第5章 同じ過去を持つ二人
― 七年後 ―
それはエデモルカが、帝国に事実上制圧された後のことである。
前イムダイの居城だった宮殿は、破壊されたりはしなかったが、ゼムヘイオの属州となり、帝国からは新たにアデムントという中年の将軍が総督として派遣され、エデモルカを牛耳っていた。
このアデムントという男は厄介な人物で、エデモルカに派遣された際に、現地の民から猛反発をくらったのだが、そういった人々の態度にむごい仕打ちで応じた。
そのため、彼に逆らった者は奴隷になったり、場合によってはその場で斬り殺されたりした。
いつしか七年もの時が経ち、エデモルカの民が仕方なく今の現実に従うという空気で街が満たされたとき、ここガルンに一人の青年の姿があった。
朝一度起きてはいたものの、昼になる前に、彼はもう一度夢の中にいて涙を流していた。
自分の両親が帝国の兵士たちによって殺される、とても、とても暗い夢だ。
あの夜、ゼムヘイオは河でレスレダの軍を撃破した後、宮殿にいる残存兵力を孤立させようとガルンの街を攻撃した。
街は焼かれ、いつものように暮らしを営むはずの灯りが、その夜は地獄の業火ように人々に牙をむいた。
今でもこの若い男は帝国の悪夢を見ることがわずかながらにあって、今日は偶然にもその日だった。
「父さん、母さん…」
「おい、お前寝てるのか? また夫人に怒られるぞ?」
途端に頬のあたりが熱くなって、彼は誰かの声で目を覚ました。
彼と同じくらいの年齢の体つきをした人影が一人、金髪の男の頬をつねっていた。
「ジョパルか。 いいところだったのに、起こすなよ。」
「その割には涙なんて、どうしたんだ?」
彼とジョパルは親友だが、その彼にも夢のことは一度も打ち明けたことがなかった。
ところでジョパルは森で会った貴婦人に連れていかれた後、彼女の使用人になっていた。
しかし、着るものはボロボロで、与えられる食べ物は腐ったものが多く、最初の頃はよく腹を壊した。
とにかく、使用人でいるというよりは、彼女の奴隷と言った方が適当であった。
その理由がもう一つある。
「おい、ティぺス。 寝ぼけて仕事をさぼっていたな? 母上に言いつけてやる!」
いかにも悪意のある陽気な声を出すのは、夫人の息子であるロデルムだ。
金持ちの環境で育ったためか、ずる賢くかなり身勝手な性格で、もう大人に近い歳になると言うのに、いまだに幼稚な面が抜けないせいで母をも困らせていた。
この狡猾な男は、ジョパルたちが使用人であることを利用し、憂さ晴らしのためによく喧嘩を吹っ掛けてきた。
「す、すみませんロデルム様…」
二人の目には、怒りの兆し。
当然だとは思うが、彼らが怒るのはロデルムのせいだけではない。
七年前、帝国によって味わった屈辱を忘れることなどできない。
彼らは同じ境遇だったから、出会ってわずか三日もたたないうちにともに帝国に復讐を誓った。
もちろん、ティぺスを気遣って、というより彼に友人として接してほしかったジョパルは、自分がエデモルカの王子であることを知らせていない。
夫人も奴隷になど興味を示さなかったのか、彼の過去については一切口外しようとしなかった。
しかし、自尊心はそれほどあるわけでもないが、やはり王子として生きてきた自分が、名門でもない貴族の若造にバカにされて黙っていられるのは今日までだった。
「ん? 何だその目は。 今日初めて使用人の目をしてないお前を見るのは、なぜだ? 俺の目が節穴だったのか? 違うよね、ティぺス。」
そのティぺスも同じような目をしているのに気づいたのか、ロデルムは舌打ちをした。
「そんな目で見るなよ。 イライラするだろ? 使用人は使用人らしく、決まりの悪そうな困った顔でもしてろよな。 それとも、実はジョパル、お前は俺より偉かったのか?」
彼の言葉は元王子の我慢の限界を突破させた。
「うああああああああああーっ!」
突然に目の前にあった花柄の壺を蹴飛ばして粉々に割った彼は、飾りとして立てかけてあった剣を取り、ロデルムに向けた。
言い忘れていたが、二人は帝国に報復するために七年前から、秘かに剣に励んできたのだ。
さすがに驚いたのか、ロデルムは目を丸くして彼の様子を見張ったが、しばらくして使用人として生きる以上、行くあてのない彼の弱みに気づくと、自分も甲冑の模型の横にあった剣を取り、彼に向ける。
「ティぺス。 手伝ってくれるな?」
「ああ、こいつにはもう我慢できねえ。 二人ががりだろうと関係あるか。」
「お前ら、俺は主人だぞ? 逆らってもいいのか?」
「だからどうした!」
ジョパルは大声でそう叫ぶと、ティぺスとともに彼に襲いかかった。
「やあ!」
剣のぶつかりあう音は、摸造刃ではあるが、半端ではない。
このときロデルムは、二人が本気なのだと思い、重苦しいローブを脱いで剣を構える。
「はああ!」
三人はロデルムを真ん中に挟む位置で剣を何度も交えるが、一向に貴族が屈する気配はない。
それもそのはず、二対一とはいえ、ロデルムは貴族という身分上、幼いころから剣の特別な訓練を受けているのだ。
野外的に雑に剣を振っていた二人とは、天と地ほどの技のさえと素早さがあり、力においても勝っていた。
本当にたちの悪い者とは、こういう者のことをさすのである。
しばらく戦っていると、戦況に変化が現れた。
ティぺスが攻撃を飛びあがってよけた瞬間、ロデルムも飛び上がり、追いうちの蹴りを仕掛けてきた。
「うわっ!」
彼がティぺスを倒して油断していたと思っていたジョパルは、今しかないと剣で薙ぎ払うが、それを止められ、側面から腰のあたりに蹴りを二三発くらい、さらにその後空中に舞ったロデルムにより回し蹴りをくらって吹き飛ばされた。
「ぐっ!」
「どうしたまぬけども? もう終わりか? ひきょうな手を使っても勝てないなんて、所詮、使用人には畑仕事がお似合いってわけだ。 ハハハハハ!」
だが彼らの復讐の炎はこの程度では消えるはずがなかった。
二人は起き上がると、同時にロデルムに前と後ろからで襲いかかる。
「かなわないと分かっていて挑むなんて、学習しない連中だな。」
ロデルムはフフと鼻で笑うと、二人を迎え撃とうとしたが、ある女性の声によって止められた。
「何をしてるの?」
ルールラス夫人。
かつてジョパルを森からさらった女だ。
その彼女が、三人がもっている物騒なものを見て、目を尖らせている。
まずいことになったと、ジョパルは思った。
この場合は、怒られるのはどう見ても自分たちだ。
「二人とも、来なさい。」