第14章 流れ着いた先
何かの光が目のあたりを照らしていて、そのまぶしさで二人は目が覚めた。
気がつくと、もう朝を迎えているのが周囲の明るさで分かった。
「おはよう、ジョパル。 よく眠れた?」
「君の方こそ…」
まぶたをこするジェスナは、そのとき彼をじっと見つめる。
彼も彼女の視線に気づくが、二人は次第に顔を赤くして、目をそらしてしまった。
「ねえ、私のこと、嫌いになった?」
「いや、とてもきれいだよ…」
高鳴る心臓の音は二人の距離を縮めてゆき、再び顔を合わせたジョパルとジェスナは荒く息をして、唇を重ねようとした。
久しぶりに、長い間触れることのできなかった女性のぬくもりを得られるのか、と彼はつい夢中になっていた。
「お前たち。 ここで何してる?」
「えっ?」
いつの間にか帝国の兵士たちに、二人は囲まれていた。
よく辺りを見まわすと、そこは昨日彼らが寝ていた馬の納屋ではなく、城の裏庭だった。
彼らは献上されるはずの馬のえさの上に寝ていたらしく、農民の男が兵士たちを二人のところまで誘導していた。
どうやら寝ている間に間違えてえさごと運ばれてしまったようだ。
それにこれでは城への無断侵入と変わらない。
それはガルべ城。
エデモルカが帝国によって制圧されたのち、新しくこの地を治める総督のアデムントがエデモルカの宮殿を嫌ったため、防衛拠点としてつくられたものだった。
ガルべ城には王の玉座はないものの、アデムント総督の肘掛けイスがあり、今や城全体が彼の所有物と化していた。
「放して!」
朝になって早々に牢獄は騒がしくなった。
― 身分の高い帝国のお嬢様が投獄されそうだ。―
牢獄の囚人たちの間では、すでにそのうわさでもちきりになっていた。
彼女が入ってくると、皆手を叩いて狂喜乱舞する。
地味な牢獄生活に飽き飽きしていた囚人の中にはあまりの興奮に、牢屋の鉄格子を破ろうとする者もいて、兵士たちが数人で事態の収拾に振りまわされた。
「ようこそお嬢様! かわいいよ!」
「あんた、帝都から来たんだろう? どうしてここに?」
口々に言葉をかける囚人たちは、彼女の隣にいるジョパルには目もくれなかった。
むしろ、あの薄汚い小僧をなんとかできないものかと、彼らはジョパルに向かって鋭い殺気の混じったまなざしを向けた。
「お願い話を聞いて!」
「静かにしていろ。」
門番の兵士は、二人を牢に入れると足早に立ち去ってしまった。
このまま死ぬまでここにいるしかないのか?
絶望しかけたが、彼女は目の前で倒れている人物に必死に呼びかけた。
「ハルヴェルト!」
「あ、ああ。 お嬢様。 無事だったんですね。」
彼はひどい傷を負いながらも、必死に起き上がろうとする。
「ううっ…」
「ハルヴェルト。 無理しないで。 でも、生きていてよかった…」
ジェスナは彼を抱きしめて、確かにその存在を確認すると、自分の服の余った裾の部分を破いて、それを彼の出血している腰に当てた。
「私ごときのために、申し訳ない…」
「いいの。 それよりも、私たちが門をくぐってから何が起こったのか話してくれる?」
彼はかすれる声で、ゆっくりと話を始めた。
あの夜、門が閉まり、彼は停止する騎兵に対して攻撃していた。
ところが、全員を始末し終わると、検問所の兵士にとらえられたのだ。
「ひどい! あなたは街をパレヴァンから守ったのに!」
「いいんですよ。 帝国のやり方は、もう承知の上です…」
三人が話していると、牢屋に続く階段を下りてきた一人の兵士が、彼らに出ろと首で合図した。
「私が持つよ。」
ジョパルはハルヴェルトの手を肩に回して支えながら歩いて行った。
三人は外にある円形の広い庭のようなところに呼び出された。
「お前たちが、私の馬を盗んだ者どもか。」
「盗んでなんかないわ!」
岩で囲まれた壁の上には階段があり、そこで聞き覚えのある男の声がした。
ジョパルがダぺラの山で斬りかかったとき、指揮官をしていた男、アデムント総督だった。
そして後ろには、ロデルムの姿。
「ん? ジョパル君じゃないか。 あそこからどうやって逃げたかは知らないけど、元気だったか?」
「ロデルム! お前、なんでここに!」
