第22章 スラヴァ救出
あたりは緑の草原地帯。
その周りには、草で覆われた丘や、小さい規模の密集した木々が美しい自然を演出している。
ここはガイナルク平野。
ジョパルたちは外交大臣のスラヴァをパレヴァンの手から救い出すために、こうして二ヴェナからやってきたが、同盟する気はないと悟られないように、兵士たちはもちろん、べオコスやハルヴェルトも文官のローブをまとって変装していた。
「なかなか似合っているぞ。」
ハルヴェルトの言うように、いつもは戦場で恐れられる存在のべオコスが文官のような服を着ていると、見ているジョパルまで調子を狂わされた。
「仕方がないだろう。 陛下のご命令だ。」
彼はわざとせきこみながら、馬の速度をゆるめた。
前方にパレヴァンの旗が見えたからだ。
だが、その時、将軍は死にかけている兵士に気づいた。
彼は馬の足元に倒れていて、血で染まってはいたが、確かに二ヴェナの赤い鎧をつけていた。
「ううっ、お助けを…」
べオコスは馬から降りて兵士にたずねる。
「おい、どうした。 何があった?」
しばらくして、兵士は将軍の耳にささやくと、すぐに息絶えた。
「聞いたか? これはパレヴァンの罠だ。 今すぐ引き返そう。」
「なんだ? どういうことか説明してくれよ。」
べオコスはハルヴェルトに言った。
「彼の話では、パレヴァンの将軍が話していることを聞いたらしい。」
スラヴァをパレヴァンは返すつもりはなく、調印式に来た者を捕え、二ヴェナからあらゆるものをしぼりとれるだけしぼりとる。
「本当か?」
「ああ。 冗談ではない。 ここは危険だ。 洞窟に向かうぞ!」
彼らは馬を反転させた。
「ここから出さんか!」
うるさいじじいだ。
そんな目つきをして、一晩経ってもまだ叫び続ける老人を、パレヴァンの将軍ギョムチャクは、手にしたリンゴを空中に放り投げては、つかみ取っていた。
「助けを呼んでも無駄だ。 お前の国の王は、意外と冷酷なんだよ。」
「陛下を侮辱するな! 貴様らのようなずる賢いばかりが取り柄の者どもには、陛下の崇高さがわからんのだ!」
「なんだと…」
ギョムチャクは鉄格子にすがるスラヴァの首をつかむと、力を込めて口を封じる。
「くっ!」
スラヴァも負けてなるかと将軍の鎧に手をかけようとするが、うまくいかない。
彼は徐々に息が苦しくなってきて、震えながら口から泡を吐きそうになるが、それでも耐えている。
将軍が最後にとどめをさそうとしたとき、兵士の声がした。
「将軍! 敵襲です!」
「敵襲だと?」
スラヴァは目の前がかすみ始めた時点でようやく解放された。
ギョムチャクは急いで外にでた。
「うわあ!」
その瞬間、彼の足もとに兵士が切り捨てられてころがってきた。
「将軍、一体どうなっているのか、まったく分かりません! 我が軍が二ヴェナの文官に襲われています!」
「くそ。 あいつら、ガイナルクの調印式に行ったんじゃなかったのか…」
彼は歯ぎしりして兵士に言った。
「おい、今すぐに平野にいる別働隊に連絡を取れ! 洞窟が奇襲を受けていると伝えるのだ!」
「はい、将軍! うわっ…」
走り去ったはずの兵のあえぎ声を聞いて、何事かと彼は振り向いた。
兵士は飛んできた剣に体を貫かれている。
「誰だ!」
こんな芸当ができるのは将官クラスの人間しかいない。
「べオコス。 貴様、なぜここにいるっ!」
彼は向かってくる将軍に弓矢を向けようとするが、またも何者かによって、矢じりの部分を斬られた。
ハルヴェルトだ。
彼は迫りくる兵士の群れに、腰に下げてあった剣を抜いて、ローブを回転するときに生じる風圧ではためかせながら、将軍のもとに近づいてくる。
「くたばれ! この三流剣士が!」
ギョムチャクは今度こそと思い、剣を抜き、襲いかかる。
「はあ!」
「くっ、くそっ!」
ハルヴェルトの攻撃は変則的な技が多く、力をためている素振りを見せているのかと思うと、また以前の倍の速さで剣が動き、ギョムチャクは防御に苦労した。
彼は息を乱し始めた将軍に向かって、とどめをさそうとするが、多くの部下が目の前に立ちはだかった。
「将軍、お逃げください! このままでは、将軍のお命が危険です!」
「分かった。 全軍退却だ!」
そうはさせるものか。
そう思い彼はギョムチャクの部下の殺戮を始めるが、間に合うものではない。
「べオコース!」
その様子にべオコスも気づいて後を追うが、彼が駆け付けたときにはすでに敵は馬に乗って、撤退していた。
「逃げられた!」
ハルヴェルトは悔しがって、地面の草をむしりとり、あたりにばらまくが将軍がなだめた。
「我々の目的は達した。 また奴らを葬る機会はあるさ。」
「おお、べオコス殿。」
老人の声がして、彼らの前に解放されたスラヴァが現れた。
「スラヴァ殿。 ご無事でなによりです。」
「いやはや死ぬかと思いました。 しかし、さすがはべオコス殿。 よくここがお分かりに。」
将軍はこれまでのいきさつを話した。
「感謝ならジョパルにしてください…」
なぜかジョパルを見た後、将軍は険しい顔になった。
「どうしました?」
「いえ、それよりも。 帝国の使いが待っているはず。 これ以上失礼のないように、できるだけ調印式の会場に急ぎましょう。」
べオコスの様子がいつもと変だと気づいたのは、ハルヴェルトもだった。
将軍の目線は、ジョパルの胸元に集中している。
その隙間からは、怪しく光る黒いペンダント。
まさか、王子に不安があるのかと彼は思ったが、このときは意見を聞くことはできなかった。
いずれは王子がこの国の災いの種になると、イムダイのペンダントを見た時、将軍がそう考え始めていたことは、知るよしもない。




