第11章 すべては恋路における反逆
「何!」
盗賊の捕虜は震える声で自白した。
「本当だ。 あ、あの護衛をお嬢様は相手に選んだんだ。」
盗賊の話によれば、ラミダンの小隊を襲ったのは盗賊などではなく、変装した帝国のもと兵士であるという。
「ということは、お前もゼムヘイオの兵士だな?」
彼は将軍の問いにうなずく。
これで全てがはっきりした。
彼女は将軍のもとを去るために、自分の部下にわざと小隊を襲わせ、おそらく事前にジョパルにもそのことを予告しておいたに違いない。
いや、知らなかったとしても、彼は彼女を助けるために後を追っただろう。
今もジョパルの行方は分からずじまいだ。
あのジェスナに自分は少しも好かれていなかったのだと、そう自覚したとき彼はあまりのみじめさを口にすることはできなかった。
それに部下たちの視線が、いつもなら気にすることはないのだが、妙に痛々しく感じる。
「ぐはっ!」
なぜだろう?
衝動的な行動など、自分が一番嫌いのはずだ。
なのに彼は、捕虜を容赦なく斬り捨てた。
「よし、よし。 ただちに動けるだけの兵を動員し、ジェスナートンを探し出せ。 なんとしても見つけ出すんだ。 それを阻むものがあれば容赦なく殺せ。 たとえお前たちより身分の高い者であってもだ!」
「はい、将軍!」
すぐにおちついた口調に戻った彼は、部下にそう命じて、帝都へと戻っていった。
― 「ジョパル。 さあ、この手をつかむのです。 お前にとって、一番大切なものはなんですか? イムダイの家系をここで終わらせてはなりません。 お立ちなさい。」
「は、母上。 私は…」
「大丈夫。 生きていますよ。」―
「っ! 母上!」
彼は夢から覚め、自分が河のほとりに寝かされているのに気がついた。
そばにはまきがくべてあって、その中央で炎が火柱を立てている。
「目が覚めたか?」
彼の正面には、見知らぬ若い男。
よく見ると先ほど彼を襲った盗賊の服を着ている。
「彼女をどこへやった!」
「おっと、誤解するなよ? 俺はお前の味方だ。」
男は黒髪を火であぶるようにして乾かし、彼にイムダイのペンダントを渡した。
「ほら、落とし物だ。 もうちょっと発見が遅かったら、河に流されてた。」
「返せ!」
彼はペンダントを見て、それをすぐに男からひったくった。
「おいおい、そんなに怒るなよ。 それとも、それがどんなものか知らないとでも? あんた、亡国の王子だろ?」
その言葉に彼は冷や汗をかきそうになって、代わりに首をふるわせた。
「ジョパル殿下さまだろ? 今はなきエデモルカの。 王が死んで都がラミダン将軍に攻撃されてから、わずかに残った臣下たちとともに姿を消した。 だが、その後は奴隷としてどこかの貴族に預けられた。 帝国じゃ、歴史家たちが好き勝手に説を唱えて、数年は批評家も犬みたく吠えてた。 それで、ここ最近ようやく静かになったってのに…」
「なぜ俺だと分かる?」
男は両腕を頭の後ろにのせ、地べたに転がった。
「その、俺って言い方、つらくないか? それにこのペンダントに、あんたのその恨みに満ちた目。 見れば分かる。 心配するな。 俺も帝国が嫌いだ。 あんた、王子だろ?」
「本当、なの?」
いつの間にかジェスナがそばに立っていた。
「君、無事だったんだ。 よかったね。 そう、私はエデモルカの第六代イムダイである、レスレダの息子、ジョパルだ。 あんたは?」
「ハルヴェルトだ。 お嬢様の護衛をやってる。 だが、もう帝国にはいられないな…」
「ごめんなさい…」
そのときハルヴェルトに彼女がほのかに頬を赤くさせて謝った。
「どういう事なんだ?」
ジョパルがたずねると、代わりにジェスナが口を開いた。
「私、ラミダン将軍のもとを離れたい。 政略結婚なんて嫌! それで、あなたを見た時、これは神様が私にくれたチャンスだって思ったの。」
つまりジェスナは、政治の道具にされるのが嫌で、ジョパルについていく事を決めたのだという。
盗賊のふりをして小隊を襲わせたのも、彼から逃れるためだった。
「そうか、だからあのとき私にさらってと、言ったと?」
「ごめんなさい。 本当に、身勝手よね。」
「私でいいのですか?」
え?と彼女は彼を見る。
「私は奴隷になった身です。 あなたのような高貴な人と、はたして釣り合うでしょうか? それに私は帝国が憎い。 使命を遂げるまでは死ぬわけにはいきませんが、いつ復讐の戦いで命を落とすか分かりません。 あなたを、不幸にしてしまうのでは…」
しかし、彼女はジョパルに近づいてペンダントを握ると、自分の胸にかざした。
「確かに。 でも、それでも私は、あんな歳の離れた人と夫婦になるなんて、耐えられない。 好きでもないのに! だから、あなたについていくと決めた。 これは私自身の意志なの。」
彼女の決意は堅い。
そこまで言うのなら仕方がないと、彼女の意志を尊重しないわけにもいかなくなった青年は、迷ってはいたが、小さくうなずいた。
「それよりも、これからどうするんです? 帝国に戻ったら、怒ったラミダンが待ってるでしょう。 それにいつまでもここにいるわけにもいかない。」
ジョパルの言葉に反応してハルヴェルトは起き上がると、近くにあった馬に水を飲ませた。
彼の言うように、将軍はジェスナを今頃必死になって探しているだろう。
見つかればただではすまない。
「東に行きましょう。 あそこはもとエデモルカの領土ですが、今はアデムントとかいう太った総督が幅を利かせてる。」
「でも帝国の領土内よ? 危険じゃないの?」
だが彼は首をふった。
「いいえ。 危険ではなく、それしか方法がありません。 帝国にいる方が安全です。 パレヴァンは信用なりませんし、ゼムヘイオは二ヴェナと戦争中です。 それにアデムントはラミダンを嫌っています。 うまくいけば、かくまってくれるかもしれません。」
今はほとぼりが冷めるまで復讐の話は避けた方がいい。
しかしジョパルには母の遺言がある。
いずれエデモルカの再興をはたさなければならない。
将軍は確実に彼らが帝国を抜ける前に伝令を走らせるだろう。
そうなれば、どちらが早く検問を突破するかで彼らの運命が決まる。
とにかく急がなければならない。