第26章 王子の寵愛を受く
王に至っては、裏切りなどという事態はあってはならず、彼自身からしてみても、決して許せるようなことではなかった。
そのため、今まで王を裏切った者はことごとく処刑されてきた。
彼は心は優しく、一見気さくなタイプだと思えるようだが、じつは悪徳行為に関しては敏感そのもので、裏切り者には容赦がなかった。
確かに、今まで精一杯優しく接する努力をしてきたにもかかわらず、裏切られたとなれば、その分の反動はものすごいと言えよう。
さらにあろうことか、一人の兵士がウィンバートのもとに走ってきたのだ。
当然、トヴァンザが密告するための使者を送ったことについてである。
「本当なのだな?」
「はい。 間違いありません。 現場を見た兵士が証言しております。」
王は表情を変えることはなかったが、その兵士とトヴァンザをすぐにここへ連れてくるようにと言った。
「陛下。 何かご用でございましょうか?」
二人がくると、トヴァンザの質問に彼はものも言わないで玉座を持ち上げて床にたたきつけた。
「ぬああああああーっ!」
真実を伝えに来た兵士でさえも、自分は悪くないと分かっていながら、まるで犯人のようにびくびくとした。
「お前があの日見たこと聞いたことを、全てここで話してみよ。」
「は、はい!」
兵士はできるだけ王の機嫌をそこねないように、明確に完璧に事実を告げた。
「…ということです。」
「分かったもういい。 さがれ。 ここからは二人で話がしたい。」
兵士は出ていった。
「さて、トヴァンザ。 お主は何か世に言いたいことはないか? なんでも良いぞ、申してみよ。」
彼は震える文官の周りを嫌みたっぷりに、わざとゆっくりと歩きながら、トヴァンザの言葉を待った。
「どうした? 口もきけぬのか?」
もうおしまいであることは分かっているのに、なぜか恐怖がおさまることはない。
「陛下、何かの間違いでございます。 私は確かに密告いたしました。 しかし、それは国王補佐大臣が…」
「シィーロスを巻き込むでない!」
突然に首を彼のほうに向けてウィンバートは顔を近づけた。
「世が聞きたいのは、お前のくだらない弁明などではない! お前の命乞いの言葉だ!」
「お、お許しを!」
「ならん!」
王は激情に身をまかせ、彼に剣をつきつける。
「世を慕っておる民たちを、世が敬愛する民を、お前は裏切った! 裏切ったのだ! 死をもって償うがよい!」
ウィンバートは部下を呼ぶ。
「おい、誰かおらぬか! 我が剣をもってまいれ!」
「ひッ!」
だが、どこにでも臆病な人間はいるもので、トヴァンザは彼が剣を待っている間に一目散に逃げ出した。
「逃げるかトヴァンザ! 世は民を守るために、貴様を殺さなくてはならん! 城門を閉めよ!」
トヴァンザは必死に王の間を抜けて回廊に出るが、その下に見える城門が兵士たちの手で閉じられていくのを見た。
それでもなんとかして逃げようと、彼は隠れる場所を探す。
しかし、そこは狭い回廊。
命令を受けた兵士たちが、その文官に向かって両方向から迫り、トヴァンザは逃げ場を失って槍を突きつけられた。
「お、お助けを!」
「助けてほしいのか? ほう、これは驚いたな。」
やがて追いついた王が剣を片手に兵士たちの間をかき分けて、彼の前に現れた。
「助けてほしいなら、どうしてこのような愚かな真似を。 貴様のような文官という高い地位の役職についてはいるが、臆病であるのは、そなたがそういう性格であるのは、世も十分知っておる。 だが、それを許してしまえば、民になんと言えばよい…」
やはり自分を殺す気なのだと、彼はローブの袖で顔を隠した。
「反逆を企てる覚悟を、中途半端にしか受け止めていなかった、そなたのいたらなさを責めるのだな。」
だが、彼の振りおろされた剣は途中でジョパルの手によって止められた。
「何をする?」
「お待ちください、王よ。」
ジョパルは文官の前に出て来て、手を横一杯に広げた。
「彼は反逆を企てました。 それは事実ですし、罪が消えることはありません。 しかし、私は思うのです。 彼らはどうして文官になったのでしょう? 権力におぼれるためかもしれません。 あるいは王の座を狙おうと、構えているかもしれません。 ですが、あなたは忠誠心という言葉を、心からそれを受けているのだと、考えたことがございますか?」
「何が言いたい。 いいからそこをどけ。 世はその裏切り者に制裁を下さなくてはならぬ。 世の私利私欲を満たすためでもなく、国がゆらぐ事を恐れる民を想ってのことだ。」
「いいえ、どきません!」
ジョパルはさらに力強く腕を広げて、彼らの前に立ちはだかった。
「私の過去をご存じですか? そうでなくとも、聞いていただきます。」
「貴様、陛下に無礼を働く気か!」
「黙れ!」
兵士の隊長が出しゃばったが、明らかにジョパルの剣幕に負けて沈黙した。
「私は昔、一国の王子でした。 ですが、ある日突然、母と四人の臣下を失いました。 彼らは、何の力もない私のために、どれだけの苦労をしたかお分かりですか? 私が、もう少しでも強ければ守ってあげられたのに、敵に寝返ることもできたはずなのに、彼らは命を捧げました。」
彼はそのまま続ける。
「どんなに行く末のない未来でも、それが暗澹たるものであっても、彼らはついて来てくれた。 暴君と皮肉られた王が君主であろうと、国を捨てることはなかった。 彼をこのまま殺してしまうことが、本当に民のためになるのですか? 民は殺しなどのぞんではいません!」
「だが…」
「そうです。 ですが、このままでは示しがつかない。 でしたら、せめて彼を私にください! 部下たちのあのさびしそうな顔が、今でも夢にでてきて記憶から離れないのです。 ムィンダンテ。 かわいそうに…」
ジョパルはトヴァンザを亡くした大臣長官のつもりで、体から伝わる熱が漏れてしまわないように抱いた。
「ムィンダンテか。 世は知っておる。 まことに忠義に熱い者であった。 あやつが現れるときは、場の空気が晴れ渡った空のように澄んでいたことを、忘れるわけがあるまい。」
王は、さきほどの怒りの声を鎮め、半ば落ち込んでいるかのようにジョパルに手を置いた。
「よかろう。 忠義とは何かを学んだそなたに、トヴァンザを譲ろう。 よき友を得たな。」
ウィンバートは大臣にも優しく手を置いて去って行った。
「ジョパル殿。 私は…」
「何も言わなくてもよいのです。 トヴァンザ殿。」
その後大臣が号泣しているのをなだめている彼を、サナは見ていた。




