第27章 連合軍事作戦
「サナお嬢様、どうされたのです?」
「いいえ、あなたは優しいのですね…」
彼女は彼をあのときジェスナに譲った。
あきらめたのだから、そんなことはもうどうでもよいことであり、サナ自身もそう思っているのだろうとジョパルは考えていたが、彼女のさみしげな口調は、明らかに彼を慕っているか、淡い恋心を抱いているかのどちらかであると思わせた。
「あの。」
「はい?」
彼女はジョパルに声をかけられて、自分では立ち止まろうか迷っていたが、体はすでに歩みを止めていた。
「やはり、私のことをまだ想ってくれているのですか? あなたのそのさびしそうな顔を見ていると、不憫でなりません。 ジェスナがいるから近づけないのですか?」
「私は、ジョパル様のことなどは…」
「正直に言ってください。 あなたの気持ちを聞かずに終わってしまいたくはありません。 ジェスナが障害となっているなら、私はあなたと…」
だが彼女は、途端にわめき散らして彼を黙らせた。
「いいえ、言わないで! あなたの今私に告げようとした言葉は嘘です! うその塊です!」
もしジェスナがいなかったら、二人はそれはそれは幸せになるのだろうが、彼女はジョパルを操ってまで恋を手にしたくはなった。
何年も、想ってきた相手を一瞬で、それもふた月も前に知り合った女に持っていかれるのはつらい。
ジェスナさえいなければと思わないはずはないのだ。
それでも、母は彼女に死後も、美しい生き方を問いかけてきて、体も魂も放そうとはしない。
「君は、自分の母親に縛られているだけだ。」
「今、なんといいました?」
彼女は耳を疑った。
「君は、母の記憶を捨てられずにいる。 そのせいで、私をものにできない。 教えをかたくなに守ることはいい。 けれど、君はそれで満足かい?」
満足なわけは当然なく、欲望はこのときは本心を悟られたことに対するいら立ちに変わった。
「あなたはどうです? ジョパル王子様。 あなたは母が死んでから、復讐のために生きてここに来たそうではないですか。 エデモルカの再興と母に言われたのではないのですか? あなたも過去に縛られて生きている。 それともジョパル様は、人に何も気持ちを打ち明けられることなく人生を、歩む事ができるほど自分は強いのだと、言えますか?」
しばらくジョパルが黙っていると、彼女は首を怒ったときのように激しく角度を変えて走り去った。
「ジョパル! トヴァンザ大臣は大丈夫なの?」
それと入れ替わりのタイミングで、ジェスナが彼のもとに駆け寄ってきた。
「ジョパル?」
「大丈夫だ、心配ない。」
「これより、合同で軍事議会を開式いたします。」
ミハルダの声が、大理石でできた冷たい長方形の空間に響き渡った。
今日、帝国との同盟成立に基づき、パレヴァンの侵略をどのように阻止すべきかが話し合われる予定だ。
「ようこそ帝国の同志の方々。 我が二ヴェナの家臣の向かいへおかけください。」
大臣長官はラミダンやアデムントなどを誘導して、席につかせた。
ゼムヘイオにとっては屈辱的な条約を受け入れざるを得なかったとはいえ、これでパレヴァンに対抗する手段が生まれた。
彼らの有する兵士は、二ヴェナの知るところでは全部で六万。
そのうち半分を、今回のガルべ防衛に動員するというものだった。
「パレヴァンは荒涼とした大地が広がっています。 彼らが攻めてきたのは、おそらくとある理由から、農作に必要な土地を手にしたかったからだと私は思います。 そのため、この緑の多い森林地帯を狙う可能性が大きいと。」
そう口にしたのはアデムントの右腕、ルホンだ。
「森林地帯を奴らが狙ってくる可能性は無視できないが、森は危険と呼ばれる東側を除いてもかなりの広さがある。 敵を一か所にまとめて全軍で迎え撃つのはほぼ不可能に近い。」
メーケニッヒが反論した。
「では、そなたは少ない軍をさらに分散したほうがよいと? 敵が一か所に集中して現れたらどうする気だ?」
アデムントはとにかく、少しでも兵力を自分のもとに置いておきたいらしい。
