第10章 ジェスナとの出会い
ジェスナートンがジョパルを見てから翌日のこと、将軍を護衛するために、彼は小隊の行列に混じって山へと続く道を歩いていた。
このあたりの山から山へ続く道はよく盗賊が出るとの噂だったが、ジェスナートンが好奇心旺盛な娘であることは、すでにラミダンも承知の上だったこともあり、彼女は隊列の真ん中にある馬車の中で揺られていた。
しかし、時折その馬車のスピードを遅くするように言うと、なぜかジョパルの歩いている位置に合わせ、彼に手を振る。
最初はジョパルも何事かと思って怪しげな目つきで見ていたが、何度かそれを繰り返すうちに彼女に笑顔で笑いかけた。
「あなた、いつからここに来たの?」
「えっ?」
ドレスというより、余分な布のあまりのない、外出向けの服を着た少女に突然話しかけられ、彼は戸惑いを隠せずにいた。
「ひと月ほど前からです。」
「ふーん。」
彼女はそっけない返事をした後、今度は別の話題に切り替えた。
「どうして、ここに? 将軍の護衛でしょ? 知ってるわよ。 確か、ガルべからきたんですって?」
「なぜそれを?」
そのとき話し声にきづいたのか、ラミダンが彼女のもとによってきて注意した。
「ジェスナ。 これは私の護衛だぞ。 むやみに話しかけるな。」
しかし彼女は、彼を嫌っているかのように頬を膨らませてよその方向を向く。
その行為に、将軍は軽く苦笑いをしてもとの場所に去っていった。
「今の見て、私があの人のこと、どう思ってるか分かったでしょう?」
「ええ、まあ…」
彼女はラミダンとは政略結婚の間柄でしかないため、彼を嫌っていた。
「あなた、将軍とどんな関係なの? 毎日剣の修業ばっかりしているけど…」
さすがに彼を殺すためとは、ここでは言えない。
「なんでもないです。 だた、将軍が護衛にしたいと…」
そう彼が言うと、彼女はふいに手を差し伸べてきた。
「私、あの人ともうすぐ結婚するの。 でも、あの人が嫌い。 この意味分かる?」
「この手は一体…うわ!」
突然彼女はジョパルの手を握った。
張りのある感触に彼は、一瞬ではあるがうっとりとした。
もしこんなところを将軍にでも見られたら、ただでは済まないだろう。
「私、ジェスナートン・ナド・パスカ。 よろしくね。 それと、呼ぶ時はジェスナって呼んでね。」
なぜこんな身分の高い少女によろしくされているのか、まったくもって理解ができないまま、彼はある光景に目がいった。
「どうしたの?」
彼女の言葉を無視して、彼はすぐに将軍のもとに駆け付ける。
「何かあったか?」
「あれは…」
ジョパルが指さした先には、正面から数十人の人影が、走ってこちらに向かってくる。
「あれは、あれは盗賊だ! 戦闘用意!」
将軍の号令で、すぐに部隊は整列し始める。
しかしその直後…
「うおおおおおー」
突然、小隊のいる山のあたりから、別の盗賊が斜面を登ってくる光景に出くわした。
「どうやらお前の初仕事になりそうだな。 馬車の護衛を頼む。」
本当は将軍には護衛など必要ないのではないのか?
ラミダンはジョパルにそう思わせるほどに、次々に剣で盗賊を殺してゆく。
「ねえ、ちょっと来て!」
後方からジェスナの叫びが聞こえる。
彼はあわてて馬車の前まで行ったが、彼女は盗賊に襲われるどころか、自分から外に出て来ている。
「何をしているんですか! 早く中へ!」
だが、彼女はそっと彼に耳打ちする。
「私をさらって…」
「なっ!」
疑問を持つ暇もなく、彼は襲ってきた盗賊に応戦する。
一体どういうことかは分からないが、彼女はとにかく自分の身をあっさりと盗賊に預け、連れ去られようとしている。
「ジェスナお嬢様!」
幾人かの兵士が彼女がさらわれそうになったことに気づいて、すぐに駆けつけるが、ジェスナを抱えている盗賊に、無残にあっさりと斬られてしまった。
強い。
顔は目だけを残して、後は全て布で覆われているためはっきりとはしなかったが、かなりの剣の使い手であることは間違いない。
「ジェスナ!」
やがて将軍も事態に気づいて彼女に駆け寄ろうとする。
しかし、それまで分散して戦っていた盗賊たちが一斉に将軍の前に立ちはだかり、彼女ののどもとにナイフを突き付ける。
「くそ! 目的はジェスナか! 何が望みだ! 金か?」
盗賊たちは黙ったままだ。
そしてしばらく沈黙したのち、彼女を抱えた男が無言で合図して山の奥深くに消えて行った。
「私をさらって…」
あの言葉には、何か深い意味があるはずで、このまま野放しにはできない。
盗賊たちがいなくなった後、彼はすぐに彼女の後を追った。
将軍が呼びとめている声も聞かずに。
そのときのラミダンは、ジェスナの目が明らかに自分に向けられていないことに、動揺を隠せなかった。
あの青年が、憎い。
死ぬほど冷静になって、それでも冷静になりきれないほどやりきれない思いをしてきて、そんな自分が嫌になった。
なんのために自分を抑えているのか分からない。
「くっ…」
歯ぎしりなんて、ここずっとしていなかったのに、久しぶりに体が熱くなる。
ラミダンの目は嫉妬に満ちていた。
たとえ政略結婚でも、好きになれなくても、そばにいてくれるだけでよかったのに!
一瞬で彼女の体より、心を奪われた気になった。
盗賊ではなく、彼に…
案の定、ラミダンの忠告を聞いておけばよかったと後悔した。
「う、うわ、わあああああああーっ!」
急いで山を降りたため、彼は木の根っこに足を引っ掛け、よろよろとバランスを崩した後、寝転がる姿勢で山の斜面を滑り落ちていく。
「だ、誰か、助け…」
目の前の景色がぐるぐると回り、頭がふらつき、正常に立ち上がることができない。
どこに、どこまで落ちるのか分からない恐怖に襲われ、彼の体はスピードを上げてますます早く回転する。
このままではまずい!
そう思って、足を地面につけてみようとしたが、止められるわけもなく、足がねじれてしまうのかと思えるくらいに激痛がはしる。
「ぐあああっ。」
ジョパルは力を振り絞って何とか体を足の向きに合わせる事には成功したが、そのせいで再び転がり始める。
「もう、止めてくれ!」
叫んだすぐ後で腹のあたりが木に引っ掛かり、しがみつこうとした彼は、そのまま河へと落ちて流されていった。