「俺は貴族だぞ? 最近、総督の護衛になったのさ。 ぶらついてたお前とは違うんだよ。」
いがみ合う二人を見て、アデムントは笑いだした。
「お前たち二人は因縁の間柄か? これは面白い。 久々に楽しいものが見られそうでなによりだ。」
彼はここが闘技場であることを説明した。
そして、帝国の罪人のルールとして、生き延びたければ相手を殺すことだとも言った。
「お前たちは、私に献上されるはずの大事な馬の干し草の上に寝ていた。 よって不法侵入の罪で囚人となるわけだが、その女は将軍の花嫁、ジェスナだな? ラミダンが探していたが、私はあいつめを好かん。 特別にチャンスをやろう。 誰か一人が武器をもて。 勝てば部下にしてやる。 それにお前もかくまってやろう。」
ハルヴェルトのもくろみは的中した。
「いいさ。 ロデルムを殺すなら、タダでもいい。」
ジョパルの言葉に将軍はさらに上機嫌になり、兵士に言って、二人のところへ剣を一本ずつ渡した。
「ジョパル、やめて!」
「でも、やらなきゃ殺される。 こいつにだけは、こいつの前では死ぬわけにはいかないんだ。」
「後悔するなよ?」
彼はロデルムの挑発にも冷静に対処し、二人は闘技場の中央に来て、剣の鞘を抜いた。
「はじめ!」
ドン、と太鼓の音が鳴り、彼らはジェスナが見守るなか、剣を交える。
「はあああっ!」
ロデルムはジョパルに空中に飛び上がりながら、剣を斜め下に突き刺してきた。
それをジョパルは止め、直後に来た攻撃も防ぐと、横から斬りつけてきたロデルムの剣の勢いを利用して刀身を大きく円状に滑らせて、間合いを詰めると、彼の胴に蹴りをくらわせた。
すたすたと彼は五、六歩後ずさりして体勢を整えると、悔しそうな顔で再度斬りかかってくる。
「やああああっ!」
しかしロデルムは剣をよけられ、後ろから彼に反撃される。
「くそっ! 早いな!」
何度も水平に回転しながら剣撃を放ってくるジョパルに、防御に徹するが、ついに壁にまで追い詰められ、突こうとした瞬間、それをあっさりとよけられ、剣を持っていた手首を銀色の平らな刀身の部分で強く打たれた。
「ぐっ!」
痛みから彼は武器を落とし、それを拾おうとするがもう遅い。
「うあああああーっ!」
怒りに裏打ちされた声をだしたジョパルが迫ってきて、そばで見ていたジェスナは顔を覆い、アデムントでさえも、目を見張った。
静かになった。
しかし、ロデルムは荒い息をして生きている。
ジョパルは彼の首の横に、剣を突き立て、その壁の部分だけがパラパラと砕けている。
「どうした? こ、殺さないのか?」
「私は、お前を殺すためにここに来たわけじゃない…」
背後から拍手とともに、総督の下品な笑い声が飛ぶ。
「見事だ! ジョパルと言ったか? お前を部下にしてやろう。 ルールを無視すると? かまわん。 久々に興奮した。」
アデムントは嬉しそうな顔をして、満足そうに去っていった。
そのころ、パレヴァンでは王国中に動揺が拡がっていた。
「陛下ー! 大変です!」
「どうした? 騒々しい。」
ギョムチャクが連れてきた一人の年老いた農民の男を、興味がなさそうに見てエルガーは言った。
「それは誰だ?」
「はい、帝国の国境近くから連れてきた農民です。」
「農民が何の用だ?」
すると老人はエルガーにあるものを差し出した。
なんの変哲もないただの古い紙のようだが、古文書の切れ端のようにも見えた。
「陛下。 これがなんだかおわかりですか?」
首をふる彼に老人は続けた。
「エデモルカの古文書ですよ。 農作業中に畑を耕していたところを見つけたんです。」
「それで?」
農民は彼の言葉に、手を差し出してきた。
「ここにはこう書かれております。」
― エデモルカには三つの神器がある。 いずれも王の証として存在するもので、一つはイムダイが代々受け継ぎし黒い月の首飾り。 ひとつは赤きスピネルの冠。 そしてもう一つは、まだ見つかってはいないが、東の森に眠ると言われるイムダイの古の剣、へムロン。 三つ目の剣を見つけし者、大いなるイムダイの力を得るであろう。 ―
「東にある森か。 面白い。」
彼はほくそ笑んで老人に持てるだけの金貨を振りまいた。