第29章 難局を乗り切る方法
「防御用意!」
ギョムチャクの指示に、兵士たちは持っている盾をかざして、矢の雨から身を守る。
「ぐあっ!」
しかし、これで攻撃をしのげるだろうと思っていたパレヴァンの軍は、背後からの矢にさらされた。
「くそっ!」
騎兵ならば柵を乗り越えることができるのだが、あいにく馬はべオコスの策に対抗するために手放したまま置いてきてしまっていた。
そこでギョムチャクは、陣に立ててあったテントを防護壁にして、隙を窺っては土を掘って、柵の溝に投げ入れる作戦にでた。
一方、二ヴェナの本隊は森を北上して、パレヴァンの本陣に迫っていた。
「進めーっ!」
各部隊の隊長たちはいくつもの中隊に別れて敵陣の前までくると、さっそく隊列を組んでエルガーのもとへと行進する。
「陛下。 敵が迫ってきています。 もしや、ギョムチャク将軍がやられたのでは?」
「あせるな。」
エルガーは慌てる部下に言い放ち、比較的冷静になって戦闘開始の合図を出す。
「歩兵は前へ!」
敵の迎撃のため、べオコスもエルガーも、軍を激突させた。
敵は少数だが、精鋭だけあってかなり手ごわい。
そのため、べオコスの騎兵であっても次々と倒されていく。
このままでは、敵と共倒れになってしまうだろうから、彼は帝国に攻撃開始の合図を送った。
「ラミダン将軍。 合図です。」
一本の放たれた火矢が、弧を描くように空に舞い上がり、それを見た彼は号令をかけた。
「よし。 我らも向かうぞ! 総督は別方向からパレヴァンに奇襲を仕掛けろ!」
「承知!」
帝国兵は血気盛んに叫び、荒波のようにまとまって森を走っていく。
「陛下。 帝国の援軍が来た模様です! このままでは抑えきれません!」
「そろそろだな。 撤退するぞ。 ただし、山入る入口のあたりまでだ。」
パレヴァン王は何か考えがあるのか、不気味に笑って退却を始めた。
ラミダンも、アデムントも、やがてその意味を理解した。
パレヴァンへと続く山、ゾワソフスキー山脈。
旅人の間では難所と言われ、登るのには一苦労だが、以前よりは道も整備されてきた。
それでもパレヴァンの人間でなければ迷うと言われ、その過酷な豪雪が、かの地を征服する者からパレヴァンを守ってきた。
その入り口で、エルガーはある罠を仕掛けてあった。
「いけー! 敵陣は目の前だーっ!」
しかしアデムントがエルガーに近づいて来た時、彼は入口の両脇にそびえる高台から、敵が大きな岩を落とす光景を目にした。
「おい、伏せろ!」
「う、うわあああーっ!」
兵士の何人かは逃げ遅れて岩の下敷きになり、煙が舞い、何も見えない正面からパレヴァンの雄たけびが聞こえた。
その様子に、たとえ総督とはいえ、彼は恐怖にさいなまれた。
「ラミダンはまだか!」
「総督か? どうした!」
ふと気がつくと、いつの間にか目の前に彼が立っていた。
「何も見えん! ここはいったん撤退するべきだ!」
何を言っているのか分からない将軍は、総督に言い返した。
「何をバカなことを! 敵はもう目の前にいるのだぞ? これからってときに、一体どうしたんだ?」
すると目の前の視界が開け、彼も凍りついた。
落とされた岩は、山の入口を狭め、その間に敵の大盾兵たちがねずみ一匹通さぬとでも言うかのようにびっしりと並んでいる。
「なんだこれは。 べオコスを呼べ。」
さすがにラミダンも焦った。
この少数の手勢だけでとは言っても、道が狭くなっては騎兵の機動力を発揮するどころか、帰って場所をとる馬は軍の動きを鈍らせた。
それに敵は縦に長い陣を敷いており、騎兵がいくら頑張っても突破できる見込みはまるでなかった。
さらには不幸なことに、兵糧を二ヴェナは持っていない。
敵陣にはギョムチャクの部隊の兵糧も合わせると、いくらでも持久戦に持ち込むことが可能であった。
それに対してこちらは大人数のため、できるだけ早期に決着をつける必要があるのだ。
「なに? そうか…」
べオコスは報告を受けて、自分の施した策が皮肉にも自軍を苦しめる事態になったことに驚きを隠せなかった。
パレヴァンは狡猾だから、自分たちのほうが優れた考えをするだろうと、偏見がいつの間にか敵への優越感に変わったせいで今のような事態に陥ったのかも知れなかった。
いくら無敗でも、心のうちではそうはいかなかった。
「どうするのだ。 このままでは我々は飢え死にしてしまうぞ!」
いくら考えても、敵を山の入口からおびき出す作戦が思いつかない。
部下も次第に疲れてきて、あくびやため息が聞こえ始めたころ、ジョパルが口を開いた。
「私に、任せてくれませんか?」
「何? この難局を乗り切る方法があるというのか?」
べオコスはもはやわらにもすがる思いでたずねた。
「はい。それは…」