第42章 伝説を求めて
「どうだ?」
メルダテスは近づいてきたアデムントとラミダンにたずねた。
「それが、パレヴァンからの同盟話は何なくこぎつけたのですが、ニヴェナの方で問題が起きまして。」
それはつい先日のことだったという。
‐ ニヴェナ王ウィンバートが、大臣の一人であるシィーロス主導のクーデターによって失脚した。 ‐
初めは信じられなかったが、いくら手紙を送っても王からの返事はなく、代わりにシィーロスのものと思われる字体で、いくつか文書が送られた。
「我が国は、非常に病んでいるゆえに、まずは内部にたまった膿みを取り去る必要がある。」
膿というのは、おそらく王と家臣だろう。
「これは一大事ですぞ陛下。 一刻も早くシィーロスにとどめをささなくては! ニヴェナが混乱している今がチャンスです!」
ラミダンはクーデターを起こすような無謀な男なら、いかように絆を深めたところで、あっさりと裏切られるに違いないと思っていた。
「待て待て。」
だかメルダテスは手のひらを返して考え込んでいる。
「陛下! 危険です!」
「それがどうした?」
アデムントは口調からして、今回も将軍の意見に反対のようだ。
「どういう意味だ総督。 まさかまだ私を妬んでいるのか?」
「まさか。 私は、利用できるものは利用すればいいと思っただけだ。」
場の空気がしだいにあやしくなり、王のせき払いも二人には聞こえていない。
「こうしている間にもジョパルは国の基盤を固めているに違いない。 万が一の事があれば、貴様は責任をとり…」
「黙っていろ腰抜けが!」
「よせ!」
メルダテスの一声で、出かかっていた将軍の剣は止まった。
「申し訳ありません陛下。 ご無礼を。」
だかアデムントの方を向くと、ラミダンは鋭い目付きになっていた。
いつもと何かが違うことは自分でも分かっていた。
ジョパルがのし上がっていく焦り、自分が取り残されるやりきれない想い。
そのたびに胸を打つ恋人を失った孤独が怒りを掻き立てる。
「許さんぞ総督。」
コツコツと足音を立てて歩く王の間の後方から、たしかに怯えと怒りの視線を将軍は感じていた。
言ってやった、ではなく、言ってしまったのか?
どちらにしても気を紛らわせるためだけに起こした愚行である。
幸いにも一人は気づいていないようだ。
そんなことは問題ではないのだと、彼は振り返ってアデムントに大声を発した。
「よかろう総督。 好きにすればいい。 全ての責任は私が持つ。 これで満足だろう?」
その後アデムントの嬉しそうな顔が見えたが、結局のところは同盟にシィーロスが加わることはなかった。
こちらを警戒しているのだろうか?
いや、考えたくない。
「私はただ戦で人を殺めるのみ…。」
騎士の行軍は予想していたより、はるかにスムーズに行われた。
「帝国のやつら、かなり消耗していやがるな。」
ハルヴェルトが目に焼きつけたのは、整備されずに崩れかかった道と、ろくな装備のない関所の数々。
「あたりまえだ。 ここは帝国領の最大進出領域だぞ? 今のゼムヘイオの力じゃ、そこまで兵力を増強する余裕はないさ。」
ティペスも近くで折れた帝国の旗を見た。
踏みつけられ、泥まみれになったうえ、ところどころにほつれが見られる。
塗り方も妙に雑っぽい。
「陛下。 今我々は二千の騎兵を連れておりますが、こんなに多くは必要なかったのでは?」
「いや…。」
ジョパルが静かにするよう合図した。
旧エデモルカの宮殿にそびえる見事な旗。
その眼下にはまだ十分戦えそうな鎧の軍団。
「帝国が弱いのもここまでさ。」
彼は敵陣の背後から、一斉に弓を構えさせる。
「放て!」
天を埋める黒雨は風を切り、ゼムヘイオ兵たちに襲いかかる。
「敵だ! 敵がきたぞ!」
「かかれー!」
矢を防ごうと盾を上にかざしている兵たちに、騎馬軍団が突進する。
持っていた槍に刺された兵からしたたる血が、宮殿の石廊を赤く染めた。
「ここは我々エデモルカ軍がいただく! 帝国の兵どもは立ち去れ!」
「エデモルカ万歳!」
突然の事にも加えて、猛り声を上げる騎兵の攻勢の前に、いずれの敵も逃げてゆく。
「探せ! 書庫に行くのだ!」
戦いをハルヴェルトに任せ、ジョパルたちは宮殿の中へと入った。
「いたぞ! 殺せ! いけいけ!」
隊長らしき人物が中に閉じこもっていて、赤いじゅうたんの敷かれた廊下から、敵歩兵が向かってくる。
「私に続け!」
宮殿の中であろうが、ジョパルは構わず騎兵に突撃を命じる。
兵士の他にも、書斎の机の下へと隠れるメイドや小さなナイフで抵抗する貴族たち。
それらをかいくぐった彼は歩兵を蹴散らして、ついに奥にある書庫へと入った。