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第13章 戻ってはこない人


 「門を閉めろ!」


 なるほど、門を閉めてしまえば、敵はもうジェスナたちを追ってはこれまい。


 しかし、騎兵の後ろにいたハルヴェルトは都に入ることができないだろう。


 「待って! このままじゃハルヴェルトが!」


 彼女は彼を見て、引き返そうとするがジョパルがそれを許さない。


 「ジェスナ、前だけを見るんだ! 振り返っちゃいけない。 彼は君が振り返る事を望んでいるのかい?」


 前だけを見ていること。


 ジョパルには過去をむしかえしたくない思いがあったのだろうか?


 「ハルヴェルト、ハルヴェルト…」


 あまりにも目の前にいる少女がかわいそうで、でも逃げなければいけなくて、二つの気持ちに板挟みになっていく自分が悪魔ではないかと、そう感じた。


 「お嬢様!」


 悲しみにくれるなか、二人が門を通過した瞬間、人が通れる隙間は完全にふさがった。


 「止まれ―っ!」


 騎兵たちの声が外から聞こえてきて、しばらくして戦いの音が聞こえてきた。


 彼が必死に敵を殺しているのだろう。


 だが、その音が消えたとき…


 「ああーっ!」


 「ジェスナ? ジェスナ! しっかりするんだ! ジェスナ!」


 彼女は意識を失った。






 夜も深くなり、ジョパルはひとまず宿を探すことにしたのだが、もうどの店も開いてはいなかった。


 こうなったら、どこか風をしのげる場所を見つけるしかない。


 そこで彼は、近くにあった馬の納屋へと入った。


 中はほのかに温かく、干し草のにおいがするが、それくらいはもう奴隷の暮らしのせいで慣れていた。


 ジェスナを馬から降ろし、そっとわらの上に寝かせた。


 華奢な体にはこの道のりは応えただろう。


 しかし先ほどから彼は、彼女のよく手入れされた茶色い髪に目がいっていることに気がついた。


 途端に触りたくなり、そっと前髪のあたりを軽くつまんでみる。


 「ふわっ!」


 彼女が目を覚ましたが、起きてばかりにすぐに泣きだした。


 「よかった、ジェスナ。」


 「ハルヴェルトが、彼が死んでしまったわ。」


 彼は彼女の頬を流れる涙を手で拭きとると、優しく包むようにしてその体を抱いた。


 時は静かに流れていく。


 虫の鳴き声と、納屋の屋根の破れた隙間からは、無数の星たち。


 彼女は泣いて震える声であっても、ある歌を歌いだした。


 ― 私を抱いて、愛しい人。 思い切り、力強く。 星の海を進んで、雲の岩礁をよけながら、帆を張り船を進めて。 でも、愛しい二人の行方は誰にも分からない。 途中で難破してしまうかも。それでも、自分を犠牲にしても、どんなにそれが困難でも、あなたは私を愛していたのよ。 言わなくても私には、最初から全て分かっていたこと。 不幸になってもいいからと、どうして人はそこまで愛をもとめるの? ―


 それは帝国のはるか昔から伝わる歌だった。


 「その歌、私も知っている。」


 今度は彼もそれを口ずさんで、やがて彼女もその声に合わせるようにもう一度歌う。


 しばらく歌は続いたが、やがて彼らは疲れたためか抱きあったまま眠ってしまった。


その場所が、アデムント総督に献上するための馬に与えられる干し草の荷台とも知らずに。






 ゼムヘイオの平原に朝がきた。


 いつもなら静かなその場所は、風がむなしくうなりをあげて草を揺らすのだが、いくつも建てられた臨時用の野営地に邪魔された。


 そのテントの一つには男が、一人で酒を飲んでいた。


 ひどく鎧は汚れていて、自慢の黒いマントも数か所ほつれていた。


 「ジェスナ…」


 彼の口から出てきたのは、愛する少女の名であった。


 その名を口にするたびに、何かを思い出したように、あるいは何かを記憶から抹殺してしまうように、酒をあおった。


 「将軍、もうそれくらいでよされたほうがよいのでは? まさか、一晩中酒を呑まれていたのですか?」


 「ああ、そうだ。 悪いか?」


 部下の言葉を気にもとめず、彼は飲み続ける。


 ラミダンはあの夜、パレヴァンの軍を何とか押しとどめ、ジェスナが門に入った時点ですぐに撤退したが、被害は甚大だった。


 「将軍らしくありません。 それにこんな姿を部下に見られたら、軍全体の士気にかかわります。」


 「それがなんだと言うんだ!」


 突然テーブルをたたく将軍は、立ち上がって部下のマントにつかみかかった。


 「私は! いや、すまない。 しばらく一人にしてくれ。」


 「わ、分かりました。」


 部下は半ば怯えた顔つきでテントから出て行った。


 「ジェスナ…」


 湧き上がってきたのは、黒い感情。


 あのジョパルをもう許しはしない。


 怒りを抱えていたのは事実だが、同時にその心には悲しみもあった。


 ジェスナを失った悲しみ。

 

 それは、今まで自分が不幸を多くの人々に植え付けてきたように、これからは自分が不幸になっていくような、そんな気がした。


 あの青年に、剣など教えたのが間違いだったのだろうか?


 こんな形で自分が不幸にされるとは思ってもいなかった。


 「ふふ、今度はお前が苦しむ番だぞ? 他人を不幸に陥れて、悶えるんだ。」


 彼は薄笑いを浮かべて、ひとり言を言った。


 そして笑顔を消し、それが苦笑いになったとき、突如として持っていた酒びんを投げつけて粉々にたたき割り、テーブルをひっくり返した。


 「ジョパル! お前はっ!」


 「将軍! おやめください! どうか落ちついて!」


 「放せ!」


 暴れるラミダンは、物音を聞いて中に入ってきた複数の部下に抑えつけられながらも、憎しみをジョパルに向けていた。


 絶対にジョパルを許しはしない…


 


 


 

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