第28章 翻弄される者
森の中をとある集団が足音を鳴らしながら、一糸乱れぬ動きで進軍していた。
赤い鎧に、風にはためく白いローブをまとった女神の軍旗を持って、二ヴェナの無敗将軍は止まれの合図を出した。
「よし。 このあたりでおとりに使う陣を張るぞ。準備しろ。」
「はっ、承知しました!」
部下たちは一斉に陣の設営に取り掛かる。
「ギョムチャク将軍。 たった今、進軍の用意が完了いたしました。」
「そうか。 下がってよいぞ。」
ギョムチャクはパレヴァンへと続く山に入る道を見て、口元を緩め、そこにいたエルガーに手で合図した。
「陛下。 いつでも進軍できます。」
その言葉に、エルガーは片手を前に伸ばした。
「うおおおおおおおおおー!」
兵士たちの剣が震え、彼らは森へと入ってゆく。
一方、べオコス率いる帝国の部隊もすでに先陣を切っていた。
もちろん、おとりの部隊としてである。
「ん? 将軍、奴らです。」
兵士の一人が、森を進むパレヴァンの軍を発見した。
突如として鳴らされる二ヴェナの進軍ラッパに、敵は待っていたとばかりに突撃を開始する。
「いたぞーっ! 全軍、攻撃せよ!」
「よし、作戦通りにやるぞ。」
二ヴェナの太鼓のリズムが速くなり、両軍は激突した。
「はああっ!」
ギョムチャクは積極的に二ヴェナの軍に斬りかかるが、どうも彼らが後ずさりしながら攻撃してくることもあり、なかなか戦果があがらない。
そこで彼は騎兵を動かし、敵の後退を先回りして止めようとする。
「いけ、いけ! 回り込んで挟み撃ちにしろ!」
だが、そこで予想外の事態に直面する。
べオコスが何かの指示を出し、太鼓のリズムがゆっくりになったとたん、二ヴェナの兵がさっきとは違い、円形になって密集したのだ。
それもべオコスを中央に囲む形で、後退しながら外向きに盾を構え、その後ろから弓兵が、馬に乗っているせいで背の高く目立っている騎兵を攻撃し始めた。
「うっ!」
これでは騎兵は近づくことはできずに倒されていき、ギョムチャクは彼らに馬を下りるように命じた。
「おい、このままではいかん! 馬から降りて戦え!」
「しかし、将軍。」
「いいから、言うとおりにしろ!」
ギョムチャクはこのとき、自分がべオコスの策にはまっているとは思ってもいなかったから、騎兵を歩兵として扱うことにした。
騎兵が歩兵となった直後、二ヴェナの将軍は次の策を講じた。
「アルパスの陣形を組め!」
べオコスの言うアルパスとは、古代二ヴェナの伝説に語り継がれる白い煙でできている鳥のことである。
その飛ぶしぐさを真似して、霧のように陣形は絶え間なく動き回る。
パレヴァンの兵士は、むやみやたらに二ヴェナの兵を追いかけるが、変則的に動き回ったせいで、帰って息を切らして敵から離れていく。
「もっと早く走らんか!」
「ですが、これは何かの罠では?」
一人の兵士が心配して言ったが、目の前にある敵陣を目にしたパレヴァンの軍の士気は一気に上昇した。
「あれを見ろ! 敵陣だ!」
「ふん、どうやら奴ら、本当に兵力が乏しいようだな。」
ギョムチャクはここからが反撃のときだと、他の兵士たちに叫び、突撃するよう命じる。
「いけーっ! 我らの勝利は目前だーっ!」
わああああああああーっ!
「べオコス将軍、奴らが動きました。」
無敗将軍はこれを見て最後の大仕事に取り掛かった。
「全軍、速やかに作戦を実行せよ!」
彼らを追うようけたたましく声を張り上げるギョムチャクに、もはや逃げているも同然のように、二ヴェナの軍は散っていく。
やがてはパレヴァンは敵陣にたどりつき、敵が去ったところでとまった。
「はははははは! べオコスめ、口ほどにもない! 無敗将軍の威光もここについえたか!」
万歳をして喜ぶ兵士たちに、彼は陣にいるであろう残りの隠れた敵を排除するように言った。
だが、すぐに異変に気付いた。
どこを探しても二ヴェナの軍は見当たらない。
いくら隠れるのがうまい者たちでも、一人くらいは見つかってもよいはずであるが、誰ひとりとして敵を発見できずにいた。
「申し上げます! 一人の兵士もいません! それに加え、兵糧も見当たりません!」
「そんなはずはない。 きっとどこかにいるはずだ!」
そのときだった。
バーンというものすごい物音がして、彼らは音のする方へと駆け寄った。
「な、なんだと!」
ギョムチャクは先ほど通ってきた陣の入口が封鎖され、その外側にはとがった木の槍がびっしりと堀に密集しているのを見た。
「くそ! 一刻もはやくここからでなければならん!」
ようやく罠だと気づいたときには、もう全てが終わっていた。
霧の中から、べオコスが剣を空に突き刺し、エルガーのいる本陣に向けて突撃するのが見えたのだ。
それもアデムントにラミダン、ジョパルたちを加えた巨大な規模の連合軍だ。
ギョムチャクは途端に焦りを覚え、全員に土をかきだして槍で一杯の堀を埋めるように命じた。
しかし、それは困難を極めた。
「奴ら、陣から脱走する気です。」
見張りの兵士が、後方援護部隊として、陣の近くに待機していたブロンベルク将軍に告げた。
「いかんな。 まことにいかん。 奴らには、せめてべオコス殿が敵陣に辿りつくまで、もうしばらく寝ていてもらわんと。 弓を持ってこい。 敵が作業しようとしたら撃て。」
「はっ!」
兵士の矢が一斉に陣へと飛ぶ。
「将軍!」
ギョムチャクは兵士の指さす方向に目を見張り、指示をだした。
「防御用意!」