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第25章 ある文官の野望


 「まずこの中にいる密告者、すなわち裏切り者を始末しておくことが重要であると、世は思う。」


 「裏切り者…」


 「そんなまさか…」


 臣下たちは驚いた様子で、ざわざわとしてお互いを見つめ合う。


 当然、そういった何気ないやりとりでは誰がパレヴァンに情報をもらしたのか、判断することは難しい。


 そんな中、一人だけ心の中で焦燥に駆られている人物がいた。


 いずれこうなることは分かっていたのだから覚悟の上だったが、まさかべオコスの手腕のせいで追い詰められるとは夢にも思っていなかった。


 名を、二ヴェナの財務長官トヴァンザ。


 トヴァンザはふと、すぐ横にいた大臣を見た。


 国王補佐のシィーロスである。


 彼はある雨の日の午後、二人が話し合った事を思い出した。






 ― 「今、なんとおっしゃった。」


 「静かに。 他の大臣に聞かれてもよいのか?」


 シィーロスは人通りの少ない廊下にトヴァンザを呼びつけると、彼にあることを遂行してほしいと頼んだ。


 それはパレヴァンに使者を送り、帝国と二ヴェナが同盟しようとしている事実を伝えるという内容だった。


 「二ヴェナの王にそむくおつもりか?」


 だが、トヴァンザの弱みを彼は知っていた。


 「お主は確か、この役職が嫌いではないのかとのうわさを聞いたことがある。」


 トヴァンザは財務長官ではあったが、自分は他の大臣たちより劣っているのではとコンプレックスを抱いており、そのひがみは兵士たちにも知られていた。


 シィーロスはそういった彼の欲望をえさに、罠を仕掛けようとしていた。


 それは一体なぜなのか?


 実はシィーロスも権力に目がない男で、パレヴァンに密告し、スラヴァをとらえれば外交長官の座は空席となり、その地位にトヴァンザをつけた後、自分の売った恩を盾に、彼を操り人形として扱うことを考えていた。


 ミハルダのような頭の切れる大臣長官には、頭脳戦ではまずかなわないだろうから、できるだけ味方を増やしておき、自分が長官の座に就くという作戦である。


 また、トヴァンザと違い、シィーロスは自分の感情を表に出さず、彼のうわさはめったに飛んでくることはなかった。


 まさしく、危険な男である。


 「確かに、この役職に満足しているわけではございません。 それが何か?」


 「もっと上を目指したくはないか? もうすでに手は打ってある。 後は使者を秘かに送るだけだ。」


 「し、しかし…」


 じれったさを感じ、シィーロスは奥の手を使った。


 「外交大臣になったら、後押ししてやることもできるのだぞ? そうなれば、もはや二ヴェナの政治は我らが手中にあるも同然。 ミハルダなどすぐにでも追い出すことができよう。」


 「本当か? しかし、失敗したら。」


 「案ずることはない。 人質を取られてしまっては、同盟するほかない。 そうなったらこっちのものだ。」


 「では、スラヴァ殿は、まさか…」


 「そう、消すしかない。 消して我らが意志を引き継ぐのだ。」


 意志を継ぐという言葉は、このときは魔力であった。


 知らず知らずのうちに、そう言われれば人はほとんどがよく確認もせずに、それをさも正当な行為であるかのように認識する。


 シィーロスはそういうことを知っていたから、ここぞというときに利用したのだ。


 「意志を、継ぐ…」


 「そうだ。」


 まるで泥酔したときのように、または暗示にかかったようにトヴァンザはあっさりと事を実行すると承諾した。


 「意志を継がなければ。」


 しかし、なんのためにとは考えようとはしなかった。


 まったくもってヒトの心とは不思議なものである。


 そうこうしているうちに、雨足とともに人の話し声が聞こえてきた。


 話を聞かれてしまってはいけないと思った二人は、もはや仲間になった気分で、互いに背中を押しあってその場から消えた。 ―


 しかし、それはシィーロスの巧妙な罠であった。


 実は彼は、パレヴァンに密告する兵士のほかに、もう一人別の兵士をうまく仕組ませて、同盟したことを知らせるために、トヴァンザが使者を馬に乗せた現場に向かわせた。


 そのことをトヴァンザは今でも当然知らない。


 当然、兵士は密告のことなど知らなかったから、彼らがシィーロス抜きでパレヴァンに使者を送るところを見たことになる。


 本当の目的とはつまり、トヴァンザをうまく使い犯人に仕立て上げ、密告をあばき王の信頼をシィーロスが直接得ることにある。


 信用を得ているのだから、まず疑われる事はないし、信用されれば多少の出世は約束されるからだ。


 そうなれば大臣長官は事態を把握できなかった責任をとることになり、彼の代わりに自分が王のそばに近づけるというわけだ。


 計算しつくされた、実に文官らしい謀略であった。


 


 

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