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第15章 不穏な気配


 ジョパルたちが武術決闘によってロデルムに勝利した翌日、アデムントは驚きを隠せない声で部下のルホンに言った。


 「もう一度読め。 それは本当か?」


 「はい。 最近入った情報では、理由は分かりませんが、パレヴァンが軍備を拡張しているとのことです。 もしや、我がゼムヘイオに宣戦布告するつもりなのでは?」


 うーむと総督は腕組みをする。


 「もしそうであれば、帝国は北はパレヴァン、南は二ヴェナの両方と戦わなければならず、挟撃されます。 しかも我らは二ヴェナに数年も敗北を重ねていて、今攻め込まれれば相手が誰であれ、苦戦は確実です。 どうすれば…」


 「うろたえるなルホン。 まだパレヴァンが攻めてくると決まったわけではい。 それに、判断に迷ったときはこれを読めばよい。」


 彼はルホンが持っていた書信を指さした。


 それは昨日、帝都にいるゼムヘイオの皇帝メルダテスから、総督に送られた書信であった。


 ― パレヴァンが近いうちに、そなたのいるガルべに進軍するであろう。 我が帝国には長年の二ヴェナとの戦で、これ以上他方面に兵力を割く余裕がない。 よって、パレヴァンの侵攻に備えるために、今のうちに二ヴェナの戦力をそぎ落としておくこと。 ―






 そのころ二ヴェナでは、一人のひげを生やした金髪の王が向かいに立っているベオコス将軍と、物々しい顔つきで話をしていた。


 それも昨日のことだ。


 王の間の隅にあった壺のほこりを指でなぞりながら、二ヴェナの王ウィンバートは窓を見た。


 そこから目に入ったのは、一人の馬に乗った伝令兵の姿。


 「申し上げます! ゼムヘイオの総督アデムントが、我が国に侵攻する用意をしております!」


 兵士に下がれと合図すると、王は将軍と顔を見合わせた。


 二ヴェナは帝国と戦争中とは言っても、今のところは膠着状態が続いて、比較的に平和で音沙汰がなかったからだ。


 「なぜ今になって帝国が? 血迷ったか?」


 「いえ、そうとも限りません陛下。」


 べオコスの考えとしては、帝国が兵力を回復させるために侵略を止めていたか、あるいは強力な後ろ盾を得ていたかのどちらかだった。


 「もしくは、パレヴァンと同盟をして力を得たのでは?」


 しかし二ヴェナは南に位置し、パレヴァンへの情報は戦争中の帝国によって厳重に監視されていた。


 そのため、確実にそうであるとは言えない。


 「事態がはっきりせぬ以上は危険に変わりはない。 べオコス。」


 「はい、陛下。」


 彼は将軍に膝をつかせると、持っていた金で装飾された杖を彼の肩にあてた。


 「そなたに勅命を下す。 いつ帝国の侵攻にあってもいいように、今よりダペラの街の近くに陣をはり、襲撃に備えよ。」


 「承知いたしました。」






 アデムント総督に気に入られたからとは言え、ジョパルは突然の依頼に驚いていた。


 「なんですって? ジョパルが、総督と一緒に二ヴェナへ進軍するの?」


 「はい、お嬢様。 私も呼ばれております。」


 ハルヴェルトも、ついさっき渡された帝国の隊長クラスがつける銀の鎧に腕を通そうとしている。


 「明日の早朝、さっそく出陣するそうです。 お嬢様も準備を。」


 「え?」


 彼女は何を言っているのかさっぱりだった。


 「おや、自分の性格をご存じないのですか?」


 ジェスナは昔から物事に首を突っ込む性格で、彼は当然彼女が戦争について来るだろうと思っていたからだ。


 「すでに総督の許可をもらっています。 お嬢様は、どうせ言っても聞きませんから。 それとも、恐いのですか? 心配ありません。 私が守って見せますよ。」


 「な、恐くないんかないけど。」


 しかしジェスナは笑いだして、やってやろうという気になっていた。


 「総督のおこしである。」


 そのときルホンの声が聞こえ、彼らの前にアデムントが現れた。


 三人はそれに伴い頭を下げる。


 「もう知っておると思うが、皇帝陛下から二ヴェナに進軍せよとのお言葉を賜った。 よって、明日の早朝このガルべを発つ。 ぬかりなく準備するように。」


 総督はそれだけ言って去っていった。


 だが、そのやり取りを影から見ていた人物が一人、従者と思われる男に耳打ちしていた。


 ロデルムである。


 先日、彼はジョパルの強さに戸惑いながら、惨敗したことを悔しく思っていた。


 ― お前を殺すためにここに来たわけじゃない。 ―


 彼の言葉を思い出すたびに、腹が地獄の炎で煮えたぎるようだった。


 「あいつめ、英雄気取りやがって。」


 「おちついてくださいロデルム様。 奴を消す方法を思いつきました。」


 彼に話しかけているのは、ロデルムの従者のランソン。


 彼がルールラス夫人の勧めでもらった屈強な奴隷を、いとも簡単に倒した若い盗賊だった。


 ロデルムは奴隷を殺されたが、この男の強さにほれ込み、最近になって部下にしていた。


 「俺は、奴隷だったあいつに先をこされるのが許せない。 分かるよな?」


 「ええ、もちろんです。」


 「それで、消す方法は?」


 ランソンは彼にそっと耳打ちした。


 それを聞いているうちにロデルムの頬は緩み、彼の白い歯が不気味に見え隠れした。


 「なるほど。 失踪したと言い訳すればいいんだな。」


 「その通りです。」


 ロデルムはジョパルを怒りの目でにらむと、一人ごとだが、彼に聞かせるつもりで言った。


 「今に見ていろよ。 帝国の奴隷は一生奴隷だ。 たとえ気に入られようと、それをこのロデルム様が絶望に変えてやる!」




 


 


 


 


 

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