第16章 襲撃者たち
夜蝶は静かに赤い花弁の上にとまり、ひらひらと黄色い羽を動かして、音も立てずに舞っていった。
夜こそ静寂の支配が最大に及ぶとき、あるいは静寂を利用して敵が忍び寄る怪しい空気の満ちる時である。
そんな闇の漂うガルべの城の中を、何者かが忍び足で暗躍していた。
顔は目以外は黒い布で隠され、だれだか見当もつかない。
「うっ!」
見張りの門兵は、突然にその男に首を両手でねじられ、息の根を止められてしまった。
「何奴! ぐあっ!」
近くにいたもう一人の兵士が気づいたが、男はその兵士をナイフを飛ばして殺した。
やがて、彼はとある部屋の前まで来て止まった。
そこはジョパルが寝ている部屋で、本人はもうすっかり意識を混濁させて夢の中だった。
刺客は表情は覆面のせいで分からないが、おそらく笑っているのだろう。
わずかに見える目もとにしわを寄せ、ドアの手すりに手をかけて、音を立てないようにそっと閉めた。
と、そのときジョパルが一瞬動いたような気がして、男ははっとした。
タダの寝返りだ。
仕切りなおして、彼は懐から小さな予備のナイフを取り出すと、ジョパルの胸のあたりに位置を合わせ、その刃先を下に向ける。
ジョパルの目からは、なぜだか涙が出てきている。
「は、母上。 な、ないで。 もう。 嫌、だ…」
どうやら悪夢にうなされているようだ。
寝言を頻繁につぶやき、手を上に差し伸べて、何かをつかもうとしている。
男はふとそれを見ていたが、時間が限られていることを思い出し、青年に向かってナイフを突き付けようとした。
「誰だ!」
しかしその手は途中で止まった。
刺客の後ろからは、剣を彼ののどに突きつけるハルヴェルトの声。
男は声はださず、ゆっくりを手を上に上げ、持っていたナイフを床に捨てる。
「こんな夜更けにジョパルを狙うなんて、見たことないな。 正体を見せてもらおうか。」
ハルヴェルトは刺客の顔を覆っている覆面に手をかける、が、その時…
「わあああああーっ!」
突如としてドアが開き、外から何人も同じ色の覆面をした刺客が襲いかかってきた。
「ハルヴェルト?」
「ジョパル、伏せろ!」
「うわ!」
彼は頭を下げたとき、そのすぐ上にナイフがいくつも壁に刺さっているのを見た。
「どけ!」
ハルヴェルトは刺客たちの攻撃をかわしながら、ジョパルを抱えると、外に出た。
外にも数人の刺客たちが待機しており、ハルヴェルトは舌打ちしてジェスナのいる部屋へと走った。
「何が起こってるんだ?」
「俺にも分からん。 とにかく、今は逃げるのが利口ってことだけが大事だ!」
刺客たちはしつこく追ってくる。
「お嬢様!」
彼はジョパルを抱えたまま、彼女の部屋に入り、ジェスナをたたき起こした。
「な、何? どうしたの?」
彼女は目の前の刺客たちを見て、悲鳴を上げた。
「いやああああ! 来ないで! ハルヴェルト、助けて!」
「分かってます!」
彼は刺客の一人を蹴りつけて、そのすきに武器を奪うと、それをジョパルに持たせた。
「お嬢様は私が守る。 援護してくれ!」
ジョパルは彼の言葉にうなずいて、刺客を足止めしながらも、二人の後を追う。
刺客たちはどこまでも追ってくる。
彼らは馬に乗り、ガルべ城の外へと逃走した。
「うわああ! なんだお前ら!」
城門を守っていた兵士たちは、怯えながらも必死に彼らと戦ってくれている。
「よし、このすきに逃げるんだ!」
三人はやがてガルべの河に沿って南に進み、刺客が完全に見えなくなったところで止まった。
「一体、あれは何なの? 私、寿命が縮まるかと思ったわ。」
「分かりません。 おそらく、我らを狙って誰かが仕向けたのでしょう。」
このあたりに盗賊が出るという話は聞いたことがない。
とすると、刺客を放ったのは、城の内部の人間。
「あんたら、大丈夫か?」
息を切らしている三人を見ていたのか、一人の若い男が森の茂みから出てきた。
「お前は? 奴らの仲間か?」
ハルヴェルトが警戒する。
「とんでもない。 全て見ていたんですよ。 ここを奴らが通っていくのを。 刺客は総督の兵士です。 なんでも、あなたたちがエデモルカの王子で、殺さなくてはいけないだとか。 それで、私がここから先にある二ヴェナの陣営に、被害者が逃げてきたらかくまうようにと、話をつけておきました。」
ジョパルはその時、きっと犯人はロデルムだと確信した。
彼は自分に武術の決闘で敗れていたことを悔しがっていたし、あの性格ならやりかねない。
それにジョパルが身分の高い人間だと知るには、ルールラス夫人に深いかかわりを持っている人物でないと無理だ。
「ロデルムね…」
ジェスナも彼の考えていることに気づいたようだ。
「ありがとう。 あなた名前は?」
男は彼女の問いに笑って言った。
「はい、ランソンと申します。」




