第45章 偉大な者の声
本作品をお読みになっておられる読者様がたにご連絡いたします。幻朝帝イムダイ~減月の黒炎~は次話を持って最終話となります。そのため、事前にそれをお知らせいたしました。少し投稿が遅れると予想されますのでご理解くださるようお願いいたします。
仄暗い光をつかみ損ねた先に待っていたのは死に満ちた空間だった。
「…しろ!」
「はっ!」
はっきりとはしなかったが、確かに一人の兵士に向かって命じた誰かが、今まさに二人の人間の首に縄をかけ、彼らが踏みしめる小さな台を落とそうとしている。
どうやらこの二人は処刑されるらしかったが、彼は自分自身が今そこに観衆の一人に混じっていることに気づいた。
「ここは…」
見物人らの中に混じって彼は目の前の台を見据える。
そこにはウィンバートとベオコスの姿。
「将軍!」
聞こえているはずなのだが、大勢のざわつく観衆のせいで二人にその声は届かない。
「え…」
見ている。
ウィンバートがいく千の民の中から自分だけを見ている。
「シィーロス。」
その言葉を遠くから読み取っていた彼は衝撃を受けた。
叫び声をあげたベオコスが、隠し持っていた短剣を使って縄を切り、そばで様子を見守っていたシィーロスに斬りかかった。
悲痛に歪む顔が、その惨劇を物語る。
刺されたのは将軍だった。
「無念だ…」
殺せというシィーロスの激怒した声がその場を満たし、兵士たちが将軍に向かって剣を向けると今度はベオコスが自らの胸を突き刺した。
彼は見ていることしかできなかった。
白い歯を痛みを忘れるほどにすりつぶそうと努めても、ウィンバートも将軍もむなしく命を散らしていく。
― 「敵だ。 お前にとっての敵は消滅した。」 ―
「うるさい…。」
― 「どうした? もう追われることはない。 我が黒き月の血の息子よ、解き放て!」 ―
一体誰なのか。
先ほどから耳鳴りが続いて鼓膜が破れそうだ。
彼は次第に痛みによって周囲の景色を見ていられなくなった。
「誰か、とめてくれ! このうるさい音を!」
笛の音色にも似た特異な波音が頭の中にたまってゆくような感覚だった。
「誰なんだ! やめろ! 私に話しかけるなあああああああー!」
彼の意識はそのまま誰も知らない底辺に落ちていった。
「陛下!」
「は…」
「陛下、大丈夫ですか?」
彼の体をゆすっていたのはトヴァンザだった。
「夢か? 夢なのか?」
「いえ。 ベオコス将軍とニヴェナ王は処刑されました。」
老人は残念そうに頭を垂れると、ゆっくりと彼のもとを下がっていった。
シィーロスによって起こされたクーデターによって、ニヴェナの王と将軍の命が奪われた。
それをトヴァンザの口から聞いたとき、彼の意識はしばらくの間、まさに夢幻のかなたにいざなわれたのだ。
「王よ、大変です!」
もうすぐでエデモルカの城だというのに、伝令からもたらされたのは絶望の知らせだった。
「逆方向からパレヴァンの大軍が迫っています。 それにハルヴェルト将軍により足止めを食らっていたアデムントの軍が、何者かによって強化されました! このままでは…」
兵士はそれ以上何も言わずに去っていった。
彼はもう逝ったのだろう。
「くそ! どうします陛下。 これじゃ都に帰れない。」
ティペスが忠告し始めたとき…
「うっ!」
また耳鳴りがした。
あのときとそっくりのそれは、夢と同じように迫ってくる。
― 「解き放て!」 ―
「陛下!」
「どけ…」
ぼそりとつぶやいて苦しむジョパルに、トヴァンザは耳を疑った。
青ざめた顔をしているが、その目は相手を燃やしつくさんという殺気で溢れている。
「うるさい、うるさいうるさいうるさい!」
― 「偉大なる昇天に己を導け!」 ―
「うわあああああああーっ! 行け! 行けよ!」
突然ジョパルはがなり声を上げ、馬は何度もその腹に蹴りを食らって興奮し、全速力で駆け出す。
「王に続けーっ!」
非常事態とはいえ、発狂した君主を追うのは自殺行為だった。
ティペスだけがそれを理解し、こうつぶやいた。
「みんなどうかしてる…。」
彼女はたとえどれだけ反対する者がいようと、行くしかないと思っていた。
「おやめください! 王の命なのです!」
「通して! ジョパルが心配なのよ!」
門兵たちは次々とジェスナに立ちふさがるが、何時間経っても彼女は馬から降りなかった。
「私が行ってやらなきゃだめなの! 話を聞いて!」
敵の動向はすでにエデモルカ城にも伝わっていた。
彼女の性格からして、真実を告げれば厄介なことになると分かっていた。
門兵の一人は何事かと近づいてきたモルモゼロに文句を言ってやろうとさえ思っていた。
「大臣!」
「いかせてやるのだ…」
「し、しかし!」
意外な返事に門兵たちは戸惑った。
単に大臣なら止めるだろうという彼らの予想が外れただけではない。
「忘れたか! 我々は遅すぎた! 気づくのに遅すぎたのだ。」
もう少し早く誰かが何かをしていたら、惨劇は今は亡きエデモルカに起こらなかったのもしれない。
「行くのです、姫様! 陛下を悲しませてはなりません!」
「はい!」




