第40章 凍てつくのは王
霧のなか、冷たい氷が視界のほとんどを支配し、痛みの感覚さえ忘れさせるような吹雪が頬を伝う。
森の針葉樹たちがざわつくたびに雪は葉から落ち、行軍を続ける彼らの前にボトリと音を立てて崩れた。
「このあたりです。 もう見えてきますよ。」
「だそうだ。 おいみんな、もう少しの辛抱だ。 生きてるか?」
ハルヴェルトはモルモゼロの言葉を聞いて、エデモルカの民を励ましていた。
屈強そうな大工の男も、青白い顔をして子を抱く母親も、かろうじて群れていることが救いだったのか、よろめき倒れることはなかった。
「つきました殿下。」
ジョパルは大臣に言われて前を見た。
「こ、これは…。」
民たちも歓声を上げて、今までの静けさが嘘のように騒ぎ出した。
「これで、やっと温かい飯が食えるぞ。」
壮麗なる大聖堂、整備された道。
それに加え、彼らを出迎える兵士の数の多さ。
「よくぞご無事で。 そちらの方々は?」
「失礼のないようにな。 以前私がお仕えしていた王子だ。」
外の空気が冷える分、中は非常に温かくしてあった。
「ごらんくだされ。 その名もエデモルカ城。 先代のイムダイの宮殿はおろか、帝国の城にもまったくひけをとりません。」
ジョパルは城の中を案内され、息をのむとともに、奥にあった玉座に腰を下ろした。
「私が、王、なのですか?」
彼の手はまだ若く、しわさえ見えない。
果たして、自分に民をまとめることのできるイムダイとしての素質が、備わっているのだろうか?
「ご不満ですか? お気持ちはよく分かります。 ですが、我らは心よりお待ち申し上げておりました。 殿下が王となる日を。」
「父上のようにはなりたくない。 私はこの数十年、世界を見てきた。 民を導いてやれたらと、ひたすら悔やんできた。 だが、おかしな話だと思わないか? いざとなると、怖くて自分の役目から逃げてしまいたくなりそうだ。 情けない。 父をさげすんできた私は、父の悪い部分しか見ていなかったのだ。」
ジョパルはレスレダが、いかに器の大きな人物であったのか、その真の意味をここにきて理解した。
自分の父だけではない。
ウィンバートも、あれだけ嫌われてきて、なおも平常心を保っているエルガーに至っては感服した。
「王になりたくないなら、やめるこった。 そんな決意じゃ、なってもろくなことができねえって。」
「おい、貴様。 言葉に気をつけろ。 この方は…。」
「よいのだ、トヴァンザ。」
彼はハルヴェルトの侮辱を助言と受け取った。
「怒りにまかせて、自分を見失ってはいけない。 私の父も、ラミダン将軍も、みんな怒っていた。 でも、それじゃだめなんだ。 私は怒りにのまれて死ねる立場じゃない。」
その瞬間、にやりとハルヴェルトが笑った。
「お前、変わったな。 王はそうでなくっちゃ、民を守れないってことさ。」
皆外に出て、きれいに整列しながら、寒さを我慢していた。
そして彼らの向かいに立っているジョパルは、責任を放り出したい感情を抑え、民を敵の吹雪から守護し、彼らの盾となるべく寒さをこらえていた。
「今ここに宣言しよう。」
モルモゼロが全員の前に出てきて、ジョパルの手をつかんで、腕を上に上げた。
「新たなる王、万歳!」
民たちの声が北の大地にこだましたときだった。
一人の兵士がジョパルのもとへと駆け寄ってきて、こう言ったのだ。
「ぜひ、エデモルカの、いえ、ガルべの街を、帝国から救ってください。」
彼は泣いていた。
「何があったのだ?」
「はい。 それが…」
「私の考えとしてはまず、そのようなことを検討しております。」
メルダテスに向かって、帝国の将軍が言った。
「では、やつらを今の内に叩いておかねば、後の脅威になると?」
「間違いありません。奴は私を恨んでいます。恐れながら、おそらく我がゼムヘイオが最初に攻撃を受けるでしょう。」
彼はジョパルに恐れを抱いていた。
いまやジョパルは昔のようなひ弱な若造ではないのだ。
「その逆もであろう。人の恨みで、そう安々と奴が攻めてくるとは思えん。」
確かにジョパルはレスレダの私的に始めた戦で国が滅んでゆくのを過去に見ている。
そして怒りが危機を招くことも。
「おっと。 奴が攻めてくるのは国を取り戻すためだったな。」
「いえ、陛下の今のお言葉で、私もジョパルへの怒りにとらわれていることに気づきました。 このままでしたら、ジョパルに返り討ちにされていたかもしれません。」
メルダテスはゆっくりと片手を上げて、わびを入れずとも良いと将軍を止めた。
「それは良い。 問題はお前の案を、パレヴァンはともかく、ニヴェナが受け入れるかどうかであろう。 彼のエデモルカに対抗しうる、全ての国を使って、やつを止める作戦をな。」