第20章 招集された議会
あたりは夜で、ついさっきまで虫たちが涼しげに鳴いていたのだが、それが止んだと思うと、ぽつぽつと雨が降ってきた。
ジェスナを追いかけるジョパルの頭にも、それは降り注いでいく。
あのサナという女性は、母がいなくても幸せだった。
でも、ジェスナは、ジェスナと私は…
「ジェスナと私は、二人でなければ幸せにはなれないんだ!」
遠くの方で、背中を濡らす彼女のローブが見え、彼はその体に聞こえるように、思い切り叫んだ。
彼女の歩みが止まる。
どうやら声は届いたようだ。
「ジェスナ、はあ、はあ…」
彼は彼女のところまで走ってゆき、追いつくと息を切らして手を膝で支えてかがんだ。
「私は、ジェスナ、君がいてくれなきゃ、ダメなんだ。」
「私、あなたのそばにいてもいいの?」
「何言ってるんだ。 いいに決まっているだろう。」
彼女は震えるこぶしを握りしめ、だが徐々に力を抜いて、彼を抱きしめた。
「ごめんなさい! でも、私、本気なのよ? あなたが…」
あなたが私のものであったなら、私は生きていける。
でも、それがなくなったら…
「どうすればいいのよ!」
「私が悪かったジェスナ。 本当に悪い事をした。 だから、泣かないでくれ。 そんなに泣いてしまっていては、私も母上を。」
ジョパルもついには泣きだしたように見えたのだが、それはどしゃぶりになった雨のせいでよくわからなくなった。
このまま、つらい過去を全て洗い流してしまえたら、いいや。
「過去は捨てるためにあるものじゃないジェスナ。 未来のためにあるんだ。」
一夜明け、雨もすっかり上がり、予定通りに二ヴェナでは議会が招集された。
集まったのは、大臣長官のミハルダ、外交大臣のスラヴァ、加えて王補佐大臣のシィーロス、財務大臣のトヴァンザ。
一方将軍側はべオコスに老将ブロンベルク、そしてこれも将軍のメーケニッヒ。
三人は合わせて二ヴェナの三秋将と言われ、他国の兵から恐れられていた。
会議にはジョパルたちの参加も、反対するものもいたがなんとか王の威光で決定にこぎつけた。
「皆静かに。」
長方形の広い部屋で、並べられた金のテーブルとイスに座って雑談している家臣たちを、王が制した。
広い空間だけに、よく声が響いたせいで、彼らはすぐに静かになる。
「もう知っている者もいるかと思うが、帝国の将軍から書信が届いた。 内容は我が国がゼムヘイオに対して、停戦および講和を要求されたということだ。 皆の意見を聞きたい。 我々は、講和を受け入れるべきか、否か。」
王が話終わると、皆はざわざわと騒ぎ出した。
そして、まずはじめに王補佐大臣のシィーロスが挙手した。
「陛下、これは奴らが仕掛けてきた戦争です。 自分から仕掛けておいて、講和を求めてくるとは、もはや帝国が疲弊しているのは明らかです。 この機会を逃してはなりませんぞ。」
「つまりそなたはゼムヘイオを攻撃するのは今が好機というわけだな? しかし現状はそう簡単ではないのだ。」
「ブロンベルク、なにか不満でもあるのか? 申してみよ。」
彼は王に一礼して言った。
「確かに今帝国を攻めれば、勝利はたやすいものであります。 問題はそのあとです。 帝国を蹴散らした先にあるのは、パレヴァンです。 奴らがこれまで狡猾な手段を用いて国土を広げてきたことは、陛下もご存じのはず。 我らは、帝国と組み、パレヴァンをここでたたいておくべきと思慕するところであります。」
「そなたの言うことも最もだ。 帝国ほどの力を持つ国が自分から同盟を求めてくるチャンスはめったにない。 だが、帝国もパレヴァンを倒せばより広大な領土を保有することになる。」
中年のメーケニッヒが反論した。
「ならば、帝国にできるだけ領土を割譲できないような講和の条件をつけるというのはいかがでしょう陛下。」
「それは名案にございますな。 ミハルダ殿。」
そう口を開いたのは財務長官のトヴァンザ。
「いいや、それでは帰って帝国を刺激し、同盟の話を水泡に帰されるかもしれん。」と、べオコス。
「無敗将軍とも賞されるあなたが、なんということを。 今回は帝国を我らが助けるのですぞ? 少しくらい不利な条件をつきだされたところで、文句は言えますまい。」
だが、大臣長官の意見を皮切りに、ほかの臣下たちが、ああでもないこうでもないと自分の考えを押し付けあい、議会は混乱した。
「だがら、それでは帝国を刺激すると言っているのであります。」
「帝国は今や虫の息。 何を恐れることがありましょう。」
「いいや、私は反対だ。 パレヴァンがいなくなれば、一体誰が帝国を牽制するのだ? エデモルカか?」
そのとき、バンとテーブルをたたく音がして、王が声を張り上げた。
「皆静まれーっ!」
その怒鳴り声に、再び議会は静かになる。
「ジョパルよ。 お主はどう思う?」
「はい、陛下。」
大臣たちの中には、こんな若造にと批判を浴びせる者もいたが、彼の話を聞いているうちに声は聞こえなくなった。
ジョパルは気にしなかった。
「私は、今まで帝国の奴隷として生きてきました。 これもあの将軍、ラミダンのせいです。 帝国が憎い。 私の心はその黒い感情に支配されました。 確かに、今が帝国に復讐するチャンスです。 ラミダンもきっと悔しがるでしょう。 しかし! しかし、それ以上に厄介な存在を私は知っています。」
臣下たちは口を半開きにして彼を見ていた。
「パレヴァンです。 ラミダン将軍は私にとっては敵でしかありません。 でも、彼は戦士として、いいえ、人としてどうあるべきかの心得をしっかりと持っています。 自分だけでなく、全ての人の不幸を背負い、それに耐えながら、死ぬる者には敬意を払う。 パレヴァンはどうでしょう? 混乱に乗じて宮殿に乗り込んできました。 将軍は傲慢の二文字におぼれ、それは私の父にそっくりです。 父は私の家族でした。 大事に思っていました。 でも、好きにはなれません。」
「よく、分かった。」
沈んでいて、落ちつきのある声で王は彼の話にうなずいた。




