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第38章 還る命


 「とりあえず、一度連れて帰ろう。 話を聞くのは彼女を助けてからだ。」


 「承知いたしました。」


 男の命令に彼は従い、兵士たちに号令をかけた。


 「おい、狩りは中止だ。 今すぐ国に帰るぞ。」


 エルガーはサナのすっかり冷たくなった体を抱いていた。


 なぜ傍若無人な悪行で知られる彼が、そんな紳士的な行動に出たのか今は分からなかったが、彼はサナを連れて雪山を登って行った。






 「どうだ?」


 「こんな体で、しかも一人で森の中をさまよっていたところをみると、とても正気の沙汰とは思えません。 おそらく、何か思うところがあったのでしょう?」


 つまるところ、彼女は自殺を図るつもりでいたということだった。


 「なぜそんなことを?」


 「わかりません。 とにかく、しばらく安静にしていることが絶対に必要です。」


 医者は彼女に布団をかけると、そそくさと出ていった。


 そこは簡素な山小屋だったが、幸い狩りの最中の事故に備えて医者を同行させていたため、早急な処置をとることができたのだ。


 エルガーはサナの髪をかきあげて、額に手を当てた。


 「どうしてこんなところにお前のような者がいるのだ。 それに自殺などと。 政略結婚が嫌で逃げ出したのか?」


 「い、いいえ。」


 彼女が目を覚ました。


 「では、お前がここに来た理由を知りたい。」


 目の前に座っている男を一目見て、目を疑った。


 自分を助けてくれた男が、意外にも偏見に満ちた悪評高いパレヴァンの君主だったからだ。


 「私が、ここに来た理由…。 そんなもの、ありません…」


 ただ適当にさまよい歩けば、いつかは死ぬだろうと、彼女はそう思っていた。


 「ないとは? では私とたまたま居合わせたのは、時のいたずらだな。 女の大好きな運命とかいう言葉だ。」


 その口調から、ほら、やっぱりこの人は自分をバカにしているのだと、そういう人間なのだと思ったが、話の続きを聞くうちにその考えは変わった。


 「根拠のない運命を求めるほどに何かに追われ、困惑しているのか? 私は二ヴェナや帝国から言われ放題だが、助けてやることはできる。 何があったのだ?」


 ― 誰もいなくなった。 私のもとから誰も、いなくなった。 他の人のところへと…。 ―


 夢の中で聞こえた台詞がよみがえったような気がした。


 「う、ううっ…。 ああああああああー!」






 私のもとに来るか?


 彼女からの事情を聞いたとき、彼はそう言った。


 「行きます。 あなたのところへ。 私は引き取り手のない泥だらけの人形です。 どうか、拾ってください。」


 「貞淑な女は私も好きだぞ。 だからといってお前の父にはもう会えないかもしれんが、それでもいいのか?」


 「はい。」


 このときの彼女には、彼が救世主のように見えたことだろう。


 のぞまない政略結婚を拒み、新たな男を見つけた女がいる一方で、彼女は政略結婚に裏切られ、普通なら望まない婚約を受け入れた。


 苦い肝を無理やり噛みつぶし、そのあとに来るわずかな甘みを必死にかみしめるように。






 森に入ったジョパルは、見覚えのある場所に出た。


 急斜面はなくなり、比較的開けた土地に葉が積もっている。


 母ヘレネの沈んだ場所だった。


 「母上。 戻ってきました。 ジョパルです。 戻ってきたんですよ? あの日、あなたが私に向けた眼差し。 あれほどの愛をもらった私は、幸せ者でした。」


 彼は沼のすぐ近くまで歩み寄って、体を丸めてしゃがみこんだ。


 「ここが、あなたの母が眠っている場所…」


 ジェスナも彼のそばにきて、沼を見つめる。


 「紹介します。 私の花嫁、ジェスナです。」


 彼女は彼の口からそれを聞いて、ほんのりと赤くなった。


 「気に入らないかもしれませんが、私はこの人と生きていくと決めました。 それに見てください。」


 ジョパルは後ろ向いて、民たちを紹介する。


 「エデモルカの民たちです。 私の希望となってくれる人たちです。 もし、もう一度沼から出てきて、母上を抱けるなら…」


 彼の手はそこで止まった。


 代わりにさみしく、行く当てのない手の先を、ジェスナが受け止めた。


 「ジェスナ。 私は。」


 「お母様の前で、みっともないわ。」


 そういう彼女も涙を流し、彼に口づけをかわした。


 ― 「ジョパル。 私はいつでも、あなたを見守っていますよ。 ですから、立ち上がるのです。 エデモルカのために。」 ―


 空耳にしては、声がはっきりと聞こえ、胸にかかったペンダントが燃えるように熱くなっている。


 「母上…。」


 河におちた時に見た夢の続きは、これだったのか!


 「母上! 母上ーーーーーーーっ!」


 彼の悲しみは、しばらく収まることがなかった。


 その様子を、民たちの他に影からそっと見ていた者たちがいたことは、彼らはこのとき誰一人として気づかなかった。



 

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