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第44章 犠牲精神と国家の僕


 「急げ! まずは騎兵を殺れ!」


 魂の叫びが衝動へと変わり、鼓動を脈打つ。


 ひたすら走り続ける兵士たちの中央で、ジョパルはアデムントとその歩兵を迎え撃ちながら、森へと向かっていた。


 あそこに入って奴らを振るきるつもりでいた。


 いや、そもそも見つかる前にエデモルカの宮殿から逃げるつもりでいたのだ。


 「敵さんの到着のほうが、ちっとばかし早かったな。」


 ハルヴェルトがジョパルの前に出てきて、苦笑いを浮かべて馬を反転させる。


 「やめるんだ。 私のお願いだ。 二度目はないかもしれないんだぞ?」


 一人で敵をひきつけようとする彼の腕をジョパルはつかもうとする。


 今度はきっと生きて帰ってこられない。


 そんな予感がした。


 だが、その手は彼の手にがっしりと逆につかまれた。


 「帝国のやり方は、わかってるさ。 だから、心配するなジョパル陛下。」


 ハルヴェルトは片目でウィンクし、ジョパルの手からぬくもりがこぼれ落ちていく。


 「お前は王なんだ。 死なせるのは、俺だけにしやがれ…。」


 そのマントの後ろ姿から、ハルヴェルトの声が聞こえた。


 「陛下。 ハルヴェルト将軍はどこへ行かれるのです?」

 「ん? いや、ちょっとした用だ。 すぐに合流する。 それよりトヴァンザ、森に着いたら一気に飛ばして、やつらが迷いやすいように仕向けるんだ。」


 「分かりました。 お任せを。」


 ジェスナが見たら、きっと悲しむ。


 自分だって王だ。


 死は仕方ないと思う。


 「だけどな、カッコつけてんじゃねえ…。」


 後から来る悲しみの代価にはつりあわないのに、なぜ彼は死のほうを選ぶのだろうか?






 「よいか! 死んで損したと思うな! 得したと思え!」


 男なら男として死ねることを誇りに思うことだ。


 アデムントの号令は帝国の騎士たちを活気付け、勇肝ゆうたんなる翼を心に宿らせる。


 「うをおおおおおおーっ! 突撃だ!」


 何百ものひづめの音が混ざり秩序の崩壊へと向かう獣のように、前方に見える赤い命の中枢を貫かんと、ゼムヘイオの軍は立ち向かってゆく。


 やがて霧のなかにうっすらと深緑のかたまりが見えてきた。


 「逃げる気だな! 速度を上げろ!」


 耳を切る風の音が暴走し始める。


 しかし…


 「来やがれ! 雑魚ども!」


 「くっ! こしゃくな裏切り者が!」


 目の前に突如として現れたハルヴェルトの軍団が道をふさいでいる。


 「よお、ふんぞり返ったおっさん! ガルベ城のとき以来だな。」


 「貴様。 よく私の前に顔を見せられたものだな。 殺してやる!」


 彼は馬から降りると、腰に下げた帯剣を抜き、全速力で彼に向かってくる。


 せめてこの霧が晴れていたら、心の慰めになったのかもしれない。


 「へっ、おもしれえじゃねえか。 これでてめえとの縁も切れるってこった。 せいせいしたぜ!」


 血しぶきが舞い、両軍の兵士たちが散ってゆくなか、二人は対峙する。


 「ぬん!」


 斬り上げから一回転して、突きをすかさず繰り出すアデムント。


 その攻撃を全てかわし、彼のふところにもぐりこんだハルヴェルトは足払いを仕掛ける。


 「おわっ!」


 すばやく受身をとり、総督は彼の追い討ちを合図してそばにいた三人の盾兵にガードさせた。


 「いいねえ! そういう帝国のやり方を見てるとな、イライラすんだよ!」


 「うわああああっ!」


 思い切り空に跳び、ハルヴェルトは得意の瞬殺剣で三人の兵士を一息に切り伏せる。


 「はああっ!」


 総督は直後、左右交互に二回ずつ剣をかまえて彼の攻撃をかわすと、両手に剣を持ち替えて何度も垂直に振り下ろし、最後に半ば飛び上がって彼に全体重を込めた剣撃を加える。


 「ようやくか。 あんたのそういう必死なところ、嫌いじゃない。 もちろん、それをいいことに使っていればの話だ。」


 「だまれええええええ!」


 がむしゃらに武器を振り回し、アデムントは激情をあらわにする。


 この機会を逃すものかと、ハルヴェルトは一瞬彼がふらついたところを剣で突き刺した。


 「ぐえっ!」


 それは苦しむ間もないうちに終わった。


 うめき声を上げた将軍を見た瞬間、彼のその深いため息というほんのわずかな精神の許しが致命傷になった。


 「ぐあっ!」


 「将軍ーっ!」


 近衛兵の前で馬に乗ったままハルヴェルトを突き刺して、見下ろしていたのは隊長の鎧をつけた若い男。


 「ロデうわっ!」


 近衛兵がその名を呼ぶ前に、彼はその口を背中にしょっていた矢を飛ばして封じると、けたたましく笑いながら槍を引き抜いた。


 そして、血をかぶるその顔が不気味に輝いたとき…


 「嫌な予感がする。」


 ジョパルは生い茂る森を見上げた。




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