、彼女にさらわれる状況に追い込んだ帝国のせいだ。
「なんだお前ら。 生きてたのか? いや、植物として生まれ変わったのか? それにしてもいい眺めだな。 ここからだとお前らの頭のてっぺんまで、よく見えるぞ。」
一番来てほしくない奴が来てしまった。
「ロデルム。 何しに来た!」
「ご主人様を呼び捨てにしていいのか? その口ぶりだと、まだ反省していないみたいだな。」
彼はジョパルの頬に剣を突き付けた。
「何のつもりだ?」
しかし彼はジョパルの質問に答えずに、何度もその汚れた頬を軽くつついた。
「お前ら、母上に黙って剣の修業をしてただろ?」
二人は顔を見合わせたが、ロデルムの表情からしてごまかせそうになかった。
「なかなか強かったぞ。 けど、まだまだ。 どうして剣の修業なんかしてるんだ? ん? そんなに俺が気に食わないか? どうだ、そうだろう?」
彼はそう言ってそばにあった水差しで、二人の頭に向かって水を注いだ。
「ハハハ! お前ら本当に植物みたいだな! ほれ、花を咲かせてみろ!」
「ああ、そうさ! お前よりもいつか強くなってやるんだ!」
我慢できなくなったティぺスは、ジョパルの顔を見て、それが彼の狙いだった事に気づいてしまった。
「母上、聞きましたか?」
「はあ。 ティぺス。 お前な。」
「ごめん、ジョパル。 でも、むかつくじゃないか!」
二人が話していると、影からこっそり様子を見ていたルールラス夫人が近寄ってきた。
「使用人が、剣の修業? は! 笑わせないでよ。 これでようやくうちの子が弱くないって証明できてよかった。」
彼女はジョパルのあごを手でなでるようにさわった。
「それにしても、よくもまあ七年も続いたもんだね。 そんなに憎いのかい。 帝国が。 ラミダン将軍とパレヴァンが。」
黙っているジョパルを、彼女は土煙を足で巻きあげて、せきこませた。
「あんたがどんな人間かは知ってるよ。 なぜ雇ったかって? そのあんたはいざってときのために利用価値があるからね。 でも、それも今日でおしまいだね。」
「母上、どういうことです?」
彼女は、ロデルムにあんたは黙ってなと制し、再び口を開く。
「あんたたちは剣を憎しみから学んだ。 これ以上あたしの手には負えない。 だから出ていきな。」
「そんな。 それだけは勘弁してください!」
ティぺスは、ほかに食いぶちがないことを知っていたから、夫人にしつこく食い下がったが無駄であった。
「うるさい! 昼間のあの騒ぎを起こしたってことは、当然飢えて死ぬことも覚悟してたんだろう? そんなに出ていきたいなら、出ていけばいいじゃないか! さあ、ロデルム、行くよ。」
「お願いです、夫人! もう一度だけでも!」
ティぺスは彼女に向かって懇願するが、夫人は彼を一度だけにらんで、息子の背中を押して屋敷の中に入っていった。
「夫人、返事をしてください!」
「もうやめろティぺス!」
彼はジョパルの声を聞いて黙り込んだが、今度は元気のなくなった声で言った。
「ジョパル。 お前は、一体だれなんだ?」
どうやら彼は、夫人の言ったあの将軍やら帝国やらの言葉が気になっているようだ。
「な、なんでもない。」
「なんでもないわけあるか。 お前、本当は奴隷ってのはうそだろ? あの様子じゃ、お前は身分の高い…」
「黙れ!」
突然の彼の叫び声に、ティぺスは言葉を失った。
彼にとって、あの七年前の日は、思い出したくもないエデモルカの血の歴史であり、恥ずべき事実である。
怒りからどなったのではなく、彼自身のつらい過去を振り払おうともがいている、そんな感じでジョパルは首だけでも必死に動かした。
「そ、そんなに怒らなくても。 俺、なんか悪いこと言ったかな?」
「ご、ごめん…」
だが、二人はそのとき、近くにそっと忍びよる人影を見た。
足音をたてないように、ジワリ、ジワリと彼らのもとに近寄ってくる。
「おい、ジョパル。」
彼は、ああ知ってると、できるだけ盗賊と思われる人影を刺激しないように冷静にふるまうが、その人影はふと二人の前で止まった。
「お前たち、ここの奴隷か?」
「いや、今さっき捨てられた。 それが何か?」とティぺス。
突如として仮面をつけた男は話しかけてきた。
盗賊にしては、どうも様子がおかしい男は、二人にある提案を持ちかけてきた。
「捨てられたってことは、もう誰の物でもないわけだ。」
「そういうことになるな。 でも、もう奴隷はごめんだ。 いくら頑張っても、復讐すらできない。」
ジョパルが復讐というのを聞いて、男はそのときああ、と口を開けて一人で関心したようにうなずくと、途端に剣を見せびらかした。
「復讐か。 なら殺しに興味はあるよな? 言わなくてもわかる。 お前の目には、これでもかってくらいに憎しみが宿ってる。」
あんた、何者なんだとジョパルが言うと、男は静かにせせら笑った。
「俺がだれかなんてどうでもいい。 それより、殺しをしたいだろ? 今までバカにしてきた奴らに。」
その瞬間、ジョパルの目は鋭くとがる。
「そう。 その目だ。 俺は武器商人をしてるが、武器は剣だけじゃない 。奴隷の心、これほど憎しみを抱えた強力な物はない。 そう思わないか?」
「ジョパル。 こいつ、なんかあやしいよ。 俺たちにどうしてほしいんだ?」
彼の答えは、やはり人殺しだった。
それも大人数で組織だったものであるというだけに、ジョパルの心はますます傾いてゆく。
「交換条件にそこから出してやってもいい。 受け入れるなら、明日の早朝、ガルべの街の兵士養成所までこい。 もしくるなら遅れるなよ。 どうだ、そのままそこで野垂れ死ぬのか? 戦うのか?」
彼らの頭のなかには、故郷や母の姿。
― 「あなたは、第七代イムダイとして、民の守護者として君臨すべきなの。 母は、ずっとあなたを見守っていますよ。」 ―
ジョパルの目には、涙が溢れそうになって、彼は必死にそれをこらえると返事をした。
「このまま、死んでたまるか。 俺には、やることがある!」
「ジョパル。 本気か?」
「お前は、悔しくないのか? 俺は悔しい。 兵士になって、まずはロデルムの野郎を蹴散らしてやるんだ!」
彼の言葉に、ティぺスもやがては決心がついたのか、震える声で言った。
「ロデルムめ。 見てろよ!」