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第35章 いつしか愛されなくてはならなくなった


 「サナ! 待ってくれ!」


 遠ざかってゆく彼女に、ジョパルは手を伸ばすが拒絶されるばかりだ。


 王子には二人の女がいるが、一人はめかけでしかない。


 その順序を、今さら変えることなどできはしないのだ。


 サナを追いかけようとするジョパルの前には、べオコスの騎兵隊が立ちはだかる。


 「そこをどけ!」


 「よせ、行くんじゃない! 捕まりたいのか!」


 べオコスはハルヴェルトに抑えつけられる彼を見て、不気味な笑みを浮かべた。


 確かラミダン将軍にも、彼は同じような目を向けられたことがある。


 嫉妬が全てを支配し、冷静さを失った将軍を見るのはこれで二人目だ…


 「サナは、私の女だ。」


 べオコスの口からこの言葉が出てきたとき、彼の心は激しくゆらぐと同時に、一種の安心感という感情を生みだした。


 これでジェスナと二人きりになれる。


 「べオコスはサナのことが、好きなのか…」


 だから必死になって自分を追いかけてきたのか?


 エデモルカの王子を、二ヴェナの将来のためにも今のうちに葬っておくこと、というのはきっと建前に違いない。


 「ジョパル! ジョパル、聞いて! これ以上私を苦しめないでよ…」


 意識はふと震える声で泣きつくジェスナに戻る。


 ― 「恨みから剣をとるということは、自分を不幸のなかに陥れる覚悟が必要だということだ。 後になって引き返すことなど、私は許さない。」 ―


 ラミダンの言っていることが、やっと分かった。


 ― 「私が憎いか? 私も自分が憎い。 今まで多くの戦で敵を殺し、その家族の幸せを奪ってきた。 お前もそのうちの一人というわけだ。」 ―


 後になって引き返すことなど、できるはずがない。


 なぜなら、自分は他人を不幸にしてしまった、加害者だから…


 「でも、ラミダン。 あんたのように、あんたみたいにはなりたくない。」


 ジェスナを抱きかかえ、彼は馬の腹を蹴った。


 「逃げる気か!」


 猛スピードで将軍が迫り、彼の横に並び、剣で斬りつけてくる。


 「うおっ!」


 しかし、トヴァンザが放った弓によって、馬は激痛から歩を乱し、べオコスは勢いよく落馬した。


 「くそ! 追えーっ! 奴をなんとしても捕えろ! 私はサナを追う!」


 




 しかし、彼はこのとき思わぬ事態に直面した。


 サナが別方向ではあるが、帝国の領土に向けて逃亡を始めたのだ。


 このままでは王の娘が人質に取られてしまうと、彼は優先的に彼女を追うように指示した。


 「サナ! そっちにいってはならん! すぐに戻ってきてくれ!」


 彼女の馬はなおも西に向かって走り続ける。


 死んだような目つきをした彼女を見るのは、最初で最後になった。


 国境付近で見張りをしていた帝国の兵士が、べオコスに気づいて道をふさぎ始めたのだ。


 彼女だけが準備中の柵を築かれる前に乗り越え、ゼムヘイオの領土へと入っていった。


 帝国に行って何をする気なんだ、サナ。


 「まさか、ラミダンと? そうなのか? サナ!」


 必死に言葉をかけるが、彼女が振り向くことはなかった。


 いや、サナは故意にそうしていたのかも知れない。


 「私を、恨んでいるのか? ジョパルを追い払った私を! しかし、これは国のためなんだ! そうだ。 私はお前よりも、国を守ることに重きを置く愚かな将軍だ。 だが、愛していた…」


 「将軍、大丈夫ですか?」


 「…っ! 触るな! 持ち場に戻れ!」


 「し、失礼しました!」


 こんなに取り乱した彼を見たことがなかった兵士は、すくみあがって一礼するともとの配置についた。






 「陛下!」


 黒い生地に、きらきらと金色の羽根模様のついたローブに身を包み、細い目をして、帝国の皇帝メルダテスは、各地の属州から送られてくる統治状況をつづった書信に目を通しているところだった。


 「どうした?」


 メルダテスのもとに来た伝令兵があわただしく一礼をすると、一人の若い女性を連れてきた。


 「なんだその女は?」


 「そ、それが、ラミダン将軍に会いたいと。 二ヴェナ王ウィンバートの娘だそうです。」


 「ほう。 そなたがサナか。 おい、ラミダンを呼べ!」


 しばらくして、鎧のカチャカチャという音が床に響き、将軍が入ってきた。


 「陛下。 ご用でしょうか?」


 「私ではない。 二ヴェナの娘と名乗る者が、わざわざお前に会いに来た。」


 メルダテスは彼女に出てくるように手招きした。


 「サナと申します。 お初にお目にかかります。」


 高貴な衣装をまとっていたものの、その服は汚れのせいで黒ずみ、ラミダンは二ヴェナで何かあったのではと、さまざまな憶測をせずにはいられなかった。


 どうしてウィンバートの娘が、護衛兵はおろか、侍女すら同行させずに一人で帝国までやってきたのか?


 なぜメルダテスではなく、自分に用があるのか?


 「私にご用があるとか? 一体、何があったのですか? その服を見ると、ただ事ではない様子ですが…」


 「うっ。」


 突然、ラミダンの声を聞いた彼女は泣き始め、床に座り込んだ。


 どうやら安心して気を失ったようだったが、意識はわりと長くまであった。


 「どうしたのですか? 大丈夫ですか? お嬢様!」


 ― 「サナ! 戻って来てくれ!」


 「だが、私はお前を愛していた…」 ―


 「ごめんな、さい…。 私は、あなたに気はありません。 ラミダン将軍のもとに、いかせていただきます。 なぜなら、あなたとは敵同士だから。 彼に近づけば、もうあなたと王子様には近づけないから。 想いを断ち切るには、しばらく、いいえ。 永遠に生涯ずっとそうしているしか、私には耐えられる自信がありません。」


 「お嬢様? しっかりしてください。」


 頭の中に響いたラミダンの声に、彼女は救われていくような気がした。


 


 

  

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