「うむ、難しいところだ。 ラミダン将軍、そなたの意見は? 世はそなたならどうするか非常に興味がある。」
ラミダンは厳しい表情で立ち上がった。
「我が方は劣勢で、敵の規模すら把握できておりません。 兵を分散させれば危険が増し、かといって密集しては警戒が広範囲に及ばず、敵に陣を突破され、背後から攻撃を受けるでしょう。 ならば、一方がおとりになるしか手はありません。」
「おとりというと、我が方のどちらかの軍が敵を止める役目をするということか?」
「はい。 敵が密集していようが、分散していようが、何か敵をひきつける対象をつくっておけば、奴らは必ず攻撃をして来るはず。」
つまりは、おとりを使って敵に先手を打たせることで軍の規模をはかり、そのとき敵が分散しているかそうでないかを判断するというのだ。
「なるほど。 で、そのあとはどうするのだ?」
「…」
ラミダンは黙ってしまった。
「分かった。 ここまではよい。 では、べオコス。」
「はい。」
ラミダンも、アデムントも、無敗将軍といわれる彼が一体どのような策をはりめぐらせるのか、今後の帝国のためにも耳を大きくして聞く用意をした。
「ラミダン将軍の案は正解だと思います。 しかし、私ならばおとりの兵力を最大限に生かします。 まず、敵に先手を打たせ、おとりの兵士が応戦します。 応戦した兵士は、しばらく戦ったのち撤退します。 勢いにのったパレヴァンはさらに陣の奥深くに侵攻するでしょう。」
うんうんとうなずくアデムント。
「敵の数が小規模ならそのまま撃破しますが、大規模で、しかも分散してきた場合が問題です。 このとき、あえて陣を敵の手に渡します。」
「なんだと! それでは我々の負けではないか!」
「話は最後までお聞きください。」
総督の怒鳴り声に、彼は落ちつくよう言った。
「敵は我が陣さえ落としてしまえば、勝利したと思い、総攻撃を仕掛けてくるはず。 これで奴らの隠れていた兵士が一斉に飛び出します。 ですが、そこにあるのは陣ではなく、もはやもぬけの空となったテントです。 もちろん兵糧もありません。」
「一体どういうことだ?」
ついにはミハルダやブロンベルクまでもが騒ぎ出した。
「陣を犠牲にして、敵が集中したところを一気にたたくのです。」
「しかし、大規模な軍を少数の軍で包囲すれば、たちまち突破されるのでは? それに兵糧はどうするのだ?」
「ご安心を。 陣を包囲するのは確かに少数ですが、私が率いる精鋭部隊です。 あらかじめ一度陣に入ったら、二度と出られないように罠を造っておくのです。 残りの兵士は全て、敵が我が陣に集中している間に、広大な森を迂回し、敵陣になだれ込みます。 それに兵糧は敵陣にもあるでしょう。 それに兵糧がない方が、軍の進軍速度は格段に上がります。 敵は予想外の我が軍の奇襲に、考えるひますらないまま全滅するでしょう。」
連合軍の陣にいる敵も、兵糧なしでは戦えず、降伏する。
帝国側は最初歯ぎしりして聞いていたが、今はもう驚いて声もでなかった。
「ははは。 さすがはべオコス。 何か異議はあるか?」
静まりかえる帝国側を見て、王はミハルダに合図した。
「これにて、作戦議会を終結いたします。」
都を出発しようとする兵士たちを、民が大勢で見守る中、ジェスナはジョパルに手を振った。
「ジョパル、生きて帰ってきて。 私、待ってるわ。」
彼女の声に彼は反応して、笑顔で返す。
しかし、彼女の横にはサナの姿もあった。
サナは彼にではなく、べオコスやラミダンに手を振っている。
本心を知られたくないためだろうか、笑顔という偽の振る舞いでその場を押し切るつもりのようだ。
このとき、ジョパルは何か胸騒ぎを覚えていた。
長い戦いの始まりに、これから自分が身を投じようとしている。
無敗将軍もついていて、何も心配することはないし、根拠もないのに不安になるのはどうかと思う。
それでも何かが彼を捉えて放すことはなかったし、それが何なのかも分からなかった。
「出発!」
べオコスを先頭に、彼らはガルべの森に向けて進軍した。