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第19章 ウィンバートの娘

 なにやら今日は調子がいいです。 ということで、もう一話を追加。


 王はそのとき後ろの方で様子をうかがっていた少女に気づいた。


 「おお、サナよ。 そこにおったか。 大臣長官のミハルダが探しておったが、彼らが気になるか?」


 「あ、あの、いえ…」


 彼女の名は、サナ。


 二十歳になるウィンバートの一人娘だ。


 すでに二ヴェナの王妃は病弱のために他界し、一人残ったこのサナを王は誰よりも愛していた。


 普通なら甘やかして育てられれば、ろくな人間になるものではないが、サナの母の教えを王は毎晩のように聞かせてやったため、彼女は自分に母がいないことを悔やみ、逆に幼いころから気高く生きるために努力を重ねてきた。


 母の性格を手本にし、その忠実な真似ごとを王は彼女が本気でやっていることに強く感銘を受けた。


 彼女はジョパルたちを見渡したが、伝令の兵士に気がついた。


 「申し上げます! ラミダン将軍より、陛下宛てに書信が届いております。」


 「なに? ラミダンが?」


 ウィンバートは険しい顔でさっそく紙を広げる。


 ― ラミダンがゼムヘイオの皇帝陛下に代わって申し上げる。 我が帝国と貴国には、今戦争により深い溝があることは百も承知で、この書信を差し上げる。 昨今において、帝国はパレヴァンの襲撃にさらされる気配が誠に濃厚である。 よって、二ヴェナと我が帝国とが講和を結び、停戦することを望む。 ―


 この手紙を見た彼はすぐに大臣たちを呼んだ。


 「ミハルダ! それにスラヴァをよこせ!」


 すたすたと丈の長い青のローブに身を包んだ文官たちが、王のもとへとやってきた。


 「何用でございましょう陛下? と、お嬢様。 ここにいらしたのですか。 ミハルダめは随分探しましたぞ?」


 ひげの長いミハルダは、やはり青い、しかしローブより少しばかり紺色に近い神官帽をかぶっていた。


 「お呼びでございますか、王よ。」


 後からひげは短いが、背はミハルダより高い外交大臣の老人が入ってきた。


 「きたかスラヴァよ。 ほかの大臣たちに会う前に、お前たちに先んじて話がある。」


 王は手紙を二人に手渡した。


 「こ、これは! 一大事でございます陛下。 もちろん、良い意味でですが…」


 文官二人は手紙を見て、これは何か帝国がたくらんでいるに違いないと、王に会議の場を求めた。


 「言われなくとも分かっておる。 世も会議をし、ほかの大臣たち、そして将軍たちの意見も聞こう。 明日の皆の考えによって、結論を下したいと思う。」






 ジョパルはその夜、二ヴェナの宮殿の裏庭でジェスナと待ち合わせをしていた。


 二ヴェナの軍に捕えられて以来、彼女とはぎすぎすとした空気が邪魔をして、彼なりにそれを解きほぐしてやる必要があると考えたからだ。


 しかし、何か急用でもできたのだろうか、一向に彼女が現れる気配がない。


 もしかして、自分は嫌われてしまったのだろうか?


 そんな事を考えると、あのとき彼女を押し倒すべきではなかったと、胸に罪悪感があふれてくるような気がした。


 「王子様…」


 若い女性の声に、彼はジェスナが来たのだと思ったが、振り向いたときそれはウィンバートの娘であることに気づき、心の中でがっかりした。


 「どうしたのです? こんな夜中に、一人で外に立っているなんて。 風邪をひきますよ?」


 「君こそ、なぜ出歩いているんだい?」


 「そ、それは…」


 彼女が何か特殊な事情を抱えているような顔をしていたから、彼はできれば王からの恩をここで返してやろうと思った。


 「あの、王子様?」


 「何か悩みでも?」


 すると彼女は顔を真っ赤にして言った。


 「王子様の、もとへ嫁がせてくれませんか?」


 突然のことに彼は言葉を失った。


 サナはもう立派に成熟しているし、父のウィンバートもいずれ花婿を見つけるつもりでいたのだが、ここでも母の教えを彼女は守った。


 嫁ぐのなら、エデモルカの王子にしなさいと。


 父も特に異議を唱えることなく、彼女が小さい頃から王子を慕ってきたと聞かされた。


 どうしたらいいのだろう…


 自分はジェスナに一緒になることを拒む気はないが、何年も想い続けてくれていた相手のことを思うと、即座には判断できない。


 「あの、私は…」


 私は、と言いかけても、そのあとの言葉がなかなか見つからない。


 「ダメですか?」


 目の前の彼女を見るたびに、頭をかきむしりたくなりそうだった。


 思えばこれまで誰に嫁ぐかを考えたことなど一度もなかった。


 自分は帝国に復讐することは考えても、結婚がこれほど大事なのだろうかと、疑問にすら感じなかった。


 彼女たちは、本気でそれをやっているのだ。


 私は、男はどうしていつも女性の気持ちに気づいてやれないのだろう。


 父もそうだった。


 私の父レスレダは、いつも暴力をふるって臣下をびくびくさせて、母上をベッドに誘うときは、決まって気分的にそうだからという曖昧でどうでもいいような理由がほとんどだった。


 自分は、あの暴君の血を引いている。


 今思えば身の毛もよだつはずなのに、どうして、どうしてこんなにも自分を求める者が後を絶たないのだろう?


 「少し、考えさせてくれませんか…」


 しかし、彼がそう言ったとき、もう一人の少女の声が聞こえた。


 「ジョパル。 ダメ、断って。」


 遅れてきたジェスナが彼に首を横に振った。


 「断って。 お願い。 ねえ、ジョパル。」


 だが彼はもうどうしていいか分からなくなって、ジェスナとサナの方に繰り返し視線を移すことしかできなかった。


 「あの…」


 サナが口を開こうとしたが、彼女はすぐにそれを強い口調で止めようとした。


 「あなたは黙ってて!」


 彼女は強く言いすぎた事に気づくが、ジョパルはそんな気持ちを察することなく、彼女にそんな言い方はないだろうと怒ってしまった。


 途端に涙ぐむ彼女。


 彼の手を思い切り振り払うと、目をこすりながら走り去っていってしまった。


 「追いかけてあげないのですか?」


 サナの言うとおりだ。


 だが、彼女は自分を守ろうとはしていない。


 今なら、彼を自分のもとに引き寄せることができる、願ってもないチャンスなのに、それをしなかった。


 「母が昔言っていました。 女には姑息な者がたくさんいます。 けれど、たくさんいるからこそ、あなただけは男性の希望でいられるように、誠実な女として生きなさいと。 私は、母の教えを破るつもりはありません。」


 「君は、優しいんだね…」


 彼は一言だけ彼女に言ってジェスナの後を追う。


 一瞬、彼女の瞳がうるんだような気がしたが、彼はすぐに背中を向けて去った。


 


 


 


 


 

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