第30章 レスレダの面影
ジョパルにべオコスが何かよい方法でもあるのかと尋ねた。
「はい。それは…」
それを聞いた総督たちも、うまくいくかどうかは分からないが、賭けてみることにしたようだ。
「今は方法がそれしかない。 いくぞ!」
しばらくして戦闘は再開された。
狭い通路では騎兵は使い者にならないために、彼は歩兵を動員して敵に攻撃を仕掛けた。
そのころ、別の方向に向かった兵士たちがいた。
べオコスの率いていた騎兵たちだ。
しかし彼らは将軍ではなく、ジョパルにつき従って坂を上っていく。
そして坂を上り切ったところで、ブロンベルクの援軍と合流した。
「本当にうまくいくのか?」
「ええ、心配は無用です。 あなたは向かってくる敵を足止めしてください。」
ジョパルは彼にそう命じると、坂から見える大盾兵で埋め尽くされた谷間に向けて叫んだ。
「矢をつがえよ! 二ヴェナ万歳!」
「二ヴェナ万歳!」
騎兵たちは馬に乗ったまま、下にいる敵に向かって矢を構える。
「敵だーっ!」
ブルンベルクの軍に気づいたのか、ジョパルの奇襲を阻止しようと、もともと坂の上に待機していたパレヴァンの兵士たちが襲いかかってくる。
「皆、一人も通すな! よいか。 今しばらく耐えるのだ!」
将軍の声に呼応して、二ヴェナの援軍は敵と接触した。
― 暗闇で、父の声が聞こえた。
「ジョパルや。 そなたは我が王位を継ぐ身なのだ。」
レスレダは優しい目をしていて、彼に笑みを投げかけた。
「ハハハハハハハ!」
しかし、うさぎを殺し戦場に赴く父は、鬼のようだった。 ―
「父上! 私は、私はあなたのようにはならない! その代わりに、誇り高い君主として、この世に君臨して見せます! 矢を放てーっ!」
父の使っていた集団弓法で、ジョパルはそのとき昔を思い出しながら敵を攻撃していた。
「うわああああああー!」
予想外の上からの攻撃に、敵の兵は陣を崩し始めた。
「今だ! 突撃開始!」
矢の奇襲を合図に、べオコスが歩兵とともにパレヴァン軍に襲いかかる。
敵は上からも前からも攻撃されて、盾は全く役に立たないと分かると、それを捨てて突っ込んできた。
「やああああああー!」
「陛下。 お逃げください。 危険でございます!」
部下にそう言われたものの、彼は矢の奇襲に戸惑ってはいたが逃げる気にはなかなかなれかった。
「陛下!」
「分かっている!」
エルガーは悔しそうに坂の上を見て、ジョパルの存在に気づいた。
あいつは一体誰だろう?
まだかなり若いのに、将軍のような身なりで部下を従えて、自分の完璧と思っていた作戦を粉々に打ち砕いてみせた。
「おやめください!」
部下が止めるのも聞かず、エルガーは自分の動きに気づいていないジョパルに向かって矢を放とうとした。
「ははは! 見ていろ小僧! これが私の怒りだ、くらえ!」
バキッ!
「何…」
彼の弓は乱入してきたラミダンの剣によって真っ二つに斬られた。
「私の怒りだと? そんなもの、このラミダンが味わった地獄に比べたら小さいものだ。」
「なんだ貴様!」
突然の出来事に、彼は驚いて目を大きくしながら、彼に言い放つ。
「覚えておけ。 彼を殺すのは私だ。 いや、やつにはもっと苦しんでから死んでもらわなくては困る。」
「陛下。 逃げましょう!」
「ふ、ふふ…」
エルガーは部下に支えられて、馬に乗って、一度だけラミダンに笑いかけると退却していった。
「退却だ! ただちに退却しろ!」
敵の部隊長はこれ以上の戦闘は不可能と判断したのか、退くように命令をだしてゾワソフスキーの尾根に向かって走り出した。
「追撃はするな! この山は危険だ!」
「しかし、べオコス。 このままではせっかくのパレヴァンを滅する機会を逃してしまうことになる!」
ブロンベルクは山に入っていこうとするが、結局は止められた。
「よせ! あせって追いかけたところで、道に迷って軍を壊滅させるのがおちだ。」
老将はそれではしかたがないと、ラミダンに責任を追及した。
「ラミダン将軍。 なぜ奴を殺さなかった? やろうと思えばできたものを。 まさか、パレヴァンと手を結び、我々の同盟で茶番を演じていたとでも言うつもりか?」
「よすのだブロンベルク!」
ラミダンの鎧につかみかかる老将を、べオコスが必死に止めている。
そこへさらなる訃報が舞いこんできた。
「た、大変です! パレヴァンの将軍の姿が見当たりません!」
「くそ!」
ブロンベルクは、自分が援軍としてジョパルの軍に加わったことで逃げられたのだと思った。
「そう熱くなるな。 あんたがいなけりゃジョパルがやられて、この戦にも負けてた。」
ハルヴェルトのなぐさめに、ようやく頑固な老人は納得したのか、ラミダンをにらんで静かになった。
「おお、よくぞ戻った!」
二ヴェナに戻った連合軍は、ウィンバートと民たちの手厚い歓迎を受けた。
凱旋する際には床に花弁が舞い降り、人々は戦勝という宴に酔っていた。
「陛下。 お元気そうで何よりです!」
べオコスに加え、帝国の諸将たちは王の前で片手を胸に当て、マントを風に揺らしてしゃがみこみ、頭を垂れた。
「皆、立つがよい。」
王は持っていた剣を抜いて、両脇を囲んでいた大衆に向かって歓喜の声をあげた。
「我々は勝利したのだ! 見よ! 彼らが勇敢でほこり高くある限り、二ヴェナは不滅である! 大地に祈りをささげよう。」
わあああと歓声がわき、その場は熱い感激で満たされた。
「ジョパル!」
人々が喜びに浸るなか、真っ先に彼のもとに駆けてきたのはジェスナだった。
「あははは。 会いたかった。」
彼女は彼を思い切り大衆の前で抱きしめ、その反動でくるくると回った。
「ち。 いくぞ、ランソン。」
それを見ていたロデルムは、ジョパルを機嫌が悪そうににらみつけて去っていった。
「サナ、変わりはないか?」
「え、は、はい…」
べオコスに話しかけられ、彼女はあわてて返事をした。
その視線の先には、抱き合う二人の姿。
「どうした?」
「いえ、どうもしていません…」