第24章 悔恨の黒い欠片
ジョパルの気迫に押されて、ゼムヘイオ側はあっさりと負けを認めざるをえなくなり、スラヴァの提示した条件を受け入れた。
「くそっ! あの薄汚い小僧が!」
悔しがっていたのは総督だけではない。
ロデルムも彼の活躍を見て、怒りを倍化させていた。
一方、調印式が終わったあとのジョパルはというと、二ヴェナの家臣から歓迎されて食事をしていた。
「ははは。 いや、お主、若いのにやるではないか。 文官に向いておる。 どうじゃ、わしのもとで動いてみんか?」
「いやいや、スラヴァ殿の意見ももっともだが、彼には武術の才能もある。 あなたを洞窟から救い出すときに見ましたが、実に良い筋をしている。 アデムントも彼を欲していたくらいだからな。」
「いえ、私はただ当然のことを言ったまでですよ、大臣、将軍。」
彼は照れ隠しのつもりで弁明する。
そんな彼らのテントへ、一人の人物がたずねてきた。
「ジョパルはいるか? ラミダンだ。 話がある。」
なんだろうと思い彼は外に出ると、将軍に少し歩かないかと言われた。
「ガイナルク平野。 ここの空気はいい。 こうしていると気持ちが落ちつくというものだ。 そう思わないか?」
「何の用です?」
将軍はうつむいたままだ。
「いや。 それより、ジェスナは元気か?」
どうやら彼女を連れ去ったことを怒っているらしい。
「今どうしているか、私としては毎日気になっているよ。 聞かせてくれないか? なぜジェスナがお前なんかのできそこないで、ドブネズミになった王子についていったのかを。」
むっとしたが、同盟している以上は下手な真似はできない。
「いいですよ。 彼女は、あなたのことを少しも意識していませんでした。 いえ、それどころか、嫌っていました。 そのとき偶然にも私が現れた。 それだけのことです。」
そう言った瞬間、ジョパルは彼に胸ぐらをつかまれた。
「本当にそれだけか! お前を連れていったのは間違いだった。 おかげで、お互いが不幸になったわけだ。」
「違います。 不幸になったのはあなただけですよ将軍。 そうやって過去の呪縛にとらわれているのは、あなただけです。 あなたの弱い部分ですよ。 私は自分がジェスナを好きだと気づきました。」
ラミダンは打ちのめされたようになって、歯を食いしばって、彼を睨みつけた。
「いいか、いずれ私はお前からジェスナを奪ってみせる! 今は無理だが、いつか必ず後悔させてやる。 せいぜい楽しんでおくんだな。」
それでも動じないジョパルを見て、将軍はその場から去っていった。
「陛下。 たったいま、二ヴェナの王のもとに手紙が届きました。」
パレヴァンでは兵士たちが忙しく動き回り、戦いに向けて準備をしていたが、そんなときエルガーのもとに一通の書信がきた。
それをギョムチャク将軍が慌てて持ってきた。
「ほう。 二ヴェナからとは、これは珍しい。」
かの国とパレヴァンは帝国が両国の間にあることによって、交易が難しいとされ、めったに使者を送ることがなかった。
それが来たということは、帝国に使者の通過を認められたことになり、事実戦争中の緊張状態が解かれたことを意味していた。
そのせいで、彼は将軍に手紙を読ませるようなことはしなかった。
「言わんでもよい。 帝国と奴らがついに同盟したのだな?」
「ええ、よくお分かりに。 しかし、奴らが手を組めばかなり厄介です。 そのためかは分かりませんが、二ヴェナの王から、無駄な戦をするなとの最後通牒が来ました。」
無駄な戦、と聞いて彼は大いに笑った。
「ふはははははははははーっ! 無駄な戦か。 あいつは、ウィンバートはこの侵略の意味を理解できていないようだ。 見ていろギョムチャク。 あのイムダイの剣を見つけ出して、必ず帝国を滅ぼし、そして…」
エルガーは、彼に通牒を燃やすように命じた。
「パレヴァンからの返事はまだか?」
二ヴェナに戻ってきたジョパルたちに、ウィンバートは催促したが、すぐに無駄だったと分かった。
「陛下。 パレヴァンですぞ? きっと今頃は陛下の書信を燃やしているに違いありません。 それに、やめろと言われてやめるくらいなら、わざわざ進軍の準備なぞしないでしょうな。」
「そうか。 そうだな。 ミハルダの言うとおりだ。 世はここで、パレヴァンに宣戦布告を命ずる。 速やかに帝国と合同軍事議会を招集し、作戦をたてるのだ!」
「かしこまりました。」
大臣たちはそう言って出て行こうとするが、王は即座に引きとめた。
「と、したいところだが、その前に、裏切り者がいる以上は、敵に作戦を知られてしまう可能性がある。」
ウィンバートはなぜスラヴァをガイナルク平野に派遣した際、パレヴァンがゼムヘイオと同盟しようとしている情報を得ることができたのか、疑問に思っていた。
「そなたたちの中に、裏切り者がおる。 それをまずは突き止めなければならぬ。」




